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2008年7月 7日 (月)

ぼんくら日記  今川氏眞没落

7月7日(月)

ぼんくら日記

精障者作業所Mへ

お客様のMさんから変わった注文あり。段ボールで踏み台を作れと言う。段ボールだから軽くできるけれど、踏み台なので、その上で、人が跳んだりはねたりしても潰れないように作らなくてはならない。まあ、出来ないこともないけれども・・・。今日ではなく、次回に作ると言うことで引き受ける。

今日は七夕。今日から洞爺湖サミット。ブッシュさんは環境問題に鈍感な人だねえ。想像力が鈍いんだな。

明日、健康診断、胃ガンの検診。今日はそろそろ、飲み物食い物が取れなくなる。この先のブログは、飲みながら書くことにする。普段だと、書いた後に飲むのですけれどね。もちろん、書く前にも飲んでいるのですよ。今日は、書き終わった頃にはもう飲めない。

今川氏眞没落・附・三浦右衛門最後(狗波利子・通算41回)

    原作・浅井了意  現代語訳・ぼんくらカエル

駿河の国、今川義元は織田信長に討たれ、その子、今川氏眞が跡を継いだ。しばらくは、国を守り何とか収めていたが、永禄(1558-1569年)の初め頃から、家運が衰え、氏眞は風流にうつつを抜かすようになった。

武藤新三郎という美少年の佞臣がいた。

氏眞はことのほか新三郎を愛し、酒席に侍らせ、淫舞淫楽を共にし、和歌を愉しみ、蹴鞠に興じた。

新三郎が成人してからは、三浦右衛門佐と名乗らせ、茶会を企て、何事も、三浦のいうことを良しとした。庭を造っては深山幽谷の景を求め、路地に築山を作り、水の流し方、木の枝つきまで、三浦の意見を取り入れた。

三浦の喜びが氏眞の喜びとなり、紹鴎の高麗茶碗を3千貫で買い取り、連歌の名匠宗祇の秘蔵した白梟の香炉を5千貫で買った。そのほか、夢窓国師の青磁の花入れ、忍性聖人の柿色の眞壺、あるいは茄子の肩衝き、緑葉の香合、匙、机、等々、枚挙にいとまがない。

日本のものであろうが中国のものであろうが、三浦のためならば、財宝を惜しまず買い求めた。綾錦を買い求めては切り刻んで袋を作り、香木を削って部屋の柱とした。

そんなこと使う金は、幾千万とも限りがない。財宝は、天からも振らず、地からも湧かない。結局のところ、土民百姓をむさぼり、税を重くし、課役を激しくするのであった。そうして絞り上げたものを、砂に水を撒くようにして使った。

                        続く    

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