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2008年5月20日 (火)

富士垢離

5月20日(火)

今日は、日記としては、あまり書くことがない。小幡歯科に行ったこと、マルエツで買い物をしたこと、ヤマダ電機でプリンター用のインクを買ったこと、くらいかな。

富士垢離(狗波利子 5)

近ごろは都でも田舎でも富士垢離と言うことが流行っている。毎日川に入り、水垢離をし、浅間大菩薩を念じるのである。熱心に行えば、御利益があるという。どんな病気も治るし、貧乏人は豊かになると言うことだ。

摂津の国(大阪と兵庫にまたがっている)のゆすりぎと言うところに、鳥岡弥二郎と言う人がいた。病が重く、医師も匙を投げる状態だったが、浅間の行者に頼んで祈ってもらったところ、程なく回復した。

弥二郎はあまりのうれしさに富士詣でを思い立ち、案内人を頼んで山に登った。富士山は、まさに三国一の山である。頂は遙かに雲の上で、夏でも雪が降る。麓の方は春のようで、樹木の緑がさわやかだ。

杖を便りに踏み後を伝い、万丈の壁を登る。雲は足の下にたなびき、遠くの山は遙かに霞み、まるで影のように見える。よじ登るのに、頼るべき蔦や藤の蔓もない。砂を胸につけながら這うようにして登る。

昔、常陸坊海尊という者、源義経の家来だったが、義経が奥州衣川で討たれたとき、一人生き延びて、富士山に登って身を隠した。あまりの空腹に絶えかねて、浅間菩薩に祈ったところ、岩の間から飴のようなものがわき出てきた。舐めてみると、まるで甘露のようであった。これを食べて飢えを癒やしたところ、心身はまことに健やかになった。その後は、霧の中に住み、かすみを食べてついに仙人になった。たまには里に下り、人々の難儀を救うこともあるが、普段は富士山に隠れ住んでいるという。

弥二郎は、遠くから歩いてきたので疲れてしまい、頂上の近くで、油断をして足を滑らせた。そのまま、まるで玉を転がすように転げ落ちた。そこに老法師が不意に現れて、弥二郎を抱き留めた。危ういところで命が助かった弥二郎は、老法師に手を合わせ、尋ねた。

「ありがとうございます。あなた様はなんというお名前でしょうか。どちらにお住まいでしょうか」

「私は世を捨てたものです。名乗るほどのものではありません。この麓に住んでいますので、気が向いたらおたずね下さい」

老法師はそう言い残して山を下るかに見えた。しかし、その姿はまたたく間にかき消えてしまった。

弥二郎が山を降りて、麓の辺りをさがしたら、小さな門があった。蔦、葛に覆われ、草が深く、道もはっきりとは分からぬところを入っていくと、先ほどの老法師にあった。  100㍍ほど進むと一つの庵があり、仏壇に祭られた大日如来が光り輝いていた。

山からの風は読経の声に聞こえ、海からの浪の音は、錫杖を揺するように聞こえる。煩悩や妄想を忘れ、み仏の力を感じる。けむりは消え、霧は晴れ、時ならぬ花が咲き、この世とも思えない。

                                  続く

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