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2008年7月 4日 (金)

手品  不幸の子雷にうたれる

7月4日(金)

手品(ぼんくら日記)

今年初めての真夏日。

特養Sへ。私のやることは、話し相手、手品、紙切り。いつも同じようなものだけれど、何となく、私のまわりの人が集まる。看護婦さん、介護士の人、なども、私がいるテーブルに利用者さんを連れてくる。で、私は得意になってやるわけだ。

ひとしきりやっていると、新館の方にも行ってくれ、という。後半は、新館で過ごす。こちらの方は、知能程度で言えば、私などより高い人が多い。そこで、話しをし、手品をする。たいていの手品は、種明かしもしてしまう。「次に来るまで、忘れてくださいね」と言いながら・・・。

私の手品は、時々失敗する。私は言う。「失敗はしょうがないですよ。何しろ、木戸銭をもらってないんだから・・・」。つまり、笑わせながらやるのが、私の手品であり、紙切りなのです。

ある利用者さんが言った「お人柄が良い」。で、私はますます調子に乗ってやるのです。その辺が私の軽いところ。

不幸の子の雷にうたれる(狗波利子・通算40回)

   原作・浅井了意   現代語訳・ぼんくらカエル

慶長の初め(1600年前後)大宮、7条に、丸や弥介という商人がいた。弥介には2人の子供がいて、弥介の死後は、兄の弥二郎が跡を継いだ。何とかやっていける程度の収入はあった。弟の弥三郎は、3条堀川に住んで、百姓をしていた。家計は貧しく、朝夕の食事にも事欠くありさまだった。

2人の母は歳をとってしまった。兄、弥二郎が言うには、

「おればかりが面倒を見るのはおかしい。弟がいるのだから、あっちにも行けばいい。10日ごとに交代で面倒を見よう」

そんなわけで、母を10日ずつ交代で面倒を見ることになった。母は、弟の家にいるときは心安らぎ、兄の家にいるときは気まずいことが多かった。嫁にさえも、すげない扱いをされた。

ある時、弟の家にいて8日目になったら、食べる物が無くなってしまった。これではどうしようもないので、兄の家に行ったところ、

「まだ2日残っている。あっちへ行け」

と言って、家にも入れさせない。そうこうしているうちに、朝食の飯が炊けたらしい。母は、

「せめてその飯を少し食わせてくれ。そしたら弟のところに帰る」

と言ったら、嫁は返事もせず、少しも食べさせようとはしない。弥二郎も、

「早く帰れ」

とあしざまに言う。やむを得ず母は弥三郎の家に向かって歩き出した。

まだ5百メートルも行かぬうちに、急に空を雲が覆い、雷が鳴り、弥二郎の家に落ちた。弥二郎は頭を打ち割られ、嫁は門口まで逃げたが打ち殺された。せっかくの飯も辺りじゅうにうち撒かれた。

弥二郎の家は、またたく間に絶えてしまった。

                     狗波利子第4巻終わり

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