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2008年7月29日 (火)

塩田平九郎怪異をみる 1

7月29日

塩田平九郎怪異を見る・1(狗波利子・通算48回)

   原作・浅野了意  現代語訳・ぼんくらカエル

播州(兵庫県)花隅の城主、荒木摂津守は織田信長に楯突いたので、信長は滝川左近将監にその城を攻めさせた。その戦で、野村丹後守初め、雑賀衆なども皆討ち死にし、城には火が懸けられた。

雑賀衆の塩田平九郎という者が1人だけ生き延びて、故郷に帰り、しばらくは世の移り変わりを見ていたが、この先良いことがあるとも思えず、儚い命をいたずらに生きているより、後の世を大事にしようと思い定めた。

平九郎は髪を切り、墨染めの衣を着て、家を出た。

心の赴くまま、足の向くままに、野を越え、山を越え、村里を巡った。行く先々の風俗習慣、暮らしのありさまを見聞した。名所旧跡をたずね、霊地と聞けば、行って拝んだ。

豊かな土地があるかと思えば、侘びしい土地もある。薄情な人もいれば、情け深い人もいる。土地も人も同じではない。

ある時は地理も分からぬ山に紛れ込み、樵に麓への道を尋ね、またあり時はどことも分からぬ野辺をさまよい、草を刈る者に里のありかを聞いた。行けども行けども人家のないところや、宿を貸してくれる人のいないところでは、木の下や墓地をねぐらとして夜を明かした。

九州肥後の国(熊本県)阿蘇の深谷では、地獄のありさまを目の当たりに見た。燃え昇る炎は天を焦がし、雷鳴は山をも崩すようだ。罪人の呼び叫ぶ声が谷底から聞こえる。

このありさまを見れば、悔い改めずにいることはできない。すでに世を捨てている身であるから、深く感じるのである。ますます志を深くして、鹿児島に至り、俊寛が流された硫黄島に渡った。俊寛の哀れな物語を、いま目の前に見るように思われた。

浦では海女が日暮れまで千尋の海に漂い、釣り船は棹をさす。塩田では海水を運び、柴を焚き、塩を焼く煙が心細い。磯では、海草を拾い藻を掻き集める。どこにいても生きていくのは楽ではない。

その後四国をめぐり、ようやく播磨の姫路を経て、故郷に帰った。平九郎が家を出てから、18年にたっていた。

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