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2008年6月16日 (月)

特殊法人の無駄遣い 大内義隆の歌

6月16日(月)

ぼんくら日記

精障者作業所Mへ。

特殊法人の無駄遣い

毎日新聞夕刊に、ジャーナリスト若林亜紀さんの経験談が出ている。10年ほど特殊法人に勤めたことがあるのだそうで、その時の話しだ。

特殊法人の無駄遣いについてはマスコミでさんざん取り上げられているから、今さらびっくりもしないけれども、やっぱりナア、とは思う。

若林さんの経験のほんの1部を、毎日新聞を読んでいない人のために採録。

「3月が近くなると、上司から『お母さんと好きなところへ旅行に行った来なさい』と出張をうながされ、現金を渡された」

「私も(中略)『労働問題の研究期間との意見交換』という名目で米国へ行ったが、実際は(中略)名刺を交換しただけ」

「『銭湯に行ってきます』といって毎日3時間は戻ってこない後輩に文句を言ったら、財務省から出張していた課長から『(残業代は)自分の金じゃないのに、ぎちぎち言うな』と怒られた」

ほかにもこんな話しが満載。真面目にやっている人だっているとは思うけどねえ。これだもんなあ。

大内義隆の歌(狗波利子通算27回)

     原作・浅井了意  現代語訳・ぼんくらカエル

大内義隆の家系は、推古天皇の時代より始まり、周防の国山口に城を構え、中国地方の大名として、7ヶ国を支配した。従2位左京太夫にまで成り上がった。

しかし、驕りたかぶり、取り巻きにおだてられ、政治をないがしろにした。女色と酒におぼれていたら、家臣の陶尾張守に国を奪われてしまった。自身は自害をし、24代続いた家系は絶えるというありさまだ。

全盛時には、京都から著名な人々を呼び寄せ、春は花、秋は紅葉と遊興にふけり、やれ雪の朝だ、月の夜だと酒宴を催し、歌を詠み、詩を作っていた。

それがあっさりと滅びてしまったので、心ある人々は、皆気の毒に思ったものだ。

義隆がおごり浮かれていた頃、愛人に恋文を送ったのだが、使いの者が間違えて、本妻の元に持って行ってしまった。本妻は愛人に、次のような歌を送った。

    頼むなよ行く末かけてかわらじと

           我にもいいし人のことの葉

また、義隆のは次のような歌を送った。

    思うことふたつありその浜千鳥

            ふみたがへたる跡とこそみれ

義隆はこの歌をみて、大いに恥ずかしく、使いの者を手打ちにした。そして本妻の元に通うようにしたが、すでに没落の時は来ていた。

頼むべき味方もなく、泣く泣く城を出て、主従11人が腹を切り、大内家は滅びた。本妻をはじめ、召し使われていた女たちも、互いに差し違えて重なるようにして死んだ。哀れなことである。

しばらくの間、女たちが死んだ深川の大寧寺では、夜ごとに女の泣き声が聞こえた。寺の僧が、重々しく法要を行い弔ったので、その泣き声も治まった。

                          終わり

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