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2008年6月25日 (水)

丸山  柿崎和泉守亡魂

6月25日(水)

日向山から丸山へ(ぼんくら日記)

Hさん、Kさんとハイキング。Aさんは九州へ行っているので、今回は3人。

コース

西武線芦ヶ久保駅~日向山(633メートル)~丸山(960メートル)-大野峠~赤谷~芦ヶ久保駅

日向山も丸山も車道で頂上近くまでいけるけれども、それではつまらない。やはり山道を歩く。日向山に向かう道で、すぐしたに駐車場を見おろせるあたり、ツツジが満開。その他、名は知らないが、黄色の花が咲いている。ベンチも置いてあり、時間によっては、ここで昼食なんてのも、いいかも。

その他、コース中に目立った花としては、ヤマボウシ、ホタルブクロなど。カメラが無くて残念。

日向山から丸山の途中に、黄色い木イチゴが沢山あって、3人それぞれ、一粒ずつ食べる。けっこう甘い。

芦ヶ久保から直接丸山に行くコースは比較的良いが、日向山のコースは、道の手入れがされていない。荒れていると言うほどでもないが、イノコズチがズボンにびっしり付いたり、イラクサの小さな棘が手に刺さったりする。

今にも降り出しそうな曇り空だったせいもあって、はっきりしないが、日向山頂上の見晴らしは、あまり良くなさそう。

芦ヶ久保から丸山への道に合流すると、しばらくの間、道が広くなる。コース全体に杉林、ヒノキ林が多い。

丸山頂上で昼食。

大野峠を過ぎると、何度か沢をわたり返す。沢は梅雨で水量が多く、岩の間を滝のように滑る落ちる。なかなか見応えがある。

梅雨だから、蒸し暑いのはやむを得ないか。歩行時間は4時間半くらいかな。

柿崎和泉守亡魂(狗波利子・通算34回)

   原作・浅野了意   現代語訳・ぼんくらカエル

越後の国(新潟県)長尾影虎謙信の家臣、柿崎和泉守は有名な武将である。以前、川中島で信玄と戦ったときも、柿崎は先陣として、手柄があったため、謙信はいよいよ信頼した。越中(富山県)に住み、北越(新潟)の侍たちも、柿崎に従った。

ある時、柿崎は京都で馬を売った。きわめて優れた荒馬である。織田信長は、柿崎の名馬と聞いて、高く買った上に、布一反を添えた。さらに、このような良い馬が在れば、いつでも売るように、と書を送った。

柿崎はどう思ったのか、このことを謙信には言わなかった。謙信は程なくこの事実を知り、大いに怒り、柿崎を呼び出し、殺害した。

柿崎の亡魂はよほど悔しかったのか、時々謙信の前に現れて怒り狂った。謙信はさすがに武勇の大将、物ともしないようだった。

とは言うものの、天正6年(1578年)3月9日、信玄は脳卒中で倒れた。痰咳はひどく、呼吸はいびきの如く、顔は赤く、汗は玉のようである。家中の者、四方八方に医者を捜し、さまざまな薬を与え、灸をすえ、鍼を刺したが、少しの効き目もなく、ついに3月13日に亡くなってしまう。49歳であった。

罪もない忠節の家臣を殺し、その恨みのため、未だ武勇の盛りに亡くなってしまった。柿崎に取り殺されたと人々はうわさしている。

                     終わり

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