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2008年8月24日 (日)

飯森が陰徳の報い・3

8月24日(日)

飯森が陰徳の報い・3(狗波利子・通算69回)

(前回までのあらすじ・豊臣秀頼の侍大将、鈴木田隼人介の家臣飯森兵助は、人望のある盗賊奉行だった。しかし徳川方に攻められ鈴木田の城は落ち、以来浪々の身であった。播州で昔命を助けた土井孫四郎に会い、歓待を受けるが、孫四郎は兵助を殺そうとする。兵助は命からがら逃げ出す)

兵助は播州堺の宿にたどりついたが、いかにもあわただしい逃亡である。従僕が、なぜそんなに慌てて逃げたのかと聞いたので、兵助は、孫四郎が昔の恩を忘れて自分を討とうとしたことの次第をかったった。

すると、床の下から、痩せた男が抜刀して現れた。

兵助は肝をひやして驚いた。その男が言った。

「私は忍びの者だ。しかし仁義を重んずる侍でもある。孫四郎があなたの首を取れと命じたのでやってきたが、今の話を床下で聞いて、非は孫四郎にあると知った。危うくあなたを殺すところだった。私は義に感ずる人間である。しばらく寝ないで起きていてください。孫四郎の首を取ってきます」

「分かった。よろしく頼む」

その男は刀をひっさげて門を出ると、屋根を伝い、塀を跳び越え、飛ぶように走っていった。そして、夜半には、首を持って帰ってきた。灯を点してみると、確かに孫四郎である。

その男はすぐに立ち去って、再び兵助の前に現れることはなかった。

兵助はその後諸国を回り、のちには都に上って、後方守備の師範として、一生を終えたと言うことである。

                        終わり

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コメント

私もエキサイトブログやってます。
鈴木田隼人介という人物は実在するのでしょうか?

鈴木田舜護様
多分、実在しています。浅井了意に名前入りで出てくる人物は、大抵実在の人物です。しかし、史実の通りとは限りません。

投稿: 鈴木田 舜護 | 2011年4月 4日 (月) 07時43分

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