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2008年8月30日 (土)

日本紀行

8月30日(土)

変な天気である。降ったり止んだりと言うことなのだが、どうも、散歩に出にくい。いつ降り出すか判らないし、降り出すと傘では間に合わないような激しい降りになる。晴れている時間も結構あるのだから、気持ちはうずうずする。しかし、突然降り出す激しい雨が心配である。

結局1日家にいて、大方はイザベラ・バードの『日本紀行』を読んで過ごす。家事をしたり、数独をしたり、テレビを見たりしながらですけどネ。

今日は、函館に辿り着くまでを読んだ。かなり公平にものを見ることの出来る人で、当時の風俗がよく分かる。たびたび触れられるのが、日本人の体格の貧弱さ、大衆の貧しさ、宿屋の蚤や蚊の多さ、好奇心で外人を見る野次馬の多さである。

一方では、日本人の礼儀正しさ、親切、旅の安全、浮浪者がいないこと、たかりがいないこと、ぼられることがないこと、勤勉さ、貧しくても自立していることなどが語られる。

大衆の不潔さ、中流以上の清潔さ、風景の美しさ、道の悪さ、民衆には正しい情報が伝わっていないこと、数キロ先の道の状況を誰に聞いても判らないこと、男はふんどしだけの裸で働いていることがおおいなど、言われてみればそうかなと思う。

日本人の体格は、江戸時代に1番貧弱だったと言われる。明治の初めでは、江戸時代と同じようなものだ。現在でも欧米人に見劣りはするが、明治時代に比べれば、20センチくらい身長が伸びている。イザベラ・バードに「小人」と言われなくてもすむだろう。

秋田(久保田)では、当時の国民病、脚気の話が出てくる。当時はまだ、脚気の原因が分かっていなかった。脚気は、江戸時代、比較的裕福なところから多発した。玄米では無く、白米を食べるようになったからである。秋田も米所だから、白米中心の食生活だったんですナ。

キリスト教改宗しなければ本当の解放はないみたいな考えが随所に出てくるが、こればかりはヨーロッパ人に今でも残る偏見の一つ。

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