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2008年7月22日 (火)

毛虫祟りをなす・3

7月22日(火)

毛虫祟りをなす・3(狗波利子・通算45回)

(前回までのあらすじ・山城の里の少年孫四郎に恋をした学道僧宥快は、恋文を送ったり、孫四郎の家の近くをうろついたりした。孫四郎の親は怒って、二人を近づけないようにする。宥快は落胆し、絶食をして死のうとする。宥快の同僚が、学道に励むように諭すが聞き入れない。)

それから7日、宥快は餓死した。同僚の僧は集まって、野辺の送りをし、荼毘に付した。

その夜、孫四郎は夢うつつのうちに、宥快が寝所に入ってくるように感じた。

その日から、孫四郎は病気になった。時々は高熱を出し、医者を頼んでも、悪くなるばかりであった。日ごとに衰え、ついに亡くなってしまった。孫四郎が亡くなるまさにその時、天井から、

「孫四郎どの、いざ、いざ」

と宥快の声がした。

期待していた子供に先立たれ、父母の深い嘆きの中、葬儀が行われた。

死後35日、五月の初めごろ(現在の6月ごろ)だが、家の柱、天井など、いたるところに毛虫がわき出した。五月雨(梅雨のことです)が続くので、腐った木や竹からわき出たのかと思ったが、そうではなくて、この家にだけわき出るのである。拾い集め、履き集めて堀や川に捨てたが、捨てても捨てても、幾らでも湧いてくる。しかも、毛虫に触るとかぶれてしまう。

やがて毛虫は蝶になる。群がり飛んで、人の顔にとまり、着るものにまといつく。夜には灯火にたかって灯りをけし、食事中には食い物に転がり落ちる。

さすがにただごとではない。宥快の亡魂がなすわざと考えられた。元興寺に知らせ、同学の僧に頼んで弔わせた。同学の僧は、祭文を作り、懇ろに仏事を行った。加持をして弔ったところ、2.3日後には毛虫がいなくなった。亡魂も浮かばれたのであろう。

                          終わり

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