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2008年10月29日 (水)

棒ノ嶺

10月29日(水)

棒ノ嶺

水曜会、山行。同行はいつものH、S、A、Kとぼんくらカエル。

棒ノ嶺に行きました。いくつかのコースがある中で、今回は小沢峠から登るコースで、比較的マイナーなコースかと思います。

コース

小沢~小沢峠~長久保山~黒山~棒ノ嶺~河又。

Imgp0335 バス停小沢から小沢峠への登山口に行く途中でカモシカを見かける。え? こんなところで、と思ってシャターを切ったが、専属モデルではないのだから、こちらの思う通りに写真を撮らせてはくれない。写真の右上、ガードレールの内側にカモシカがいるのだけれど、分かるかなあ。

Imgp0337 小沢峠から黒山付近までは杉林の中。黒山の付近は雑木林になるが、その先はまた杉林。思っていた以上に凹凸が多く、行程は長い。特にきついと言うほどのコースではないかけれど・・・。

快晴でさわやかな天気。最高の山行と言える。

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棒ノ嶺山頂からの見晴らし。 

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                      下山は白矢沢コース。このコース、いつもは登りで使う。下山は今日が初めて。他に人たちも同じらしい。

Imgp0355_2 白矢沢コースは関東ふれあいの道になっていますが、登りに使うのがいいようです。今回初めて下りに使いましたが、ちょっと怖い。

とはいえ、奥武蔵の普通の登山道の中では、私はこのコースがもっとも好きです。

今日はよい山行でした。

ぼんくら日記、明日から2~3日休みます

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2008年10月28日 (火)

本当に落語ブームなの?

10月28日(火)

本当に落語ブームなの?

私は中学を出て間もなく、琴職人の見習いをした。会社には、琴や三味線の見習いが何人もいたので、我々は良く悪ふざけをした。いつも穏やかな先輩が、見かねて小言を言うこともあった。

わたしゃネ、言いたかあないヨ、言いたかあないけどネ、人間てえものは、そんなもんじゃあないんじゃないか、いいかね・・・。

という調子で始まる。

言いたくなければ言わなきゃいいのに、こっちだって聞きたかあねえや。などと不遜なことを思っても、先輩のいうことであれば頭を垂れて聞かなくてはならない。すると小言は、右の耳から左の耳に、すーっと抜けていく。

と、まあ、落語調で書きだしてみたけれど、事実、これに近いことはありました。

近ごろは落語がブームなんだってね。ほんとかなあ。お笑いがブームだということは認めるけれど、落語はどうなのかねえ。寄席なども、混んでいるんでしょうか。

最近テレビで見るお笑いは、一発芸だもンね。数を数えて、3の倍数ごとに奇声を発するだとか、大げさに「グー」だとか言ったりするのが芸なんですね。人間の深みも、おもしろさもない。落語のおもしろさは人間観察のおもしろさだと思うのだが、、近ごろのお笑いにはそれがないねえ。こんなことを思うのは、歳のせいなのかなあ。

そうそう、落語以外にもおもしろい人がいました。イッセー尾方(尾方の字が違うかな?)、あれは芸ですね。奇声を発するだけの芸人とは質が違う。彼の人間観察はすごい。落語に通ずる。

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2008年10月27日 (月)

木の枝木工

10月27日(月)

精障者作業所Mへ。

自主作品作り。木の枝木工。

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                    木の枝で作った飾りイス。左は細枝だけを使った物。右は直径10センチくらいの丸太を輪切りにした物と、木の枝の組み合わせです。

ぼんくらカエルは本日は少々お疲れ気味でして、ブログはこれだけで終わりにします。

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2008年10月26日 (日)

八国山緑地ー狭山湖

10月26日(日)

朝、目覚めると、外はしょぼしょぼと雨が降っていました。今日は山の会の人たちと歩く日なのに、何かいやな感じ。私は言い出しっぺだから、約束の時間前に、待ち合わせの所沢駅へ。

9時半、Hさん、Sさん、Yさんと私の4人が集合。9時35分まで待って、4人で出発。傘を差さなくても良いくらいの雨が、降ったり止んだり。

Imgp0317 市街地を30分ほど歩いて、八国山緑地に入る。標高90メートルという尾根は、大した凹凸もなく、写真のような道でです。散歩の人、ジョギングの人などにはよい道だ。下が土なので、濡れた道が滑りやすい。この道から東村山の北山公園にも行けるらしく、ショウブの季節には、そちらへ行って見るのもいい。

Imgp0321 八国山を下りて多摩湖畔の自転車道を歩いていると、なんだか由緒ありそうな門が見えてきたので、寄ってみる。でも、ブログで紹介する者としては失格ですね。その解説を掲示板で読んだのに、大方忘れてしまいました。多摩湖のために湖底に沈んだ村を記念して作られたのだったかなあ。いつものことですが、私の書くものを信用してはいけません。

Imgp0320 多摩湖の堰堤で昼食。食事をしながら見た風景です。晴れていればもう少しすっきりした写真になったんでしょうけれど。・・・誰ですか、どっちにしろお前に上手な写真はとれっこない、なんて言う人は? 人間、あまり本当のことを言ってはいけません。

昨日買ったワインを、ここで少し飲みました。同行の人たちにも無理強いしちゃった。Imgp0330

そして狭山湖へ。本当なら、ここで狭山湖の写真を載せるべきなのだが、今月中旬にブログに載せたのと同じようなものしか撮れなかった。その代わり狭山湖畔の山ツツジの狂い咲きを載せます。

天気はいまいちだったけれど、まあまあの散歩でした。昼食を食べる頃には、雨はすっかり上がっていました。歩いた距離、Sさんの万歩計では22000歩を越えていました。

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2008年10月25日 (土)

昇仙峡

10月25日(土)

こぶし親の会主催で昇仙峡へバス旅行。参加者は精神障害の当事者、父兄、施設のスタッフ、ボランティアなど。

昇仙峡は50数年前、私が疎開から東京に帰ってきて、はじめていった観光地である。昭和24.5年だったと思う。まだ車が通れるような道はなくて、滝の下まで歩くしかない土の道だった。今では滝上にまで車道があって、旅館やら食堂やらおみやげ屋やら、賑やかなことだ。

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昇仙峡の渓流、蛾蛾たる巖峰、仙娥滝。

紅葉は始まっているが、見頃は1週間か10日くらいあとになりそう。

帰路、ほったらかし温泉にはいる。天気ならば富士山がよく見えるという山の上の温泉である。

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露天風呂の写真です。後ろ姿の人、ごめんなさい。素朴で、いい湯でした。入浴料700円で、風呂は「あっちの湯」と「こっちの湯」があるのです。写真は「あっちの湯」の方です。浴槽に沈むと、目の前のすすきをしたから見上げる形になります。すすきの間から見える山は絵心をくすぐるような風景でした。

「ほったらかし温泉」「あっちの湯」「こっちの湯」といったネーミングは、私は好きです。名前もそうだけれど、景色が良くて素朴なのがよい。

最後はふじっこのワイン工場見学。

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2008年10月24日 (金)

自殺する人は死にたくないのだ

10月24日(金)

水彩画の会。文化祭に出す作品を決める。私の作品は、今日描いたものである。他の人はみんな上手です。私だけが写実を離れ、勝手な描き方をしています。目標は、谷内六郎、岩崎ちひろ。

ブログを書いていれば、いつかは告白することになると思っていましたが、今日それをします。

私は妻に自殺された夫です。妻は精神を病んでいました。私は妻がうつ病になったと思っていました。ただ、鬱だけでは説明できない症状があって、鬱に統合失調症(当時は精神分れる病といいました)を併発したと思っていました。

妻の死後、ボランティアを始めましたが、そのボランティアの中心は、精神障害者にかんするものです。精神科の先生に接する機会もあり、いろいろ話を伺っているうち、妻の症状は、鬱ではなくて統合失調症によるものだと理解するようになりました。

むやみに体の心配をすること、(自転車で坂道を登ったら息が切れたからどこかに異常があるのではないか)とか、被害妄想的な考えを持つ(玄関前に紙くずが落ちていれば、誰かが嫌がらせに置いていったと考えてしまう)とかいうことがありました。これが統合失調症の症状だったのです。

妻は、鬱の症状を現すようになって、やがて常識では考えられないようなことを言うようになりました。たとえば、マンションの上の階の人が夜中に縄ばしごか何かでわが家のベランダに下りてきて、窓を開けて忍び込み、テーブルの上に砂粒を置いていく、というようなことです。妻にそれを訴えられても、私がそうだそうだとは言えません。妻にしてみれば、机の上の埃か何かを見つけて、それが確とした証拠だと思っているのです。私は頭から否定してはいけないと考えて、あいまいな返事をします。そんな態度を見て、妻は「夫さえ私の言うことを信じてくれない」と孤独感を募らせます。こんな時、どう対応をすればいいのか、私はいまだに分かりません。

精神障害のかんする講習会などには、何度も行きました。講師に質問をしても、かえってくるのは一般論です。患者や患者の家族は、具体的に悩んでいるのです。本当に、これという答えはないものです。

家族に精神障害者が居ると、その家族に原因を求められることがしばしばあります。親のせいだ、夫のせいだ、愛情がたりない、虐待した・・・家族もまた、世間の目に耐えなければなりません。

統合失調症の原因は、まだ分かっていません。脳の神経伝達物質に異常があるのではないかといわれています。神経伝達物質が出過ぎるというのです。だから、出過ぎた神経伝達物質を受け取る受容器に蓋をする薬などか開発されて、ある程度の効果を上げているようです。最近は脳の発達障害があるのではという考えもあるようです。

ともあれ、妻の精神が不安定だったので、私が先に死んでしまった場合、妻がパニックになるのは分かっていました。だからそれを少しでも和らげるために、私は妻を受取人にして生命保険に入りました。しかし、妻が先になくなってしまったので、その保険の意味が無くなりました。ですから妻の葬式後すぐに、保険の解約をしました。

どうしたことか、これを、私が妻に保険をかけてそれを受け取ったと解する人が出てきたのです。保険金殺人でもしたかのようです。世間の噂なんて、そんなものです。

最後に、1つ付け加えます。自殺する人は、決して死にたいと思っているわけではありません。何とかして生きていたいのです。しかし、生きることが辛すぎて死を選ぶのです。妻が残した絵を見たりして、私はそれを感じます。生きたいと思っている妻の、生きる力になれなかったこと、それが私でした。その意味で、私が殺したようなものだ、と思うこともあります。でも、どうすれば良かったのか、今でも分かりません。

なぜこんなことを書く気になったかといえば、毎日新聞の夕刊のコラム「すたこら」を読んだせいです。野口詩織という立教大学生の「ありがとう」という記事を読んだせいである。彼女のいつもは陽気な同期生が、ミクシーの日記に「私のお父さんはもうこの世にはいません」と書いたことに衝撃を受けた記事である。

この記事を読んでまず最初に感じたのは、私は8歳で母を亡くしたこと、その後、父の行方は分からず、親戚の家で過ごしたこと、などだ。そして、妻のこと。

多くの人は、悲しみを抱えて生きている。人間を「悲しみの器」と言ったのは水上勉だったか。だからといって、深刻な顔をして生きていたってしょうがないんだよね。

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2008年10月23日 (木)

ボラグループ定例会  偶然の一致

10月23日(木)

ボラグループ定例会

定例会で話しあう内容は、過去半月間の活動と反省、今後2週間の活動予定など。いつも同じようですが、毎回少しずつ違います。

偶然の一致

昨日、わが家に迷い込んだテントウ虫について書いたところ、「五十路」さんと「sa-ya」さんからいただいたコメントが、両方ともトカゲの話。おもしろいことがあるものですね。

五十路さんのは、10日ほど前2階の窓枠の内側にトカゲが居た話でした。そのトカゲ、外に出て行った様子はなさそうで、夜、枕元にでも来られたら、と、心配なようです。でも、家を「守って」くれるならいいかと思ったりしています。

sa-yaさんは「子供が子供だった頃」濡れ縁に毎日トカゲが来ていた話です。sa-yaさんのところでは、そのトカゲにハンカチをかけてあげたんだって。「まもるクン」という名前まで付けたそうです。sa-yaさんも「守る」ですよ。次の年もトカゲが来たンだってサ。同じトカゲかどうかは分からないそうです。それはそうでしょうね。トカゲの人相(トカゲ相?)なんて分かる人はいません。でも、おもしろい話しだなあ。

「トカゲ」が同じ、「守る」まで同じコメントでした。

毎日、日記など書いていると、苦し紛れにいろいろなことを書きます。今日も、どうでもいいことを用意してパソコンの前に座ったのですが、お二人のコメントがおもしろくて、そちらをここに書かせてもらいました。

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2008年10月22日 (水)

K福祉会役員会  テントウ虫

10月22日(水)

こぶし福祉会役員会

障害者自立支援法に基づいて、授産施設や作業所のあり方をどう変えるか、変えられるかの話題など。

テントウ虫

洗濯物を取り入れてたたんでいたら、タオルからテントウ虫が飛び出した。しばらく目で追ったが、部屋のどこかへ隠れてしまった。

まだ子供たちが子供だった頃(こんな言い方はないよね。それを書くなら、娘たちが幼かった頃、と書かなくてはいけない。でも、訂正しないで押し通す)。とにかく、子どもたちが子供だった頃、わが家でテントウ虫が一匹越冬した。

テントウ虫って、あんな小さな体で越冬するんです。

天覧山から多峰之主山を越え、御岳神社を通って下山するとき(埼玉県飯能市のハイキングコースです)、何100匹か何1000匹かのテントウ虫が、日溜まりの岩陰で、冬しているのを見たことがある。どうやら集団で越冬するらしい。たまには間抜けなテントウ虫がいて、はぐれた奴がわが家などに舞い込むわけだ。はぐれテントウ虫に、はぐれ男か、なんてね。

前のテントウ虫は、たまにはどこからか現れて、私の首筋にとまったりした。こんどのテントウ虫も、そんなことがあるのかな。

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2008年10月21日 (火)

Kの公園散歩

10月21日(火)

老人介護施設Kへ。利用者の彩の森公園散歩につきあう。

この近くの公園では、車イスの人などがもっとも利用しやすいのが彩の森公園である。車椅子で移動しやすい小道が公園中に隅無くあるのがよい。全体が芝生で、池があって、噴水があり、きつい傾斜のない開けた公園である。

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                    したがって、障害者や老人、幼稚園児の利用も多い。右の写真には、幼稚園児たちがいる。

利用者たちが車に乗り込む前のちょっとした時間に、私の話した小話を紹介します。

昔々あるところにお爺さんとおばあさんが住んでおりました。ある日、お爺さんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きなサツマイモがドンブラコッコ、スッコッコと流れてきました。おばあさんはそのサツマイモを、1人で全部食べてしまいました。そして、大きな大きなおならをしました。お爺さんは山でそのおならを聞いて、芝を刈らずに草(臭)かったんですって。

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2008年10月20日 (月)

作業所M 飲酒で脳は萎縮する?

10月20日(月)

精障者作業所Mへ。29日30日、Mの旅行なのだけれど、私は参加しない。そのことで、メンバーさん達に抗議されてしまった。

「ぼんくらカエルが行かないから、代わりに理事長が同行することになってしまったじゃないですか」

メンバーさん達にしてみれば、理事長では気詰まりなのである。スタッフも同じだろう。

智光山公園に、自主作品作りに使う木の枝をもらいに行く。

畑へ。先日掘り残したイモが少しあった。

飲酒で脳が萎縮する

アルコールを飲むと脳が萎縮するんだって。アメリカのキャロル・アン・ポール氏とその研究チームの発表だ。いやな研究だね。私なんか、脳が3分の1くらいになっているかも知れない。それにしても、飲んべえは惚けて、下戸は惚けないとは言い切れないと思うけれどナア。

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2008年10月19日 (日)

仕事について 柿の木

10月19日(日)

仕事について

何をさして仕事というか。

私の考えでは、仕事の第1義的なものは、ものを生産することである。文字通り額に汗するような労働である。

次に、その仕事をしやすくすることである。環境を整えたり生産手段を考えたりだ。

そして、人を楽しくすること、喜ばせること。

このほかにもいろいろとあるのだろうけれども、マネーゲームなどは、本当の仕事からは遠いものだと思っている。しかるに、一番儲かるのは、それをやっている人たちなんですね。近ごろプライムローン問題とかで大騒ぎしているけれど、その大本の、倒産した会社の人たちは、平社員でも億の金を取っているんだってね。

額に汗することから遠くなる仕事ほど金になるというのは、どこかおかしいなあ。それなのに額に汗する人も、不景気の影響は受けるんだよね。

  人が皆世にあるときは数ならで

  憂きには洩れぬ我が身なりけり

          上田秋成(胆大心小禄)

歌の意味は、景気の良いときにはそのおこぼれにも預かれないけれど、悪くなるとその影響をもろに受ける、ということです。本当は、上役の悪事で腹を切らなければならなかった下級武士の辞世の歌ですが・・・。

柿の木

狭山市郊外の農村地帯を歩き、柿の木の写真を撮りました。

Imgp0277 本当は、葉が落ちて柿の実だけが赤く色づいているのを撮りたかったのですが、まだ時期が少し早かったようです。

写真を撮りたかった理由は、こんど描こうと思っている水彩画に、柿の木を入れたいと思っているためです。

私は写実を離れていますが、写生を無視しているわけではありません。近ごろブログに載せた写実的な絵は、興福寺の阿修羅像くらいですけれどね。

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2008年10月18日 (土)

俳句会 キャベツのサラダ

10月18日(土)

T俳句会。Oさんが亡くなって初めての会なので、1分間黙祷してから披講を始める。私は94歳くらいと思っていたが、96歳だったらしい。亡くなる1ヶ月前まで元気だったのだし、惚けもしなかった。良い死に方だったとKさんが言う。私もそう思う。今後、あの毒舌が聞けないのかと思うと淋しい。

最近好んで作る超簡単サラダを紹介します。

キャベツの葉を5-6枚ざく切りにし、耐熱容器に入れる。その上に、シーチキンの缶詰を汁を切らずに入れる。調味料を入れて、電子レンジでチン。生でもいいのだけれど、チンして温野菜にするのは私の好み。調味料は何でもいいのだけれど、私は梅干しを叩いて和えるのが好き。

一人者を長くやっていると、簡単料理のレパートリーが増える。

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2008年10月17日 (金)

作業所の旅行に不参加

10月17日(金)

Uさんと特養Sへ。いつもと違うことと言えば、みんなで歌をうたったこと。今日は3Fで、痴呆が少し進んでいる人が相手。

終わって、二人で精障者作業所Mへ。

今日は狭山市V連の研修旅行日だが、私は参加しなかった。

参加しない話しばかりだが、精障者作業所Mでは、29,30日、メンバーさん達の年1回の旅行がある。これも、早くから参加しないと決めていた。スタッフやボランティアで、私は最長老であり、スタッフの中には気詰まりな人もいるだろうと思ったのも不参加の理由の1つだ。誰も私には文句が言えないのだから・・・。

しかしボランティアのHさんが参加できなくなったようで、どうしても1人たりないのだそうだ。遊びだけれど、私はすでに予定を入れているので行けない。こぶし福祉会の理事長に頼んだそうだが、メンバさん達が気詰まりだろうから、まだ知らせていないと言うことだ。理事長では、スタッフだって気詰まりだろう。参加しないことにして悪かったかなという気もする。

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2008年10月16日 (木)

興福寺の阿修羅像

10月16日(木)

老人介護施設Kへ。午後、2時間のボランティア。

興福寺の阿修羅像

私がこれまでに見た仏像の中で、もっとも心を打たれたのは、興福寺の阿修羅像である。阿修羅といえば荒々しいはずだが、この阿修羅像の表情は、悲しくて穏やかである。そして、なんとも言えぬ優しさがある。初めてこの像を見たとき、私は体中から力が抜けていくのを感じた。一種の恍惚感といっても良い。彫刻を見てそんな感じを持ったのは、後にも先にも、このときだけである。

友人が言った。興福寺の阿修羅像は釈迦の教えを受けて自分の過去の所行を悲しんでいる表情なのだ、と。しかし、私はその解釈では不満である。あの表情は、自分だけに向けられているのではない。人間の愚かさを見ているのだ。人間の愚かさを見ながら、その人間を慈しまずにはいられない慈悲の心を現していると私は考える。

Photo 写真から絵を描く場合、私は自分の撮った写真に限っている。しかし、この絵は写真家入江泰吉氏の写真を見て描いたものである。一般の人には、撮影を禁止されているのだから、やむを得ないのである。

しかし、写真を見ても、何かが違うという気持ちは捨てきれない。私の見た阿修羅像は、もっと何かがあった。写真では顕せない何かなのだ。

私の絵に、その何かがあるかといえば、やはり無い。

来年3月から半年間、興福寺の阿修羅像が東京で展示されるという。私は、見に行くかどうか迷うことになる。見に行って、また同じ感動を味わうかどうか、はなはだ疑わしいのである。

たとえば、スケッチでもしようかと思って、どこかへ出かけたとしよう。日によって、ここも絵になる、あそこも絵になると思うときがある。逆にここもあそこも、ちょっとナア、と思うときもある。同じ風景でも、天候や季節の違えば、感じ方は違う。そればかりではなく、こちらの精神状態でも違って見えるのだ。

かって阿修羅像を見たときの私と今の私では、歳が違い、感受性が違う。たとえ同じものを見ても、同じ感動を受けるという補償はないのである。感動する心を失っているかも知れないのに、見に行くことが果たしていいのかどうか。   

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2008年10月15日 (水)

八国山緑地 狭山湖

10月15日(水)

3連休の最後の日。今月は、3連休は今回だけ。

私の内面は貧しいから、3かも休みが続くと退屈してしまう。それで散歩の出かけました。

どこでも良かったのだけれど、どうせなら26日に仲間と一緒に歩くことにした八国山と狭山湖に行くことにしました。八国山緑地から多摩湖まではすぐですが、多摩湖から狭山湖までは少しばかり時間がかかります。案内する立場なので、多摩湖から狭山湖までの行程を確認しておきたかったのです。

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            八国山緑地の将軍塚付近と、多摩湖畔の自転車道。

Photo いつもながら下手なスケッチですね。狭山湖です。一杯飲みながらのスケッチです。天気はいいし、快適な散歩でした。

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2008年10月14日 (火)

死ななかった人はいない

10月14日(火)

近ごろ私は「今まで死ななかった人間はいない」とよく言う。大抵は飲酒の言い訳である。

自分が死ぬということに関しては、諦める以外の方法はない。だから、生きてる間を楽しく過ごそうというわけだ。今の私にとって、酒は重要な楽しみで、その楽しみを捨ててまで長生きしても仕方がないと思っている。

出来れば、酒をたくさん呑みながら、健康で長生きというのが一番だけれど、そう上手くは行くまい。何はともあれ71歳までは生きたのだから、あとはいつ死んでもやむを得ないとは思っている。出来れば、ピンピンコロリがいいなあ。

いつの句会だかで、私は「人間は2度と死なない」という言葉を使って俳句を作った。下5はどんな言葉だったか忘れてしまった。何かの季語を入れたわけだ。

1度死んだらそれっきりですから、人間は2度と死なないのです。だけど、2度死んだらおもしろいね。憎らしい奴に向かって「こんど死ぬときはお前を道連れにしてやる」なんて、啖呵を切りながら死んでいくというのはどうだろう。最後は冗談になっちゃった。

Imgp0269 今日はこんな絵を描いてみました。昔、こんな家があって、こんな廊下がありました。その廊下でカブトムシがマッチ箱を引っ張っています。あったなあ、こんな風景、と思う人がいるのでは・・・。

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2008年10月13日 (月)

何やかやと楽屋落ち

10月13日(月)

ブログに書くことをあらかじめ決めて机に座ることもあれば、何も決めずに、とにかくパソコンを開くときがある。今日は後者の方だ。そんなときのブログは、得てして楽屋落ちになる。今日のこの書き方が、すでに楽屋落ちですね。

昨日のブログは、今朝書きました。山から帰って、風呂の入って、食事をして、書いているうちの今日になって(12時を過ぎて)、掲載する写真を加工しているうち眠くなって、そのまま公開した。朝になって手直しをしたけれども、写真の並べ方が不揃いなのは、わざとではなくて、揃えられないからです。ブログは、やっと書いているだけで、それ以上の技術はないのです。

今、ブログは、コップ酒とイナゴの佃煮をパソコンのわきに置いて書いています。イナゴの佃煮は昨日の帰りに買いました。ゲテモノのように思う人が多いけれども、旨いんですよ。昨日は山も良かったけれど、イナゴの佃煮を買えたことも良かった。

先週はなんやかやと忙しかったのですが、今週は暇があります。今日、明日、明後日、何の予定もありません。

今日外に出たのは、食料の買い物くらいです。

昨日Hさんに教えてもらった、みじん切りのタマネギと味噌を和える調味料を作りました。魚にぬって焼くとおいしいそうです。面倒な料理を作る気はありませんが、出来そうだと思うと、作ってみたくなります。好奇心ですね。

大根とにんじんのなます作り、大根の皮のきんぴら作りなどもしました。このきんぴら、私の作り方はみそ味にするのです。大根の皮まで使うのはいいとしても、皮の方に注意がいって、かんじんの大根の身の方がおろそかになりがちです。それに気がついたので、大根の皮のきんぴらはめったに作りません。今日は気が向きました。

あとはおおよそ、家でごろごろして疲れを取っています。

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金精山、五色山

10月12日(日)

山の会の例会。

金精山、五色山

コース

金精峠出口登山口~金精峠~金精神社~金精山~国境平~五色山~弥陀ヶ池~菅沼

非常によい山行でした。ことしの山行の白眉とでも言うべきもの。参加者15名。登山開始10時15分、下山4時45分。

さわやかな季節の良い天候に恵まれたこと。常緑樹の中にほどよく配された落葉樹の紅葉。荒々しい金精山、柔らかな頂上を持つ五色山。中禅寺湖、五色沼、菅沼、弥陀ヶ池が見える登山道。男体山、白根山を初めとする日光の山々。それぞれがすばらしい。中でも、五色山頂上のカラマツの紅葉。最高でした。

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      画像は金精山登山口付近。金精山。金精神社からの男体山と中禅寺湖。五色山頂のカラマツと山頂からの五色沼。菅沼。順序は前後するが五色山頂付近の登山道。

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2008年10月11日 (土)

こぶし祭り

10月11日(土)

朝、少し雨が降っていたが、こぶし祭り開催。

11時からなのだけれど、設営準備などのため、8時15分家を出て、Sさんの車に乗り込む。その足で社協に寄り、大小のてんと3張りを借り、福祉会から来た軽トラに積み込む。

会場では、テント張りから始まり、机や椅子のセットなど、今日も肉体労働の日である。

Photo バザーの手伝いなどをして、後かたづけ、中央公民館から借りてきた椅子、社協のテントなどの返却・・・最後まで労働ですねえ。

明日の山登りの体力はまだあると思うけれど・・・。さあ、これから明日の用意をして、酒を飲んで、早く寝ましょう。

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2008年10月10日 (金)

誰でも書いてるノーベル賞

10月10日(金)

水彩画の会。

この数日の間に、ノーベル賞について書いた人が多いだろう。私も書いちゃうかな。

物理学賞の3人、毎日新聞の記事では、次のように言っている。

南部陽一郎。「研究のため紙に向かったり、机に向かったりするのが苦手」

益川敏英。「思考は歩いたりテレビをつけたまま。机の前では仕事が出来ない」

小林誠。「移り気であまり勤勉ではない」

化学賞、下村修。「上の人の言うことを素直に聞かない。人と争う気もないし、競争は嫌い」

なあんだ。ぼんくらカエルとそっくりじゃないか。おまけに小林先生は「数独」が好きだってさ。ますます私と似ている。

何だって? 才能が違う?

はい、そこだけが違います。

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2008年10月 9日 (木)

塗装

10月9日(木)

午前。ボラグループ定例会。

我々のグループも、だんだん活力がなくなってきている。会員が高齢化していく。会員数が減り気味。会員が肉親の介護もしなければならない状況なども生まれている。

今日、老人介護施設へ行ける人は0だった。

午後、精障者授産施設Kへ。

明後日のこぶし祭りで使う庭テーブルの塗装をする。火曜日にベンチの塗装をしたが、その時、テーブルと椅子の傷み具合が気になった。ささくれ立っている。テーブルの上を掌で少しなでただけで、私は3本の棘を刺してしまった。1本は左の掌で、今でも1センチほどの赤い傷が残っている。2本目は右手親指で、棘は抜いたのだがその先が少し折れて残っている。3本目も親指だが、これは完全に抜けた。

普段は使わない庭イスが6脚、庭テーブルが2卓あって、こぶし祭りでは使いたいという。このままでは使用できないという私の判断で、イスとテーブルをサンダーで磨き、テーブルだけは塗装もした。

芋掘り以後肉体労働が続いて、普段使わぬ筋肉を使ったので、疲れました。脚の太ももなど、痛みます。山とは違う疲れです。

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2008年10月 8日 (水)

松姫探訪  

10月8日(水)

松姫探訪

まず白状します。題が大げさです。しかも松姫なるものについて、私は何も知りません。

車椅子のTさんから、松姫の資料集めのため、1日つきあってくれと言われました。今日は暇があったので、Tさんの車であちこちまわってきました。

松姫とは、武田信玄の4女で、勝頼の兄妹だったようです。Tさんは武田家滅亡ののちの松姫の足取りに興味があるらしい。

Tさんが8時前に私を迎えに来た。その車に乗り込み、ひたすら奥多摩へ。奥多摩湖の湖岸の道を走り山梨に入る。丹波山川に沿って進み、やがて富士山がよく見えるはずの柳沢峠に着くが、曇っていて、眺望はなし。

始めに、雲峰寺という寺による。なかなか立派な寺だ。

Photo 勝頼が武田の軍旗を納めた寺だという。武田の城からは鬼門に当たるのだそうだ。資料になるようなパンフレットをもらう。

次に向かったのが塩山。武田滅亡の時の有名な恵林寺。ここなら私も知っている。Photo_2 「心頭を滅却すれば火もまた涼し」である。

Tさんは恵林寺でも資料となるべき小冊子を買う。

私は何も分からないので、車椅子を押したり、ちょっとした使い走りをしたりで、あとは彼の運転でドライブ観光と言うところだ。

向嶽寺という寺にも寄る。大きな寺だが、パンフレットなどはないという。

4番目に尋ねたのが柏尾山大善寺。以前山の会で甲州高尾山に登ったとき、下りてきたところにあったのが大善寺。今日は、本堂の逗子ご開帳日。5年に1度だそうだ。寺の人たちに手伝ってもらって車椅子を本堂の縁側まで上げて拝観。その後Tさんは松姫関連のことをいろいろと聞いていた。

最後は富士吉田の「歴史博物館」。Photo_4

Tさんはここで、郷土史やらなにやら高額の本を買う。

今日は1日中ぐずついた天気だったので本当の景観ではありませんでしたが、まあまあの風景を愉しみました。

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2008年10月 7日 (火)

芋掘り ペンキ塗り Oさん逝く

10月7日(火)

芋掘り

午前、精障者作業所Mへ。

Mで借りている畑のサツマイモ掘り。たった2畝だが、蔓が伸びて、伸びて、引き寄せて処理するのが重労働だ。蔓の処理が終わったところで、メンバーやスタッフが来る。それから芋掘り。上(蔓)の勢いの割に、収量は少ない。それでも赤い美しい芋が洗われるたびに、歓声が上がる。

ペンキ塗り

午後、精障者授産施設Rへ。

Rで経営する食堂の包丁を研ぐつもりで行ったのだが、そのほかに、古い背もたれ付きベンチペンキも塗ってくれと言う。2脚ある。塗料と刷毛だけが用意されていた。古くて雨ざらしになっていたから、手で触ると、ばさついていて、棘が刺さった。サンドペーパーを買ってきてもらう。前から言われていればサンダーを持ってきたのに。

午前も午後も中腰の仕事、さすがに疲れた。

Oさん逝く

夜、Iさんから電話があり、Oさんが亡くなったという。テレビでは緒方拳がなくなったニュースが流れているが、もちろん緒方拳のことではない。我々の俳句の会のOさんである。

Oさん、確か94歳だったと思う。われわれの会の最長老である。9月の句会には体調不良で欠席したが、8月までは元気な姿を見せていた。結社1番の論客で、最後まで舌鋒は鋭かった。今月から、いつもの席にOさんがいないと思うと淋しい。

   彼方から来て去る命秋の雲  ぼんくらカエル

   その席が空いて秋風吹き抜ける  ぼんくらカエル  

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2008年10月 6日 (月)

無題

10月6日(月)

精障者作業所Mへ。バザー用品作り。

Mizutani10009 書きたいこともないので、先月24日、相模湖へ行ったとき、近くのスケッチをしたので、1枚載せて今日はおしまい。

相模湖に流れ込む川に弁天島と言うところがあって、その近くのスケッチです。

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2008年10月 5日 (日)

10月5日(日)

車椅子と仲間の会定例会。

先月の旅行と、年末の忘年会の話題。

寛容について

若い頃、アメリカの哲学者バロウス・ダンハムの本を読んで、「寛容な精神とはあらゆることを許すが、不寛容だけは許さない精神のことだ」という意味の言葉にいたく感心した。他のことは覚えていない。多分満足に理解できなかったのだろう。

近ごろアメリカとロシアの仲が悪いようだが、ロシアがソ連時代には、悪いを通り越して対立していた。資本主義と共産主義という思想の対立があった。今は共産主義も力がないけれど、だからといって、何でも資本主義バンザイというわけにも行くまい。

マルクスは資本主義が発達するに従って矛盾が顕れる、という意味のことを言っていたはずだ。それが今の世の中に現れているのではないか。ワーキングプアーなどというのは、まさにそれだろう。今さら旧ソ連のような社会が顕れても困るが、資本主義がこのままでいいとも思えない。

寛容について書くつもりだったが、初めから脱線しちゃった。

思想、イデオロギーの対立がなくなったら、近ごろは民族や宗教、文化の対立が先鋭化している。地球上は、戦争や小競り合いが満載だ。

また脱線するけれど、学校では生徒の親でモンスターと呼ばれる人たちがいるらしい。理不尽で自分勝手な要求を学校に押しつける親たちのことだ。そんな親たちも、自分の理屈は持っているのだ。その理屈が社会に通用しないだけだ。

モンスター親に限らず、どんなときでも自分の理屈は絶対正しいと思っている人はいるものだ。違う考えがあり得ると言うことが分からないのである。そのような人は、他人のことが許せない。いつでも他人が間違っているのである。

文化の違い、宗教の違いを許せないのも、モンスター親に似ていないだろうか。テロをしたり、テロリストを許せないといって戦争を仕掛け、一般人を殺害したりすることを正義だと思っている。おかしいじゃないか。一般人を殺害するという表現には抵抗があるかも知れないが、イラクでは誤爆だのなんだので、テロリストより多くの一般人が死んでいるというではないか。

イラクの原理主義者にもブッシュ大統領にも、自分と違うものを認めようという気持ちがない。自分の正義だけが正しいのではない。人を殺さないこと。大切なのはこれだ。

寛容から離れてしまったが、全く無関係でもないので、いいことにする。これは寛容ではなくて、いい加減なのですね。

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2008年10月 4日 (土)

平林寺と野火止

10月4日(土)

好天の休日なので、狭山市を離れて散歩。新座市の平林寺に行く。

新座駅を下りて、交番で聞いた道を行く。分かりやすい道だが、気分としては、4辺形の3辺をまわって平林寺の入り口にたどりついたような気分。拝観料300円を払って境内の散歩。

Photo Photo_2

Photo_3 境内は広いのだが、立ち入り禁止の場所が多く、歩ける範囲は決められている。修行をする神聖な寺なので、立ち入り禁止が多いのはやむを得ない。

今気がついたのだが、寺でも「神聖な」というしかないんですね。「寺聖な」とは言えません。「寺聖」と言ったら、寺の聖(ひじり)ということになるのかな。

ある外人さんが、「物置」と「置物」の違いで悩んでいたそうです。ウーン。言葉って習慣で決まっているから、理屈で考えても分からないことが多いんだよね。余談でした。

深大寺と平林寺は武蔵野の面影を残すと思うが、深大寺は開放的、平林寺は閉鎖的かな。修行僧が居るのだから当然ではあるけれど。

3枚目の写真は野火を見張るための塚だというのだが、そうだとしたら、そのころはこんなに木が生えていなかったことになる。今のように雑木に覆われていたら、視界が遮られて、見張りなど出来はしない。

Photo_4 Photo_5

                      野火止用水です。有名だけれども、小さな水路ですね。

関東平野は、概して水に苦労する土地が多かったようです。平野の広さは日本1なのに、米所ではなかったんですよね。日本人は米にこだわった民族だから、水の便さへ良かったら、関東は米所だったはずです。

Photo_6 野火止用水も清瀬の辺りまで来ると、街中の小川になります。

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2008年10月 3日 (金)

牡は哀れ  一杯の水

10月3日(金)

牡は哀れ

特養Sへ。

車椅子介助で散歩。Sの施設の前に牛小屋があって、何10頭かの肉牛を飼っている。その牛を見せてもらう。ホルスタインの牡ばかり。牡は哀れですね。みんな肉牛になってしまう。人間は肉食獣です。

    秋刀魚捌く肉食獣の指がある  ぼんくらカエル

こんな俳句を作ったことがありました。

一杯の水

最近、寝る前に、コップ一杯の水を飲む。朝目覚めたときも、やはり水を飲む。この習慣が付いてから、おなかの調子がいいようだ。

私は毎晩酒を飲むので、下痢をすることが多かった。しかし、この習慣を身につけたら、下痢はとまった。ただ、困ることが1つ。尿意を覚えて夜中に目が覚めるのである。

歳をとったせいか、尿意が近くなっている。しかも、若いときのように我慢が効かない。尿意で目が覚めたら、のこのこ起き出して、トイレに行くしかないのである。冬になったら、布団からでるのが辛くなるだろうな。

冷水の代わり、お湯ならどうだろうか。まだ試していないが、冷たい水で胃をびっくりさせるのがいいような気がしている。お湯だって水なのだから尿意は覚えるのだろうと思う。

トイレから帰ると、足元のテレビをつけ、音量を下げ、30分で切れるようにタイムスイッチを入れて目をつむる。何を言っているのか分からないくらいまで音量を下げる。これが子守歌代わりだ。音量は、誰かが何かを言っていると分かる状態でありながら、聞き耳を立てても何を言っているのか分からない、という程度がいい。微妙なのです。そうすれば、テレビが切れる前に寝てしまう。

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2008年10月 2日 (木)

こぶし祭り実行委員会  自分探し

10月2日(木)

こぶし祭り実行委員会

衆議院選挙が近いので立候補予定者が来たらどうしよう、なんてことも話題になる。なるほどね。

あとは、11日のこぶし祭りを待つばかり。当日好天であることを望む。雨天順延と言うことでは、少し困る理由がある。

自分探し

近ごろは「自分探し」などという言葉があって、良いのか悪いのか、もっともらしい顔をして「自分探しをしている」などという人がいる。私には甘ったれた言葉のように思えてならない。いかに探したところで、これが自分だなどと思えることが、そうそうあるとは思えない。これが自分だと思える人は、自分の内面に何かを持っている人であろう。そのような核を持たない私のようなものは、自分探しをしても、何も見つかりはしない。そもそも、自分がないのである。無いものは見つけようがない。

とはいえ、自分から逃れたいという気持ちは、誰にもあるものだろう。特に思春期の頃、家出をしたり、実行はしないまでも考えたりした者は多いはずだ。あれは、今の言葉で言うならば、自分探しをしたいという気持ちだったのだろう。

普段の我々は、社会という舞台の上で、何らかの役割を演じているようなものだ。ある時はサラリーマンであり、ある時は学生である。子に対しては父であり、妻に対しては夫である。その時その時で役割に応じた仮面を付けている。

自分探しというのは、新しく自分にあった仮面を見つけることなのか。新しい仮面を見つける、あるいは作るには、それなりの努力が必要で、待っているだけではどうにもならない。

逆にすべての仮面を剥ぎ取ることが自分探しということなのか。すべての仮面を剥ぎ取ったら、果たして自分というものが残るのかどうか、透明人間になってしまうのではないか。

どちらにしても、自分探しというのは難しい。甘ったれた気分で自分探しなどといっても、そりゃ聞こえませぬ伝兵衛さま・・・ちょっと古過ぎたかな。

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2008年10月 1日 (水)

パソコンの整理  1日の仕事

10月1日(水)

8日ぶりに洗濯。曇りで小雨が降ったりしていたので洗濯日和とは言えないが、もう洗濯しなくては、何かと不便なことが起きる。

パソコンは通常就寝前に開くのだが、今日は午前中から始める。

まずウイルスバスターでウイルスの検索。これが1時間以上かかった。

次にマイピクチャーにあるデジカメの写真や絵をUSBに移す。結構たまっているから、パソコンを軽くしようという魂胆だ。

最後に、テフラグ最適化を行う。久しぶりだからこれも時間がかかる。昼食を作りながらというか、終わりには昼食を食べながら実行した。

その他、マイドキメント内の不要なファイルを捨てたり、デスクトップのアイコンを整理したり。

それだけやると、なんだか大仕事したような気分で、しばらく畳に寝転がっていた。

しかし、やるべき仕事はまだ残っていました。

銀行へ行って、さしあたって必要な現金を下ろす。その足でスーパーへ買い物に行く。

夕食にぶり大根を作る。普段は手抜きをして短時間ですますのだが、今日はパソコンで検索したレシピ通りに1時間くらいかけてじっくりと作りました。やはり、本気で作るとおいしいね。

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