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2008年5月24日 (土)

施設の遠足 北條甚五郎出家

5月24日(土)

施設の遠足

特養Sの遠足。利用者を幾組にも分けて、5月中旬から6月上旬にかけて、遠足をする。今日の場所は智光山公園。

10時頃出発。今日の利用者は全員が車椅子。智光山動物園の見物。お弁当を食べて、1時半ごろ帰る。家族の付き添いもいて、ボランティアとしては楽でした。

北條甚五郎出家(狗波利子 9)

長尾謙信の家老、北條丹後守は新潟の橡生の城代で、豪傑として名高い。その弟甚五郎は、まだ20代だが、兄におとらぬ勇者である。

その甚五郎が天正元年(1573年)の2月、急病で亡くなってしまった。生前は神も仏も信じなかったので、死んだらさっそく閻魔大王の前に連れてこられた。

「おまえは生前、どんな善根を積んだのか。悪いことは山のようにしているが、まだ寿命にはなっていない。もう一度人間界に返すけれども、その前に自分の母親を見ておけ」

といって、獄卒に甚五郎の母親を連れてこさせた。

骨と皮ばかりに痩せこけて、手には手かせ、首には首かせをされた母親が、引きずってこられた。母親は涙を流して甚五郎に訴えた。

「私は他人が良い着物を着ていると、それをうらやみ妬んだ。おまえのことは少しでもいかめしく見えるようにと、馬の鐙にも気を使い、立派な太刀をつけさせた。そんなことばかり考えて、仏法のことはないがしろにし、なんの善根も積んでいない。そのため死んだらすぐに地獄に連れてこられた。ここでは毎日、剣の山に登らされ、焼けただれた鉄の湯に追いやられる。少しの間も苦しみから逃れることは出来ない。おまえは人間界に帰されると言うことだが、帰ったら、私の弔いをしっかりやっておくれ」

言い終わりもしないうちに、獄卒が母親を引きずっていった。そしてその先から泣き叫ぶ声が聞こえてくる。甚五郎は悲しさのあまり、涙は滝の如く流れた。

閻魔大王が言った。

「見ての通りだ。おまえは帰ったら、母親の言葉を忘れるな。早く帰れ」

そこへ多くの鳥や獣が来て、甚五郎に噛みついたり突いたりする。閻魔大王は、鳥や獣たちに、

「この者は帰ったら、おまえたちのためにも功徳を積むだろう。そうしたらおまえたちも、来生は人間に生まれる。許してやれ」

という。みんな甚五郎に攻撃するのをやめたが、一匹だけ甚五郎を放そうとしない犬がいる。

「なぜ許してやらないのだ」

「私は犬として生まれたが、甚五郎に捉えられた。甚五郎が鷹狩りをしたとき、私を縛り付けて、皮を剥いだり、腿を切り刻んだりして鷹の餌にした。その痛さ、苦しさ、たとえようもなかった。誰にも訴えることが出来ず、苦しみの中に死んだこと、いつの世になったところで、忘れられるものではない。その恨みを晴らさずにはおかない」

これには閻魔大王も困ったが、なんとかなだめて、獄卒に案内させて、甚五郎を帰した。

帰り道で、忍の長七という、最近敵に討たれて亡くなった知人とすれ違った。長七は甚五郎の袖を捕まえて、

「私はこれから地獄に行く。人間界に帰ったら私の父母に会い、法事をちゃんとやってくれるように頼んでください」

という。

「それはいいけれども、ここであなたに会ったという証拠が無くては信じてくれないだろう」

というと、腰から笄(こうがい・箸のような髪掻き、一方は平たく、一方は尖っている。銀や象牙などで作る)を取り出し、

「これを証拠にしてくれ」

と言って甚五郎に渡した。

                            続く

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