« 七夕飾り・俳句の会 | トップページ | 尺貫法・田上の雪地蔵2 »

2008年6月22日 (日)

気が抜けた日・田上の雪地蔵

6月22日(日)

気が抜けた1日(ぼんくら日記)

今日はちょっと気が抜けたような1日で、まとまったことは何もしていません。

この前覚えた八方ダシを作ってみました。

次の水彩画の会ため、絵に登場させる子供の下絵を描いて見ました。

本を少し読みました。

数独をやりました。

狗波利子の下読みをしました。

書いてみると、いろいろやってるナア。そうか、前からやるべきだと思っていた掃除をしなかったので、何もしなかったような気がするのだな。それと、食事を作る気がしなくて、外食に出たこと。気分のもとは、これだな。

田上の雪地蔵(狗波利子・通算31回)

元亀2年(1571年)2月(旧暦)の半ば、春だというのに寒くて、冷たい風が吹きすさび、大雪が降った。山々は雪を戴き、まるで白銀の世界である。木々の梢は花のように雪を飾り、まるで冬に戻ったようだ。

近江の国(滋賀県)田上というところの子どもたちが、雪にはしゃいで大勢集まり、雪ころがしをして遊んだ。そして雪地蔵を作り、花や香の形まで雪でそっくりに作り、岩の上に置いて、本物の地蔵にするように開眼供養をした。

12,3歳くらいの子供が供養の導師となり、恭しく地蔵尊建立の趣意を述べた。

・・・そもそもこの地蔵菩薩は全部雪で出来ている。この雪地蔵は、地獄から天上に至るまで6道のである。この菩薩の誓いは、暖かな日ざしが来れば、残りなくとけることだろう。

と冗談を言った。いい加減な戯れごとに似ているけれど、雪で作った仏像の道理にかなった祈りだったらしい。この子供、もともとそのような生まれつきだったのだろう。長じて出家をし、説法上手の法師として知られるようになる。天台の教理を学び、講師も務めるほど学識が高かった。名は明阿僧都という。

この明阿僧都、にわかに病を得て息絶えてしまった。脇の下が温かく、脈が残っていたので、葬式はしなかった。弟子たちが見守る中、1昼夜して、明阿僧都は目を覚ました。

                         続く

|

« 七夕飾り・俳句の会 | トップページ | 尺貫法・田上の雪地蔵2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/118203/21820037

この記事へのトラックバック一覧です: 気が抜けた日・田上の雪地蔵:

« 七夕飾り・俳句の会 | トップページ | 尺貫法・田上の雪地蔵2 »