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2008年8月 8日 (金)

天狗にとられた子の物語・6

8月8日(金)

天狗にとられた子の物語・6(狗波利子・通算57回)

(前回までのあらすじ・愚直な社家の子、次郎が天狗の僧につれられ、諸国で不思議な体験をする。伯耆の国大山で出会った僧に、人間が地獄に堕ちる性を聞き、多くの僧が生きながら焼き尽くされる様を見た。次に天狗の僧は、次郎を都の能見物に連れて行く)

能はすでに始まっていて、名人上手が入れ替わり演じている。見るものは心を空にして、すべてを忘れている。天狗の僧は、「このものたちはあまりに心を見失っている。みんなの目を覚まさせる」といって、舞台に上がり、なにやら唱えた。

たちまち三条の西から黒煙が上がり、いちめんに広がって燃え上がる。風は荒く吹き、炎は飛び散って、ここでもあそこでも燃え上がる。火事だ火事だと叫んで、見物の者たちは、上を下への大騒ぎ。桟敷から転げ落ち、木戸に向かって、われ先にと押し合いへし合うありさま。女子供の泣き叫ぶ声、転び、踏みつけて、何がなんだか分からない。

やがて火が治まると、天狗の僧は、さらに次郎を連れだした。歩くともなく飛ぶともなく、都をでて、近江を越え、越前の敦賀に出た。

僧は次郎を、あらゆるところに連れて行った。どこもかしこも隈無く見て、その間、飢えも知らず寒さも知らなかった。あまねく東国をまわり、富士の高嶺、浅間山、田子の浦、清美が関、箱根の山から駿河の国、鎌倉山の昔の跡、聞き伝えた名所はめぐり残したところがない。

次郎は僧に連れられて、春もたち、夏も過ぎ、秋の空、冬の時も、心に苦しむこともない。しばらくもじっとしている時はなく、天の下をうちめぐり、山川海の上、空を駈けた。折々、恐ろしいこと、不思議なことを経験し、年月のたつのも忘れていた。それから5年たったけれども、そんなに長かった気がしない。

そういって次郎は話し終えた。

それから20日ばかり、次郎は社家にいて、さまざまな不思議をまわりの人に見せたが、また行方不明になった。その形見と言うことなのか、次郎は、檜の笠、檜の杖、着古した鈴掛の衣を残していった。

次郎の父彦八も老衰して、間もなく亡くなった。

鈴掛の衣は、熱病にかかった人の枕元に置けば病気が治ったので、方々で借りていたが、しまいにはどこへ行ったか分からなくなった。

笠と杖は、朽ち果ててしまった。

                        終わり

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