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2008年10月 6日 (月)

無題

10月6日(月)

精障者作業所Mへ。バザー用品作り。

Mizutani10009 書きたいこともないので、先月24日、相模湖へ行ったとき、近くのスケッチをしたので、1枚載せて今日はおしまい。

相模湖に流れ込む川に弁天島と言うところがあって、その近くのスケッチです。

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コメント

突然メールを差し上げます。私は7月にUPされていました「常田合戦甲州軍幽霊」に出ている上求寺の者です。この物語のことは5年ほど前に津田塾(だったとおもいますが)の大学院生が調べ教育委員会に連絡を重ねられ2月28日の当門の不動明王祭にお見えになりました。後日、挿絵の入った本をお送り下しましたがこの春家の改装による片付けで行方不明となってしまいました。物語の書かれた頃の当門は臨済宗の寺院で武田家の信仰厚く本尊の不動明王は雄々しく凛々しく位の高い力のある明王であるため、常に武田家及び信玄公の戦勝祈願の“祈願寺”として大切にされていました。そのため武田家滅亡の1582年、織田信長により恵林寺とともに焼け討ちにあい、本尊「甲州子の不動明王」を抱き当時の住職が京都の醍醐寺へと逃げ隠れ現在に至っています。仏を手法せず神仏混合の旧密教を厳修し“法印”として氏寺を代々守っております。昨年の大河ドラマでも紹介をとのオファーはありましたが本に掲載されている奥の院は人里離れた所で管理が行届きませんしTVで放映されたところで心ある方のお参りは頂けないと常日頃感じておりますのでお断りをしています。私は月に数度のお参りをかかさずに父と二人心を込めて不動明王と向き合っております。この度、仕事の合間にネット検索しましたところこちらのブログにリンクとなりました。この本のこと作者のことをお教え願えれば幸いに思います。とはいえ両親は高齢で父は大手術の後、母は耳が悪く、家は改装中という状況。おまけに私はPCを持っておらず…会社のPCからのみの連絡となってしまいますことお許し下さい。カエル様は父と同年代とお見受けしております、やさしい文章をこれからも拝見させて頂きます。

kiei様
コメントありがとうございます。若い方からの反応は嬉しく、まして上求寺の方とあってはなおさらです。

投稿: kiei | 2008年10月 7日 (火) 20時16分

kiei様
コメントありがとうございます。
上求寺の方だそうで、驚きです。まさかそんな方からコメントをいただけるなどと思っていませんでした。
                     ぼんくらカエル

投稿: ぼんくらカエル | 2008年10月10日 (金) 22時34分

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