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2008年12月 6日 (土)

加害者としての日本

12月6日(土)

『ある憲兵の記録』(朝日文庫)を読んでいる。

旧日本軍の憲兵から、朝日新聞山形支局記者の聞き書きである。読んでいると辛くなる。元憲兵は、普通なら墓場まで持っていくような話しを、懺悔の気持ちで正直に話している。

大和民族は優秀だと信じ、中国人や朝鮮人を虫けらのように拷問にかけ、挙げ句の果てに殺す。その当人が話しているのである。正義のつもりでそれをしていたのだ。

戦争は絶対悪だと、つくづく思う。そして、正義というものの危うさ。

日本人が過去の大戦で、相当残酷なことをしていたのは事実である。そのような事実を認めるのは辛いことである。しかし、事実は事実として認めるいさぎよさが無くてはいけない。私は、多少は他国の歴史についても知っている。残酷な過去を持つのは日本人だけだとは思っていない。

事実を隠すことに依ってでは、何も生まれないだろう。先頃、問題論文を書いた田母神氏は、あの戦争で、日本は何も悪くなかったと主張しているそうだ。しかし、日本が侵略者であったことは明らかだろう。敗戦を迎えたとき、沖縄以外では日本は侵略されてはいなかったのである。日本軍は外国を侵略したままで敗れたのである。侵略者は日本なのだ。どう言いつくろっても、この事実は消えない。

事実は事実として認める。謝るべきは謝る。そして前へ進む。田母神氏は、「日本は良い国だといったら首になった」といったようだが、事実を理解せず、都合の良い理屈にしがみつくことが立派な態度といえるだろうか。

泥棒にも三分の理という。日本側にだって言い分はある。しかし日本を良い国だと思うためには、事実を事実として認める態度が必要だろう。

次女たちの新築の家を見に行く。まだ荷物の運ばれていない家は、のびのびとして気持ちがよい。

不景気で雇用の安定しない時期に家を買って、次女たちは大丈夫なのかな、と心配性の爺は思う。夫婦で力を合わせるしかないだろうけれど。

テレビ、来る。わが家などは平々凡々たるものだから、テレビを買い換えればニュースだ。仮に今年の10大ニュースを選ぶとしたら、これも入るだろう。

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コメント

貴方の清い心は充分認識いたします。
戦争は残酷なことは誰もが認識していると思っています。
悲惨な事と理解してその時の為政者が決断して戦争を始めたのです。間違いもありました。だが為政者だけでなく国民も賛成しなければ簡単には戦えません。歴史は時代により見方が変わります。又、機密文書が公開され真実が見えてきます。
戦前は新聞が戦争を煽った面もあります。(戦後も北朝鮮帰還事業は新聞が煽ったと言われています。)
明治以来の戦争は世界の列強に仲間入りしようとその当時の為政者が真剣に考え決断したことです。先人に唾を吐く人もいますが戦争は世界共通に行なはれていて日本だけ特に悪いと言えません。
現在も世界のあちこちで戦いが行なはれています。
先の大戦は他の世界の戦争と大きく違うことはありません。
それを悪い戦争良い戦争と区分けして日本は悪い戦争を行なったと教育されました。
田母神氏は日本だけが悪いのでなく戦争は皆同じであると言っています。良かった面を話しても良いのではないかと言っています。
戦争の清算は日中友好条約、日韓基本条約他で謝罪をして終了しているわけです。
それを何時までも謝罪をして、自衛隊の指揮に影響するような現状を憂いて見えるのです。
彼の発言を封じることこそ戦前の言論統制に近くなってくるとおもいます。
戦後のGHQに染められた歴史観で日本を見ることをこの辺で考え直すいい機会だと思います。
彼の論文は確定されていないことを断定的に記載していますが全体の流れは国益に反することは書かれていないと思います。
マスコミは内容に触れず問題視していることは日本の将来にマイナスになります。記者クラブの質問で田岡朝日記者がアメリカが怒ると言っていますが的外れと思います。
外人記者クラブでの講演は外国人には充分理解され賞賛を得たと私は感じました。

投稿: qqq | 2008年12月 6日 (土) 23時55分

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