« 食べる食器  三保の仙境 | トップページ | ほりかねの井  足柄山 2 »

2008年5月17日 (土)

俳句の会  足柄山1

5月17日(土)

俳句の会

稲荷山公園で障害者団体によるバザーその他のイベントのある日だったが、私の関係するところでは、人手が足りていたので、そちらは失礼する。

午後、俳句の会。5句投句。2点以上入ったのは次の2句。

   やわやわと児は抱かれたり若葉風

   若葉風カヌーを担ぐ人の列

足柄山1(狗波利子2)

昔、興津というところにに由井源藏というものが住んでいた。鎌倉のご家人の子孫であるが、時代が変わり、貧しい暮らしになっている。同じような境遇の友達に、藤山兵次、浦安又五郎、神原四郎というものがいた。

古老の話では、昔から富士足柄の山には仙人がいる。真剣に修行する人の前に現れて、霊験あらたかな奇跡を行うという。

4人はこの話に感じ入り、我々も修行をして、その仙人にあい、長生きの秘訣を聞こうと足柄山に分け入った。

岩の洞穴をすみかとし、峰に登ったり谷に下ったり、蔦を衣服とし、苔の上に眠って修行した。あるいは素肌を雪や霜にさらし、嵐に身をまかせ、露を食らい、呪文を唱えた。こうして3年ばかり修行したが、何も起こらなかった。

神原四郎は病気になって故郷へ帰った。

藤山や浦安は、

「家を捨て欲を捨て、我が身を省みずに修行をして3年になるが、霊験あらたかなことは何もない。虚しく年月を過ごして老いていくよりは、故郷に帰り、どこかの主君に使えて身を立てよう。その方がよいこともあるだろう。目にも見えないことのために身を削るほどの修行をしたのだから、その気持ちで主君に使えたら、出世だって出来ないわけでもなかろう。不老長寿など望んだところで無駄なことだ」

と言って、故郷へ帰った。

由井源藏は、この3年間修行した仙人への道も、天の神の心にかなわなかったから効果がなかったのだと考えた。疑いを持ちながらでは、たとえ何年修行したところで、何も起きはしないだろう。この上は、疑いを持たず、命の限り修行を続けるばかりだ、と、ただ1人山に残った。

いよいよ熱心に精を出し、修行したところ、仙人が現れて秘術を伝えた。そして由井源藏は悟りを開いたのである。

一方、故郷に帰った3人はよい主君に恵まれ、よく励み、おのおの奉行の頭にまで上り詰めた。世の人も褒めそやすめでたさであった。

ある時3人は三保旅をし、出て海辺で談笑していた。

すると小さな船がその前を通った。漁師の釣り船かと思えばそうではなくて、蓑笠を着た老人がその舟を操っている。竿をしならせて行く船の速さと言ったら、まるで風のようだ。見ると、その船を操っているのは、紛れもなく由井源藏である。

3人は声を上げて呼び返して言った。

「久しく会わなかったが、随分歳をとったね。君は1人山に残ったけれど、その様子では、何も起こらなかったようだ。風はつなぐことが出来ないし、影は捕まえられない。二度と帰らぬ年を、どうにもならないことに重ねて、老いしまったのは情けない。我々3人は故郷に帰り、主君に使え、奉行長官になった。世の人に、怖れ敬われている。妻を迎え、家も栄えて、愉しみも多い。君はそのありさまでは、いろいろ不自由なことが多いだろう。不足のものは、何なりと我々が調えてやろうではないか」

                            続く

|

« 食べる食器  三保の仙境 | トップページ | ほりかねの井  足柄山 2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/118203/20986992

この記事へのトラックバック一覧です: 俳句の会  足柄山1:

« 食べる食器  三保の仙境 | トップページ | ほりかねの井  足柄山 2 »