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2008年6月27日 (金)

水彩画の会 非道に人を殺す報い

6月27日(金)

水彩画の会(ぼんくら日記)

水彩画の会。絵を先に描き、早めに終わって、公民館のロビーに展示してある絵を取り外す。パネルの片付け、など。

私たちのグループで、私だけが我が道を行くで、子供をモチーフにした絵を描いている。

Mizutani10009 写実を離れているのだが、これがちょっと辛い。たとえば、今日描こうとした絵。

Mizutani10010 雨の中を、左に少女がいて、犬が誰かの靴を銜えている。右の遠くに少年がいて、片手に靴を持ちながら歩いている。

こんな絵を描きたいと思った。そうするために、バックの風景が必要だが、これを想像で描いた。写真でも何でも、本当の風景がある方が、描きやすいように思う。モチーフが先にあって、風景を当てはめようと言うのだから、なかなか上手くは行かない。

非道に人を殺す報い(狗波利子・通算35回)

周防の国(山口県)野上の庄に、関九兵衛尉兼元という武勇のさむらいがいあり、伊豆山中城の戦いの時、比類無き手柄をたて、中国地方に地位を得た。

関には召し使う夫婦がいたが、大した罪もないのに、無理難題を言いかけて、寛永8年(1628年)二人を打ち殺してしまった。

夫婦は最後に願った。我々は大した罪もないのに打ち殺される。何とも残念だ。長年私心無く仕えてきたが、このありさまだ。この恨みは深い。来世というものがなければどうしようもないけれど、もし来世があるならば、この恨みを晴らしてやる、と、首を討たれた。

二人は関の家の西1キロばかり先の荒野に埋められた。死んで7日ばかりたった夜、その墓に火が燃えだして、夜中にはボールのようになった。そして、関の家まで行った。はじめは軒端のあたりにあって、火の色も青く、光も薄かった。

100日を過ぎてから、火の色は強く、赤くなり、関の家に来る。門を固く閉ざしているのだが、どこからか家に入ってしまう。子どもたちがおびえて、気絶してしまう。家中にものが驚いて、大騒ぎしたが、その火が家の外に出ると、子どもたちは正気に戻った。

魔物を追い払うという音の出る鏃を射たが、変化はなかった。僧侶を呼んで経を読み、山伏を呼んで祈らせ、お札を貼ったりしたが、少しも効き目がない。

毎晩のことなので、家中疲れ果ててしまった。二人の子供は熱病にかかり、まるで脳膜炎のようになった。医者に治療してもらったが、どうにもならず、だんだん弱って、兄弟は同じ日に死んだ。

墓の火はそれでは治まらず、妻もまた煩いだし、狂気のようになって、狂い死にした。

時空長老という坊さんを頼んで、墓に卒塔婆を立てたら、やっとのpことで静まった。

火は燃え止んだんだが、関はまもなく死んだ。関の家は、それで絶えてしまった。

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