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2008年6月 6日 (金)

一泊山行 形見の山吹 3

6月6日(金)

一泊山行

Mizutani10009 毎度下手な絵を載せるのもどうかと思うけれど、又載せちゃった。新聞の写真のスケッチです。

このような絵も、近ごろ始めた「狗波利子」の現代語訳も、数少ない読者を減らしていると思うけれど、まあ、自分のたのブログだから、しょうがないや。

私の属する山の会のは、夏に一泊の山行をする。今年の山行は、会津駒ヶ岳と決めて、檜枝岐温泉に泊まることにした。宿とバスの手配をする。宿は民宿、バスはいつものK観光にお願いする。民宿の方は、税込みで、一律みんな同じ値段。バスはガソリン代も上がっているけれど、競争が激しいのか、思ったより安い。参加者10人として計算してみたが、一人ひとりの負担は、ツアーで行くより安いと思う。

形見の山吹 3(狗波利子 通算22回)

(前回までのあらすじ・菅野喜内という者が風流を求めて外出中に、御簾の中から顔を覗かせた少女を見初める。文などをやるが、かたくなに、色よい返事が来ない。千通も文をやるうちに、少女の方にも変化が現れたようだ。)

幾世にもわたって契るまでは、身持ちも堅くします。死ぬまでその気持ちは変わらないのですか、という歌の返事をもらって、喜内は飛び上がるほど嬉しくなった。

喜内は仲介してくれる女に案内させて、垣根の隙間から忍び入った。そして、そっと障子を開けたところ、弥子は薄暗い灯火に照らされながら、恥ずかしげに横を向いていた。喜内はそのそばににじり寄り、日頃の弥子に対する深い思いを語り、命ある限り、愛することを誓った。

弥子は黙って聞いていたが、

     言の葉は只情けにもありなまし

             見えぬ心の奥は知られず

言葉ではどのようにも言えますが、本心が分かりませんと言われ、喜内は、

    あいそめし後の心を神もしれ 

             ひくしも縄の絶えじとぞ思ふ

神にかけて、心変わりのないことを誓った。

そのようなことがあった後は、二人は人目を忍んであっていた。

しかし世の中は儚いもので、弥子の母が病気になり、亡くなってしまった。弥子は悲しくて、家に閉じこもっていた。さらに枯れた草の上に雪が降り積もるように、辛いことが重なってきた。

喜内の父は尼崎に住んでいたのだが、関白豊臣秀次に召し抱えられ、喜内を連れてはせ参じた。しかし幾ばくもなく秀次は、秀吉の命によって、高野山で自害させられてしまった。この騒ぎに、喜内は、木津の里、弥子のもとに訪れることが出来なかった。

     我はうき人やはつらき中川の

               水の流れも絶えはてにけり

と嘆いているうちに、弥子は体調を崩し、病に伏せた。そこへ喜内から文が届いた。あっちへ行ったりこっちへ行ったりで、ほんの少しの暇もないと書いて、

    関守のうちぬるほどのわびし夜も

               今はへだつる恨みとやなる

の歌が添えられている。弥子は病の床の上でその手紙を読み、

    ふみみても恨みぞふき浜千鳥

                跡はかいなく残る夢の世

と詠み、そのまま気が遠くなり、ついに亡くなってしまった。

近所の人々が気の毒に思い、近くに墓を作ってやった。

                            続く

 

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