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2008年6月 7日 (土)

Sの遠足 形見の山吹 4

6月7日(土)

特養Sの遠足

特養S、この春の最後の遠足。3台の車に分乗して、車イスの人、独歩の出来る利用者、家族、スタッフ、ボランティアなどで、狭山子供動物園へ。今年は、無事終了。

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                                                   形見の山吹 4(狗波利子 通算23回)

    原作・浅井了意   現代語訳・ぼんくらカエル

(前回までのあらすじ。菅野喜内という者が、外出先で見初めた弥子に恋いこがれ、なんとか思いを通じたが、弥子の母はなくなり、喜内は豊臣秀次に仕えるため、離ればなれになる。秀次は自害するが、喜内は忙しくて帰れない。弥子は憔悴のあまり亡くなってしまう。)

弥子の家は住むものも絶えたので、荒れ果ててしまった。

3年ぶりに喜内が帰り、その家に行ってみると、軒は崩れ、柱は倒れ、草のみが生い茂っていた。あまりの悲しさに、崩れた壁を押しのけてみると、物干し竿にかけた鬼染めの小袖が、竿ごと倒れて、朽ちていた。その袖の跡から山吹が生えてきて、黄色の花を咲かせている。朽ちてももとの色を忘れず、弥子の形見のように思われて、喜内は悲しみに暮れ、涙はとどまりところをしらなかった。

しかし、幾ら嘆いたところで、花は答えることもない。

      山吹の花こそいはぬ色ならめ

              もとの籬(まがき)を泣くなくぞ問ふ

何とも悲しくて墓に詣でたが、墓への道は草に埋もれ、人が通っているとも思えない。日はまさに暮れようとして、野寺の鐘の音も心細く聞こえる。まわりの草にも、喜内の袖にも露が降りた。吹く風も身にしみる。涙に濡れて念仏をとなへ、

     埋もれしその面影はありながら

              塚には草のはや茂りぬる

この世の中のはかなさを、今思い知らなければ、いつ思い知ることが出来るだろうか。世に受け入れられるときには望みがある。かなわなければ恨みがある。この仮の世の世俗に迷い、執着心を持っていては、なかなか輪廻から離れることが出来ない。この世の妄執を捨てれば、あの弥子とも、来世で一緒になれるかも知れない。

喜内は自宅の柱に、

     なげきつむちから車のわが身世を

              たちめぐるべき心ちこそせぬ

と書きつけて、朝早く家を出たが、そのまま行方知れずになった。

                        終わり

狗波利子、第2巻はこれで終わりです。次からは第3巻になりますが、明日は狗波利子を休みます。

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