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2008年6月 3日 (火)

銃後の写真  原隼人佐謫仙

6月3日(火)

ぼんくら日記

精障者授産施設Rへ。月に1度、K食堂の包丁を研いでいる。ついでに精障者作業所Cの包丁も。今日は包丁9本。

銃後の写真

Mizutani10009 もはや写真といえないような写真を載せます。昭和19年12月ごろの、ぼんくらカエルの家族の写真。父と母、弟と私ですが、顔が見えなくなっているのが私。とっびっきりの美少年だったのに、顔が見えればナア(アハハ)。

当時、たいていの男は坊主刈りでしたが、父は、この写真を撮る少し前まで、長髪でした。長髪の人には、風当たりの強かった時代です。父は髪を刈り、その髪と、手足の爪を切って、袋に入れました。父に万一のことがあれば、それが遺骨の代わりになるのです。

弟が左の脇の下に、何かを抱えているように見えます。これは防空頭巾です。空襲などのさい、少しでも頭を保護するために被るものです。

父の胸にあるのは鉄かぶとですが、一般人が外に出るときは、誰でも防空頭巾を肩にかけ、脇の下に持ち歩きました。

弟の胸に名札がついています。そこに書かれているのは、名前と住所、それに血液型です。電話番号などはありません。電話など、一般家庭にはありませんでした。

母のはいているのはもんぺ。女性はみんなもんぺをはきました。普通の着物で外出したら、非国民などと言われかねない時代でした。

父はネクタイなどをしています。父も母も子どもたちも、これで普段は着ないよそ行きの服装なのです。

この写真は父を東京に残し、母と私と弟が疎開するときに撮ったものです。父が髪を切ったのはそのためでしょう。写真は東京に残った父の元にありましたが、防空壕で水浸しになり、こんな無惨な有様になりました。

こんな写真を持ち出してきたのは、少しでも戦時中の庶民の生活を知ってもらいたいと思ったからです。戦争など、決してしてはいけないのです。

今でも、あちこちで戦争があります。戦争を輸出している国もあります。日本だって、少しは片棒を担いでいるのです。

原隼人佐謫仙 3(狗波利子 通算19回)

    原作・浅井了意   現代語訳・ぼんくらカエル

(前回までのあらすじ。原田隼人佐は16ヶ月母の体内に宿り、母の死と引き替えに生まれた。容貌、才知人に優れ、戦上手で、主君武田信玄の信用も厚い。見知らぬ土地でも陣の敷き方、合戦の場の見極め方に緩みがなかった。ここで作者は、昔の一ノ谷の戦いでの、平山李重の例をひく。)

平山は反論した。

「鹿のいる山は漁師が知る。鳥のいる野は鷹匠が知る。魚のいる海は漁師が知る。泊瀬(ハツセ・奈良県にある地名)の花の色、須磨や明石の月影は、土地の人が知らなくても、風流人が知っている。桃やスモモは何も言わないけれど、その下には自ずから路が出来る。敵を城より誘い出すことや、軍を山中に動かしたりする場合は、剛勇の者こそ案内者になれる。」

そういって平山李重は、先陣を切って進んだと言うことだ。その道に心を尽くして考え抜いたならば、なんで出来ないことがあろうか。遠い昔、中国の路に管仲が老馬に先導されて帰ったのは、理由のないことではない。

天正8年(1580年)9月、武田四郎勝頼が巡幸したとき、太湖山地延(タイコサンチセン)城から戦争を仕掛けられた。その時武田方は戦の準備無く、甲冑をつけずに戦い、城は落としたけれども、多くの犠牲者が出た。

中でも、侍大将原隼人佐は城兵7-8人を相手に戦ったが、溝に足を踏み入れ、体のバランスを崩したとき、頭から眉間にかけて斬りつけられた。深手だったので、倒れ伏したが、曲渕庄左衛門という者が、肩に担ぎ助け出した。そして、甲府に帰ってから死んだといわれている。

しかし、実際は違っている。武田家は長篠の戦いで敗れ、家老や主だった者が皆討たれてしまった。隼人佐は生き残ったが、武田家は裏切り者がはびこるようになって、武田家の家運がつきたことを知った。

隼人佐は范れい、張良(ハンレイ・チョウリョウ・共に古代中国の忠臣)のことを思い、山に入って、仙術を求め、ついに大仙に会って、修行を全うした。そして、白昼、天に昇った。

その後、下界に下りたときに、土地の者に会い、ついに武田家が滅びたことを知った。隼人佐は憂いの色を隠さず、土地の者に話した。

「私はもと、原隼人佐昌勝といわれたものだ。元々は天の仙人だったが、失敗をして、人間世界に流されてしまった。武田家にしばらく身を隠していたが、罪を許され、天に帰った」

そういうやいなや、足下から雲が興り、空に昇っていくように見えたが、すぐに消えてしまった。

                           終わり

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