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2008年7月 3日 (木)

趣味  母に不幸の子狗となる

7月3日(木)

趣味(ぼんくら日記)

私は、ボランティアと趣味で日を送っている。ある種の年寄りの1パターンですね。

趣味としているのは、山歩き、水彩画、俳句です。

毎日ブログを更新しているから、これも趣味みたいですが、自分の意識の中では、そんな気がしない。昔から日記は書いていたし、それがブログに変わっただけです。ただ、ブログにしたことで、文体は変わりました。読んでくれる人もいるのだから、当たり前ですね。いろいろな不自由なことも出てきました。書くことで、人に迷惑もかけられないからです。

三つの趣味の中で、もっとも楽しいのは山です。気のあった山友達がいて、一日中一緒に行動して、夜は、反省点があろうと無かろうと反省会(ニケさんの表現)をやったりして・・・。

でも、三つの趣味の中で、一番最初にやめるのも山でしょうね。ぼんくらカエルは71歳の老カエル。体力が無くなったら、ハイそれまでよ。

絵や俳句は、体力が無くなっても出来ます。惚けたらどうかな。俳句なんか。惚けた方が上手くなるような気もします。半分くらいは本気で言ってます。

Mizutani10009 入間市の彩の森公園でのスケッチ。左側は水彩鉛筆で、現場で彩色。Mizutani10010

右の絵は、家に帰ってから彩色。 下手はどちらも下手だけど、右の方が良いような気がする。絵も俳句も、退職後にはじめたもの。上手くなりたいと言うよりも、自分勝手にやりたいという気持ちの方が強い。

今年の4月ごろから、鉛筆スケッチをはじめた。それまでは気持ちはあっても、彩色までするのは気が重かった。で、結局、まれにしかスケッチをしなかった。色を付けないと決めてから、気が楽になって、散歩にはスケッチブックを持って行く習慣が出来た。

俳句については、またの機会に書きます。

母に不幸の子狗になる(狗波利子・通算29回)

   原作・浅井了意   現代語訳・ぼんくらカエル

永正年中(1504-1520年)京の西、鳴滝と言うところに、彦太夫という百姓がいた。金持ちというほどではないけれど、田畑を作り、人並みの生活は出来た。

生まれつき、無道無頼な男で、神仏を敬う気持ちは少しもなかった。そんなくらいだから、近くの寺に参ったこともない。乞食非人が来ても、口汚く罵り、少しも恵んでやることはない。

母親を粗末にし、不幸なことこの上もない。明け暮れ辛くあったって、少しでも気に入らないことがあると、ことさらになじった。母が歳をとって、何事も上手に出来なくなると、

「早く死んでしまえ。役立たずが無用に長生きをして」

などという。母は自ら育てた子供にそのようなことを言われ、なんと情けない命かと、嘆かぬ日はなかった。

母が病気になって、食べ物が喉を通らず、魚なら食えるかと、嫁に頼んで単の着物を売ってもらった。その金で魚を買ってくれと息子に渡した。ところが彦太夫は、金を受け取りながら、魚は買わなかった。

隣の人が哀れに思って、鯉の羮を作って母親にと持ってきたのに、母には与えず、自分で食ってしまった。

すると、たちまち腹が痛くなり、薬を飲んでも、少しも良くならない。くらい閨に籠もり、夜昼5日間うめき続けた。5日目に人が様子をうかがうと、なんと彦太夫は犬に変身していて、恥ずかしげにうずくまっていた。

その犬、食を与えても食わず、100日たって死んでしまった。そのありさまを見た人は、不幸の報いを思い知り、親孝行をしたということだ。

                           終わり

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