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2008年9月22日 (月)

判断の基準

9月22日(月)

精障者作業所Mへ。

もうサツマイモの収穫が出来ると思うのだが、雨なので、次回に延期して、こぶし祭り用の作品作り。

自民党の総裁選び。党員じゃない人に向けて遊説したり、公職選挙法違反を公然と行いました。

判断の基準

私は大甘な人間だから、たいがいのことは許してしまう。しかし、許せないものもある。その判断をするに当たって、私なりに1つの原則を持っている。その原則とは、「人を殺してはいけない」ということだ。

こんなことを書くと、「当たり前じゃないか」と笑われそうだ。その通り当たり前なのだけれども、人は案外この原則からはずれた判断をしているように思う。マスコミだってそうだ。

少し前の話しだが、相撲の朝青龍がモンゴルで病気休養中サッカーをしたとかで大騒ぎした。同じ頃どこかの部屋で稽古中の新弟子を、リンチ同様の方法で殺してしまった。ところが、新聞も世間の噂も、朝青龍問題の方が大きかった。しかし、ことの重大性はまるで違うのである。朝青龍の問題などは横綱がずる休みをしただけのもの。リンチ殺人とは訳が違う。私は、朝青龍は許せても、どこかの部屋がしたことは許せない。

物の考え方は、人によって違う。ある人の正義は、他の人には悪であったりする。自分は絶対正しいと考えることにも、反対意見があるものだ。そしてじっくりと聞くならば、反対意見にもそれなりの理由はあるのだ。見る立場によって、光の充て方によって、物事は違って見える。自分だけが正しいと思うのでなく、違う考えもあり得ると思わなければならない。

善も悪も、相対的であるように思える。しかし、人間として生まれ、生きている限りは「理由なく人を殺すことは悪」と考えていいだろう。ところがこの「理由なく」というのがくせ者なんです。ある人には正しく、他の人には間違っている「理由」が幾らでもあるからだ。だから本当は「理由なく」という言葉を外したいくらいなのだけれども、そうも行かない場合もある。たとえば看守が法律に従って死刑囚を絞首台に送ったとしても、それには正当な理由があるわけだ。

独裁者をテロで殺した場合、それが正当な理由に当たるかどうかは、人によって判断は違うだろう。しかし、テロによって一般民衆を殺すのは、どんな理由があっても正当とは言えないはずである。ならばテロを排除するという理由で、民間人まで巻き添えにして殺すことはどうか。これも正当な理由には当たらないと私は思う。イラクでは、1人のテロを殺すために、30何人かの民間人が犠牲になっている計算だという。これはやはり、正当化できないんじゃないの?

ブッシュさんというのは、自分の正義が絶対で、違う考えがあり得るとは思わない人のようだ。新総裁は、ブッシュとどうつきあうのだろうか?

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