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2008年7月30日 (水)

塩田平九郎怪異を見る・2

7月30日(水)

塩田平九郎怪異を見る・2(狗波利子・通算49回)

(前回のあらすじ・播州、花隈の城が織田信長によって落とされ、ただ1人生き残った塩田平九郎は、頭を丸めて西国を行脚する。出家して18年後、故郷に帰ってくる)

18年の間に故郷の様子も変わり、知っている人もいない。花隈の城の焼け跡に行って、

    かへりこむ昔をおもふ袂には

            秋ともなしに露ぞおきける

と詠んだ。夕暮れになり、野寺の鐘の音がかすかに聞こえたので、また1首。

    見るままに過ぎにしかたは入逢の

            鐘や昔の跡に聞のゆる

このようにして花隈のあたりを歩いてみると、どこもかしこも荒れ果てて、茨や茅が生い茂り、すすきの根元から聞こえる虫の声も哀れである。話を聞けるようなところもない。

草原の中に人気のない家があったので、入ってみると、軒は傾き、板戸は割れ、雨漏りの跡も多い。平九郎はうずくまって、静かに経を読み、念仏を唱えた。

月がようやく東の空にでる頃、誰かは知らないが3人の者が入ってきた。その格好は、そこらの卑しい者ではない。平九郎は壁に隠れて息を凝らしていた。その者たちは話の内容も、高尚である。

その中の1人が口を開いた。大永にの頃(1520-1525)から諸国が自己主張を初め、強い者は弱い者を従え、大国は小国を合併し、天下はすでに4分5裂している。戦の絶えることがない。

甲斐に武田信玄、北越に上杉謙信。北條、織田の家々、人数を集め、謀をする。戦国の7雄、三国の乱と言えども、今よりひどいということはあるまい。いつになったら治まることか。

また一人が言う。天下の治乱は時運の変災、天地の妖怪である。飢饉が起きたり、疫病が流行ったりするのは、皆この類である。時がきて、徳が高く行いの良い人に依って、天下は統一されるだろう。

それまでは党を結び、血を争う人が出てきても天の理にかなわなければ、やがて滅びるだろう。まことに吉凶は天の理に依るのであって、人事に依るのではない。

だから信玄、謙信、北條氏康は、みな他界し、子供はあるがいずれも父に似ていない。

                             続く

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