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2008年5月19日 (月)

いろいろ  足柄山 3  

5月19日(月)

いろいろ

精障者作業所Mへ。畑仕事。かき菜を抜き、畑を掘り返し、畝を作り、消石灰を撒く。手伝いのメンバーは、KKさん、KOさん、Nさん、Tさん。

珍しく、M開所当時の所長Kさん、個人的知り合いのOさんなども、Mに来所。

私がブログを書くのは、酒を飲んで夕食も食べて、寝る前と決めていたのだが、狗波利子の現代語訳などをやり始めたら、そうも行かなくなった。現代語訳と言ったところで、書き流しているだけだけれども、、下読みはしなくてはならないし、辞書なども開いてみなくてはならない。書くのにも時間がかかる。結局、夕食前の暇な時間なども、ブログに向かうことになる。その割におもしろくないような気がしないでもない(もう、弱音を吐いている!)。まあ、続けますけれどもね。

次の日曜日、5月25日、東京家政大学狭山校で学園祭がある。緑苑祭というらしい。狭山市の精神障害者の福祉施設も、バザーに参加させてもらう。ぼんくらカエルも手伝って作った自主作品なども売られる予定だ。西武線稲荷山公園駅近くです。お暇な方はお寄りください。

5月14日のブログ韓国の特攻隊慰霊碑に、ヒゲババさんから「背景をあまりご存じないようですね」のコメントあり。韓国籍の人が11名特攻隊でなくなっているそうで、志願したわけではないと言うことです。居丈高にならない抗議で、好感が持てました。

私は、志願した人も含めて、亡くなった方は気の毒だと思います。志願するように導かれていたのだし、どちらにしろ戦争の犠牲者です。それでもなお、韓国で特攻隊の慰霊碑を建てようとすれば、反対されるのは必然と思います。亡くなられた方は、本当に、気の毒です。

足柄山 3(狗波利子 4)

(前回までのあらすじ。由井源藏と仲間3人が仙術を学ぼうと足柄山にこもるが、仲間3人は修行を諦めて途中で故郷に帰る。それぞれに出世した3人の仲間と由井源藏が再会する。3人は仙術を会得した由井源藏のもてなしを受け、その不思議さに驚いている。)

日暮れともなると灯火を掲げ、着物に香を炊き込めた遊女が10人進み出て、さまざまな歌舞音曲を披露する。見れば、この辺りに有名な遊女たちである。中に1人、東琴(日本古来の6弦の琴。和琴)の名手がいて、爪音に併せて、

   花の宴の夕暮れ、朧月夜に引く袖、

   定かならぬ契りこそ、心浅くも見えけれ

と謡う。その声は雲に響き、空に満ちた。

昔、源氏の花の宴の夜、内侍のかみと別れるとき、扇を取り替えて帰られた。その扇の歌に、

   世にしらぬ心ちこそすれ有明の

       月のゆくへをそらにまがえて

とある。今宵急なごお呼びで参りましたが、思いがけないことでしたので、準備もととのわず、心浅くやと謡いました。

3人ともこの歌に、心が浮かれてしまった。

   みほの松かぜふきたえて、おきつ浪もあらじな。

   水にうつろふ月とともに、ながめにつづくふじさん。

この地に合わせた琴と歌、風も静かに、海原の浪もおさまり、雲は消えて、月はさやかに映る。三保から富士までさえ渡って見えるさまは、たとえようもなく美しい。

由井源藏が歌を詠んだ。

   夜もすがらふじのたかねに雪消えて

             清美が関にすめる月影

やがて夜明けとなり、鳥の声があちこちから聞こえてきた。名残は尽きないが、また尋ねることにして3人は立ち上がった。門を出て50㍍ばかり進んで振り返ると、後ろはもう霧に隠れ、雲に閉ざされている。三保より船に乗り、松吹く風に送られて家に帰った。

そして10人の遊女たちに、どのようにして由井源藏のところへ行ったのかと聞いたところ、昨夜は夢の中で高貴な人のもとに呼ばれ、酒盛りをした。その場所は分からない、と皆同じように答える。

人を使って由井源藏の家を訪ねさせたが、その場所はようとして分からなかった。

3人とも、少しばかり出世したのを大層なことに思っていたが、今は修行を捨てたことが悔やまれる。しかし、こればかりは取り返しがつかない。

                              終わり

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