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2008年5月25日 (日)

北條甚五郎出家2  第一巻終わり

5月25日(日)

北條甚五郎出家 2(狗波利子 10)

(前回のあらすじ 越後の豪傑北條甚五郎が急死し、地獄で母の苦しむ姿を見る。閻魔は、まだ寿命が来ていないからと甚五郎を人間界に帰す。帰り道で知人、忍の長七に会い、父母にあって、自分を弔ってくれるよう言付けられ、証拠の品として笄を預かる。)

甚五郎をこの世に送り帰す獄卒は、たとえ弔いのために写経をしたり、仏像を作ったとしても、不正に得た金でやったのでは、なんの効果もない。預かった笄(こうがい)はきちんと届けなさい、という。

やがて甚五郎は、大きな穴に落ちると、この世によみがえった。預かった笄は、しっかりと握っていた。その笄を持って長七の家に行き、そのいきさつを話したところ、確かに長七の棺に入れた物だと言うことだった。長七の父母は、念入りに供養をした。

弓矢をとってきた者が、こんなに乱れている世の中を逃れて出家するのは、主を裏切ることにならないか、親の期待に背くのではないか、不忠、不幸となり、人に笑われ、末代まで恥を残すことになるのではないかと、甚五郎は悩んだ。しかし、恩愛を捨て、世俗を捨てて修行することが、本当の報恩だと仏も説いている。浮き世の望み、欲を離れ雲水となれば、主君も許してくれるだろう。幸い妻子もない。

甚五郎は髪を切り、すべてを捨てて家を出た。諸国を巡る修行者になったのである。

                               終わり

狗波利子第1巻終わり

「狗波利子」の第1巻は、これで終わりである。訳してみると、意外につまらないというのが実感。第2巻以後、おもしろい話があるものと期待して、続けます。作者が浄土真宗の出家だけあって、仏教説話の雰囲気が強い。読む方としては、宗教臭がない方がおもしろいのだが・・・。

「狗波利子」は浅井了意晩年の作で、全7巻。本人はもっと続けるつもりだったらしい。しかし、7巻書き終えたところで亡くなってしまったということである。

浅井了意については、5月15日の「ぼんくら日記」に書いたが、少し付け足すと、1612年生まれ、1691年没といわれる。生年については、確実とも言えないようだ。本名不詳。

浅井了意の「かな草子」としては、なんと言っても『伽婢子』が有名で、中国の怪異小説「牡丹灯籠」などの翻案もこれに載っている。上田秋成や三遊亭円朝の落語に影響を与えた。「牡丹灯籠」はさまざまな人が翻案しているようで、その中には「近路行者」などというふざけた名前の人もいる。

三遊亭園朝は、名人といわれ、言文一致の文体を作るべく努力していた小説家が、参考にするため、その落語を聞いたものだという。

ちなみに、岡倉天心などは、日本語よりも英語で文章を書く方が楽だったそうだ。これは岡倉天心に限らず、当時西洋の学問をしたものの共通するものであったらしい。言文一致の文体はまだ試行錯誤の時代で、完成していなかったからである。

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