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2008年8月21日 (木)

蜘蛛塚

8月21日(木)

蜘蛛塚(狗波利子・通算66回)

   原作・浅井了意  現代語訳・ぼんくらカエル

昔、諸国行脚の山伏、覚円という者がいた。

紀州熊野で修行をしたのち、都に上って清水寺に参詣しようとした。五条烏丸あたりで日が暮れたので、そこにあった大善院という大きな寺で宿に請うたところ、大善院の僧は、本堂の傍らの、汚い、小さな小屋を貸した。覚円は腹を立て、

「僧の身でありながら、修行者にこんな汚い小屋を貸すとは何事だ」

と噛みついた。

「修行者を侮っているのではない。この本堂には、長年妖怪が住みついている。泊まった者はみな行方不明になり、死体さえ残されていない。この30年間に30人にもなる。だから本堂は貸せない」

「私にそんなことがあってたまるものか。妖怪は人を見て出るものだ」

と、覚円は言う。僧は再三止めたけれども覚円が聞かないので、本堂の戸を開いて覚円を入れた。覚円は静かに仏に礼拝し、念仏を唱え、心を澄まして座っていた。

しかしながら、寺の僧の言葉も気になって、腰の刀を半分抜いた状態で、柄を手ににぎりながら眠った。

夜の10時頃、ぞくぞっくっと寒くなり、堂内がしきりに震動した。そして、天井から、大きな、毛の生えた手が出てきて、覚円の額をなでた。覚円は刀を振り上げて払ったところ、手応えがあって、何かが仏壇の左に墜ちた。午前2時頃、また同じようなことがあって、覚円はやはり刀で払った。

夜が明けて、寺の僧が不安げに様子をうかがいに来た。覚円は、昨夜の出来事を話した。寺の僧は急いで仏壇の傍らを見ると、大きな蜘蛛が死んでいた。80センチあまりもある蜘蛛である。目は大きくて、爪は銀色であった。寺僧はますます驚き、この蜘蛛を本堂のわきに埋葬した。

また、覚円の徳が高いことを感じて、しばらく寺に留め、祭文を書かせて、その墓を祭った。

その墓を蜘蛛塚と言って、今でも大善院に存在する。

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