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2008年4月30日 (水)

怪我その後  私の年金問題

4月30日

怪我その後

夕方Tさんから電話で怪我のことを聞いてくるまだブログに書いただけで、誰にも知らせていない。Tさんがこのブログを読んでくれていることが分かる。

昨日ブログを書いたときは、病院から帰って以来、まだ一度も鏡を見ていなかった。普通は気になってすぐに自分の顔を見るのだろうが、私はその辺りはかなり投げやりで、やっちゃたことはしょうがない、顔の様子を確かめたところで早くなおるわけではなし、なんて考える。だから晩ご飯を作り、食べ、ブログを書いてから鏡で顔を見た。

なんとおでこの大部分が包帯で隠れていて、さらに鼻もほぼ全部絆創膏で抑えてある。とても絆創膏の大親分が貼ってあるなんて状態ではない。道理で眼鏡が掛けられなかったわけだ。

今日また病院へ。狭山病院石心会の、今日は外来。状況はいいようだ。大きな包帯は外されたが、まだ傷口を押さえておく方がよいということで、現在、丹下左膳状態。

丹下左膳ってこれで良かったのかなあ。目ではないけれど、左のおでこから鼻の一番低いところに向けて、太い絆創膏が斜めに貼ってある。

私の年金問題

午後、所沢の社会保険事務所へ。やはり納得のいく回答はない。

私の場合、どこが問題なのかを書いておく。これから先は、私個人の考えを整理するために書くもので、読んでもおもしろくないでしょう。

①、私は昭和11年生まれである。貧しかったので、義務教育終了後すぐ仕事を始めた。初めのうちは、いくつか仕事を変えている。

②、昭和27年Hというメッキ工場に就職。9ヶ月間勤務。ここで厚生年金に入る。

③、昭和28年職業訓練所を経て、K楽器店の入社。琴作りをはじめる。この会社では法律に反して、私たちは厚生年金に入らせて貰えなかった。しかし労働基準監督署などの度重なる調査に耐えられず、昭和30年頃4~5人一緒に厚生年金にはいる。このとき私はメッキ屋で作った厚生年金証書を提出しそれに棒接ぎして貰った。

④、2~3ヶ月すると、会社側は、やはり厚生年金は止めるといいだし、そのように手続きした。

⑤、さらに数ヶ月後、やはり入ると言うことで、会社は前の厚生年金証書の提出を求めた。

⑥、昭和31年厚生年金に再加入。このとき会社は、「同じ人が同時にやめ、同時にはいるというのは変だから、厚生年金証書は新しくした。前のものは捨てた」といった。無茶なことをすると思ったが、当時は会社の方針に反することは言えなかった。

⑦、このときの厚生年金は昭和33年にやめている。私は一人前の職人として、勤務時間に関係なく、完全出来高制の賃金になったからである。厚生年金に入っていた期間は32ヶ月である。

⑧、その後、昭和35年に再々加入。

⑨、その後も変化はあるが、昭和53年退社し、独立。川越社会保険事務所に寄れば、私の厚生年金加入期間は18年1ヶ月であるという。当時は20年厚生年金を掛けていれば定年後年金を貰える権利があるとのことだった。あと少しの人には、救済処置として、自分で払うことが出来るという。そのため私は、普通ならば会社の負担する分も含めて23ヶ月分払い込んだ。払い込み終了は昭和55年9月である。

⑩、国民年金、厚生年金など出たり入ったりしているけれども、今問題となっているのは、⑦の32ヶ月分と⑨の23ヶ月分である。

⑪、川越社会保険事務所から、厚生年金の権利を得るためには23ヶ月分不足だと言われて払い込んだのだが、これは川越社会保健所の間違いで、実際は足りていたというのである。⑦の32ヶ月分がもれていたためで、本来払う必要がなかったという。

⑫、現在私は7の32ヶ月分と9の23ヶ月分も含めて厚生年金をもらっているのだが、この23ヶ月分は余分なものであり、本来はもらう権利がないというのである。

⑬、こんど新しく②のメッキ工場の保険加入2ヶ月分が出てきたが、これを請求すると⑨の23ヶ月分もらっているものを返さなくてはならなくなる。

⑭、こんな理屈が納得できるだろうか。私は、自分に落ち度はなかったと思っている。23ヶ月分払ったのが間違いだったといわれても、社会保険事務所の指導によってやったことだ。その払い込みが終わったのが昭和55年で、法律関係はもう確定しているのではないか。新しく出てきた2ヶ月分などはどのみち大した額ではないけれど、何とも納得できない仕打ちである。本来ならば裁判ものだが、その2ヶ月分のために23ヶ月分がふいになる危険があるとなると、おいそれと出来ない。

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2008年4月29日 (火)

名栗湖散歩  額の怪我

4月29日

名栗湖散歩

飯能の名栗湖を一周する。

   すかんぽの群れて揺るるや風車   ぼんくらカエル。

家を出てしばらくして、時計を忘れたことに気づく。名栗湖へついて歩きはじめたら、カメラを忘れたことに気づく。そのくせ、酒と弁当はちゃんと持っていた。

うぐいすが鳴いていた。鳥にも方言があるそうですね。鳴き方が地方によって、多少変わったりするそうです。うぐいすなどは、鳴き方の上手下手(人間判断では)があるので、少しの違いを方言と言っていいかどうか分かりません。今日聞いたうぐいすは、一声多いんです。

   ホーホケケキョ ホーホケケキョ

と鳴きました。

猿がいました。ここで猿を見たのは初めてです。あとで土地の中学生に聞いたら、鹿もいるそうです。

Mizutani10013_2 Mizutani10010 名栗湖の岸に座り、酒を飲みながらスケッチ。右のカヌーも左側の人も、私の都合も考えずに、どんどん動いちゃうんだ。止まってくれてもいいのに、というのは、もちろん私の勝手な思い。

世の中は思い通りには行きません。

Mizutani10011 Mizutani10012右の絵はバスを見ながら書いたもの。絵の途中でバスが来てしまったので、ハイそれまでよ。

額の怪我

本当は、こんなのんきなことを書いている場合ではないのです。怪我をしました。

稲荷山公園駅まで帰り、サピオ稲荷山で風呂に入りました。長めにサウナに入って、洗い場に腰を掛けたらめまいがして倒れてしまいました。その時どこかでおでこを打ったようです。額が割れて、救急車で運ばれてしまいました。

CTスキャンやらレントゲンやらで調べられた後、4針縫われてしまいました。今のところ、怪我以外の異常はないそうです。おでこに絆創膏の大親分のようなものを貼られ、眼鏡が上手く掛けられません。

脳梗塞その他の異常もなかったそうですから、頭の健康診断をしたと思うことにします。

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2008年4月28日 (月)

絵を作る

4月28日(月)  晴れ

精障者作業所Mへ。かき菜はまだ収穫できる。今日は草むしりも。雑草というのは強いねえ。羨ましいくらいのたくましさだ。

Imgp0001_10                                                   

こんな絵を描いています。最近の私の絵は、男の子と女の子と犬がいるのですが、その2人と一匹にふさわしい背景を作ります。これは狭山市の稲荷山公園をヒントにしているのですが、写実ではありません。子供も背景もまだ駄目です。絵を作る力は、まだないのです。でも、その力がついてからなどといっていたら、生きているうちに間に合いません。だから、描きたいように描いています。

                                                                      

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2008年4月27日 (日)

居直って書く 他

4月27日(日) 晴れ、曇り、雨

居直って書く

午前中、原稿書き。400字詰6枚。とは言うものの、いつぞやこのブログで、芭蕉の「古池や」の句の蛙について、どんな蛙なのかの疑問を書いたことがある。それがいわば下書のようなもので、もう少し詳しく丁寧に書き直した。

当たり前のことだけれど、同じことを2度書いたら、2度目は楽ですね。ただ、ブログよりは文章なども注意しますけれど。これは、ブログをいい加減に書いていると言うことではありません。私の気持ちの中では、ブログの方が、砕けた気持ちで、ざっくばらんに書いていると言うことです。

まあ、文章というやつは、人間性が表れますからね。どう気取ってみたって、ばれちゃうんだ。このブログのように毎日書くとなると、隠しても何しても、私などは腹の底を見透かされてしまう。居直って書くしかないやネ。

散歩

2時半ごろ家を出て、入間川の河川敷を散歩。この頃は、若葉の美しさがひときは目を惹く。

Mizutani10009_3 例によって、下手なスケッチです。色を付けずに描くと決めてから、散歩に行ってスケッチが描けるようになりました。絵の入れ方、どうもうまく行かない。これでいいのかな。

帰路、狭山市の保養施設、サンパーク奥富で入浴。65歳以上150円というのがいい。

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2008年4月26日 (土)

あれやこれや

4月26日(土)  曇り、晴れ

智光山公園のハンカチの木は2本ありますが、大きい方の木は、すでに花が散っていました。小さい方は、今が盛り。この木は珍しいのが取り柄で、あまり華やかな花は咲かせません。葉の緑色が薄く、白い花に迫力がありません。

智光山公園内では、今、はなみずきが満開です。この花は、白いものにしろ赤いものにしろ、はっきりと自己主張をします。

ヤマダ電機でデジカメを買う。私が買うのだから言うまでもなく、もっとも安いものです。15.800円。この前壊れたデジカメの修理費より安い。修理しないで良かった。

15.000円でも800万画素ある。今売っているものは、たいてい1000万画素以上だから驚く。私なんか、400万画素もあれば立派なもんだと思うんだけどなあ。

川越へ、本を買いに。狭山で売っていない本だ。幸い、紀伊国屋で使えるチケットを持っていたので助かる。

夜、図書館で借りてきた年金の本を読む。けっこう難しい。そうも言っていられないけれど。

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2008年4月25日 (金)

稲荷山公園 ハンカチの樹(智光山公園)

4月25日(金)  曇り、晴れ

狭山台胃腸科外科。血圧の検査。上が120いくつかで、下が60いくつかだったから、むしろ低いくらいだ。

水彩画教室。

稲荷山公園のスケッチをしたものを背景に、いつものように男の子と女の子、犬を配した絵を描く。

稲荷山公園

西武池袋線に稲荷山公園という駅があり、その駅前にあるのが稲荷山公園・・・と思われています。今ではそれで正しいとして良いのですが、元来はそうではありません。そこは、戦後米軍に接収されていて、返還されてからは、正式にはハイドパークと言っていました。

そのハイドパークの裏側に、桜やツツジの咲く小さな公園(ハイドパークに比べると)があり、そちらが正式の稲荷山公園でした。

何年前だったか、あるボランティアグループで狭山市の高齢者向けの生活案内みたいな冊子を作ることになり、そのお手伝いをしたことがあります。その時必要があって、市の公園などを管理している課に聞きに言ったところ、稲荷山公園駅の前にあるのがハイドパーク、駅から10分ほど歩いたところにあるのが稲荷山公園との回答を得ました。しかしその課で渡された狭山市の地図には、ハイドパークのところに、稲荷山公園と書いてありました。

市の作る地図でさへそんな状態でしたから、地元で育った人はともかく、私などのように転居してきた人たちは、ほぼ全員と言っていいくらい、ハイドパークのことを稲荷山公園と思っていました。だから狭山市駅から稲荷山公園駅に向かうバスが、途中のバス停で、「稲荷山公園入口」というのがあるのが不思議でした。しかしこれは、本来の稲荷山公園の近くだったからなのです。

今では、かってのハイドパークの入り口に県立稲荷山公園の標識がありますから、これは正式に稲荷山公園になったと言うことでしょう。ただし本来の稲荷山公園の入り口にも、稲荷山公園と掘られた立派な石の標識があります。稲荷山公園入口のバス停も、あいかわらずです。

ハンカチの樹

稲荷やも公園もさることながら、智光山公園というのも、狭山市自慢の公園です。敷地も広く、子供動物園やテニスコート、釣り堀、バラ園、植物園、菖蒲園、その他の施設があります。

この公園のバラ園の上の辺りに、ハンカチの樹というのがあります。樹に、白いハンカチのような花が咲くのです。めずらしい花ですが、これが毎年ゴールデンウイークごろに咲きます。今年はまだ見に行っていませんが、例年のようならば、今頃咲いているはずです。気温が高かったのでもう終わってしまったかどうか心配ですが、明日あたり行ってみようと思っています。

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2008年4月24日 (木)

死を茶化す

4月24日(木)  雨、曇り、雨

ボランティアグループ定例会。

老人介護施設K。

昨日書いた年金問題については、まず、法律を調べるつもり。私もかって、司法書士試験に合格したことがある。法律がまるで分からないというわけではない。長期戦になるが、納得がいくまでやるしかない。

今日は生と死について書こうと思ったが、死について考えるのはあまり愉快ではないのでやめにした。最近暇なときは、モンテーニュの「エセー」を読み返しているのだが、彼もまた、死は怖くないのだとしきりに書いている。それだけこだわるのだから、死は怖くないのだと自分に言い聞かせているのだろう。

私のような人間は、斜に構えて、死を茶化しているのが良いかもしれない。

   この世をばどりゃおいとまをせんこう(線香)の

   煙となってはい(灰)さようなら   十返舎一九

これは辞世の歌と言うことになっているけれど、前から考えていたんだろうね。

   昨日まで人のことかと思いしが

   おれが死ぬのかこれはたまらん

上手いこと言うなあ。これは誰が言ったんだろうね。

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2008年4月23日 (水)

スケッチ 先生の個展 年金

4月23日(水)  晴れ

スケッチ

入間川の河川敷を散歩。鉛筆スケッチ4枚。

Mizutani10009_2 

  

鉛筆で描き込んだスケッチです。4Bをつかいました。

                       Mizutani10010_4

 これも同じです。

入間川河川敷、有料橋の近くです。

                                            Mizutani10011 Mizutani10012                        

この2枚はあまり描き込んでいません。(見れば分かると言われそう。 

先生の個展  

M先生の個展を見る。抽象画なので、私などには分かりにくい。分かろうというのが間違いで、感じればいいのでしょうけれど、、なんだか、迫力の少ない絵だと思ってしまいました。

年金問題 

夕方、所沢社会保険事務所から電話あり。新たに分かった2ヶ月分を申請すると、これまでもらっていた年金の一部を返納してもらわなければならないという。なんのこっちゃ。

昔、厚生年金は20年間かければ、もらえることになっていた。ところが私は18年あまりしか掛けていないといわれ、救済処置として、不足分を全額自分で払えば、20年にすることが出来るということだった。そこで、不足分を自分で払い、とにもかくにも厚生年金を貰える資格を確保した。

ところが、厚生年金の払い込みが20年に満たないというのは、社会保険庁の間違いで、実際には20年以上払っていたのである。で、その分と、それ以後他の会社に勤務して払っていた厚生年金の分を、いま、年金として貰っている。

社会保険事務所の、電話での言い分は以下の通りだ。

「あなたが個人で払った2年弱の保険料は、本当は必要がなかった。だからその分は年金を払いすぎていることになる。あらためて2ヶ月分の年金を申請すると、その分を返して貰わなければならなくなる」

なんだと! 怒るョおれは。好きで2年分払ったと思っているのか。おまえらが2年分足りないと言うから、当時の法律に基づいて、不足分を自己負担で払ったんじゃないか。それを、本当は足りなくなかった、だから自己負担で払った分についてはなんの補償もないというのか。だから、2ヶ月分は申請するなと言うのか。

いったい何なんだこれは! 2ヶ月分なんてささいな額である。それを申請すれば、自分で払った分を返せと言われては、申請するわけにも行かない。しかし、そんな無茶な話があって良いのか。

どうやって調べればいいのか今は分からないけれど、これは放っておけない。ふざけるんじゃないよという気持ちだ。                                                                                                                                                                                                                                                                                       

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2008年4月22日 (火)

失われた年金

4月22日(火)  晴れ

小幡歯科へ。半年くらいの間隔で、歯の手入れをしてもらう。実際には、8-9ヶ月たってから行く場合が多い。一応は定期検診という形だ。

年金

所沢社会保険事務所へ。失われた年金のうち、2ヶ月分だけ判明する。他は出ない。ブログに何回か書いたし、失われた理由をあーだ、こーだと、もう書きたくない。

とにかく2ヶ月分については、これまでもらえるはずだった累積分が、一時金として出るらしい。年金も、少し増えるわけだけれども、2ヶ月では、涙金だね。

待ち時間が長かったなあ。覚悟して本を一冊持って行ったのだけれど、待ってる間に読み終わっちゃった。読み終わってもまだ待たなければならないんだもの、参りましたね。

   読み終えてまだ待たされる夏廊下   ぼんくらカエル

夏じゃないけれど、夏のように暑かった。人が大勢いたしね。

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2008年4月21日 (月)

仮面について

4月21日(月)  曇り。

精障者作業所Mへ。

仮面について

モジリアニは結核でした。当時結核は、日本では国民病でした。ヨーロッパでも、不治の病として忌み嫌われたことは同じです。モジリアニは、いつも酔っぱらっていたようです。昨日のテレビの放送では、それを、結核を隠すための仮面だったと言っていました。ピカソは、それを見破っていたそうです。

元来人間というものは、周囲と摩擦を起こさずに生きていくために、さまざまな仮面を被るのです。サラリーマンの仮面や職人の仮面、夫の仮面に妻の仮面、善人の仮面もあれば悪人の仮面だってある。どの集団にも、集団向けの仮面があり、どの個人にも個人向けの仮面がある。必要に応じて、その仮面を付けたり外したりしているのですョ。

同じ仮面を長い間着けていれば、顔の肉に癒着して、はずせなく成ったりするかもね。

私もさまざまな仮面を持っていますが、もっともよく使うのは、偽善者の仮面かもしれません。ひょっとしたら、もう顔の肉に癒着しているかな。「偽善者」という言葉も、使い方が難しいですね。「私は偽善者です」なんて白状すること自体、偽善者っぽいんだなァ。まるで、正直な偽善者みたいだ。

ちょっと脱線しちゃった。このブログ、いろいろ想を練って書いているわけではない。パソコンに向かって行き当たりばったりで書くことが多い。今日はモジリアニについて書くつもりだったのに、仮面の話になって、偽善者の話になっちゃった。

そうかといって、モジリアニについて、たいしたことを書けるわけではない。題も「仮面について」にしておこう。こういうの、楽屋落ちって言うんですね。私はこれが多い。

いずれにしても、モジリアニは好きです。虚無的な絵ですが、なぜか私を引きつける力があります。反対に、健康そのものみたいな絵、ルノアールも好きですね。

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2008年4月20日 (日)

長瀞散歩

4月20日(日)  曇り、時々小雨

狭山に雨が降ったかどうかは知らない。長瀞には傘がいらない程度の雨が降った。

今日、本当は飯能の名栗湖のまわりを散歩するつもりだった。

しかし、出かけようと思った矢先、テレビの日曜美術館で、モジリアニが始まってしまった。モジリアニは好きな画家なので、そのままテレビに45分間釘付け。

おかげで、飯能からのバスの時間がずれ、長瀞に予定変更。

Mizutani10012 上長瀞の河原で、ワンカップを飲みながら、鉛筆だけのスケッチ。

この頃スケッチは、色を付けないことにしている。色がある方が楽しいけれど、時間がかかるんです。色を付けないことにしてから、気軽にスケッチできるようになりました。

今日は、このほかに1枚。後は、雨のせいで描けませんでした。

このところ雨が多く、長瀞は水量が多く、川は濁っていた。ライン下りは流れがきつくなっているため中止でした。それでも、カヌーの人たちはやってましたね。

帰りの西武線で、登山グループに遭遇。蓑山に行ってきたと言うことでした。品川区の人たちで、テレビなどでおなじみの岩崎元郎の指導を受けて、13年前に立ち上げたグループだとか。「品川山歩の会」と言うそうです。会員は22名で参加するのは毎回14・5名だそうです。我々と似ているなあ。山行は月2回だそうですから、回数は多いですね。そのほかに、山行の相談をするために、月1回集まっているそうです。結構大変ですね。

  野に色の満ちて沿線春深し   ぼんくらカエル

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つばさ会

4月19日(土)  晴れ、夜雨

俳句の会。

私の属する会は、いつも出席する人が10名をちょっと超えるくらいしかいない小さな会なのに、俳句総合誌に登場する人が何人かいたりする会である。そんな会で、まるで対等のような顔をして喋ったりするのだけれど、私など、本当は何もわかっちゃいないんだ。小さな会なのに、ピンからキリまであると言うことですね。

「俳句アルファ」の3-4月号に、7ページにわたり「つばさ会」の編集長桑原三郎の特集がある。その雑誌を当の桑原三郎氏より戴く。俳句の生まれる現場として、高麗の里、高麗神社、聖天院、入間川、高麗川、巾着田など私にもなじみの風景が、写真入りで紹介されている。

そんな人たちの中に入れてもらっているのに、

    春の日やピンピンコロリこそよけれ   ぼんくらカエル

なんて言うふざけた句を作っているようでは、進歩は望めませんね。追い出されないだけでも、ありがたいことです。

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2008年4月18日 (金)

嚥下力

4月18日(金)  雨

午前。精障者作業所M。

午後、特養老人ホームS。ホーム内の感染症があったため、Sには久しぶりである。今日、ボランティアは私一人。手品、紙切り、話し相手。3時のおやつの介助。

嚥下能力が落ちて、液体のままでは気管支に入ってしまう人がいる。そういう人にはお茶にとろみをつけるのである。これは老人介護施設などへ出入りするようになってから知ったことだ。そんな人の食事の介護なども、たまにはする。口を開けること、噛むこと、のみこむこと、そんなことのすべてが大儀になってくる人がいるのである。

生きることも、死ぬことも難しい命。

後期高齢者医療制度。なんだいあれは。言葉の問題じゃないよ。私には、あれをのみこむ能力がないんだ。一部の政治家の方々、強い嚥下力をお持ちですね。

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2008年4月17日 (木)

ボランティア懇談会

4月17日(木)  曇り、雨

「女心と秋の空」あるいは、「男心と秋の空」。男か女か本当はどっちなのか知らないけれど、秋の空は代わりやすいのだってね。でも、春の空だって、秋の空に負けてはいないね。このところ、コロコロと天気が変わる。

老人介護施設Kで、スタッフとボランティアの懇談会。といって、大した話が出るわけでもない。Kのこれから一年間の行事予定、支援の要請など。ボランティア側には、これと言って施設に対する要望などはない。

ボランティア側の問題は、みんな高齢化してきていると言うこと。新しい人は、なかなか参加しないと言うことなどがある。社協などでボランティア講座を開催したも、参加者は以前より少ないし、講座は受講したけれど・・・と言うだけの人多いようだ。

時代が違うんですよね。これは私の持論なんだけれども、とにかく団塊世代の人は、われわれと違って、少年時代、青年時代に豊かさを経験している。われわれだと、仕事に関すること以外の知識は、あまりない。趣味も貧しい。団塊世代になると、多少のゆとりがあったものだから、さまざまな趣味を持っている人も多い。美術であれ音楽であれ、あるいはスポーツであれ旅行であれパソコンであれ、玄人はだしの実力を持っている人がいる。

そのような人たちをボランティアに誘うには、その能力を生かせるような誘い方をしなくてはならない。ボランティアだって、する方の喜びも必要なのです。漫然と、ボランティア募集と言ったって、人は集まらないでしょう。

ただ問題は、専門的な知識を生かすようなものではなく、単に車椅子の移動を手伝ったり、庭の草むしりをしたりするようなボランティアも必要なのだと言うことです。そういう人が足りなくなるのです。施設で朗読をする人、演芸を見せる人も必要ですが、そのために利用者をホールなどに移動させるようなボランテイアも必要なのです。そのようなボランティアも、けして軽視されるべきではありません。

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2008年4月16日 (水)

セロテープカッター

Mizutani10009 4月16日(水)  晴れ

精障者作業所Mへ。

この絵は、直径約20センチの丸太(楢の木)を使って作ったセロテープカッター(イメージ)です。

機械がないので、丸太をノコギリできるのが、一番の骨折りです。現役の頃はノコギリやカンナを一日中使うことも出来たが、いまはもう駄目。今日、ノコギリを使ったのは2時間くらい。カンナは30分くらいかな。

1錐、2鉋、3鉞(手斧 )というのですが、これは木工仕事の疲れる順番です。

きりもみを1日したら、次の日は後ろに手が回らなくなるそうです。「・・・そうです」と書いたのは、私の頃でも、1日きりもみをするなどと言う仕事はなくなっていました。ドリルくらいはありましたからね。

鉋を使って板などを削る作業は、薪割りなどよりも疲れるというのは、意外な感じがするのではないでしょうか。でも、これは本当に疲れます。いまでは一日中鉋を使うなどという仕事は無いと思いますけれど。鉋というのは、日曜大工で誰でも使いますが、本当に使いこなすのは、かなり難しいのですよ。

1錐、2鉋、3鉞の中ににノコギリは入っていませんけれど、順番をつけるとしたら、何番目なんですかね。今日2時間くらいしただけで、腕の筋肉がだるく感じます。。風呂に入って、良く揉んでおきました。

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2008年4月15日 (火)

頭の良さについて

4月16日(火)  晴れ

精障者作業所Mへ。

来月、狭山市の障害者グループのバザーと、家政大のバザーがある。

Mは両方に参加するので、そこで売る製品を作りたいのでです。私は、丸太を利用したテープカッターを作るつもり。セロテープを切るものです。できあがったら、その絵をブログに載せようかと思います。

ただねえー、私はやっとの事でブログをやっているだけだから、絵を載せるだけでも、容易じゃないんですよ。私がたまに載せる絵をプッシュすると、画面をはみ出すほど大きくなっちゃうんだって。それを修正する方法も知らないんです。

頭の良さについて

上の文章でも分かるでしょうけれど、私の頭は、あまり良くありません。残念だなあ。

ところで、頭が良いとか悪いとか、よく使う言葉ですが、どうも、二種類あるような気がします。

英語の分からない私が言うのも変ですが、ワイズとクレバーがあるようです。

ワイズというのは、物知りですね。勉強をしたり、本を読んだりすれば、たいていの人はワイズになれます。私は、記憶力だけは抜群に良いという馬鹿を知っています。あ、こんな言葉、使っちゃいけないんだ。物知りだけでは、どうにもなりません。

クレバーというのは、生まれつきではないでしょうか。この言葉、普通は器用と訳されるようですが、手先ばかりではなく、頭の器用さを含んでいるようですね。本質的な頭の良さは、クレバーの方だと思います。

日本語で「あいつは器用に生きる」などと言えば、否定的な意味を含みますが、それだけではないでしょう。アイデア、ひらめき、一時期はやった水平思考、などというのは、クレバーでなければ出てこないですよね。

ワイズでクレバーなのが一番良いでしょうけれど、そんな人はごくわずかです。私などはどちらかというと、学校に行かなかった劣等感などもあって、本などは沢山読みましたから、幾分かワイズ系に傾いています。でも、本当のワイズとは言えません。

私もそうですが、どちらかに傾きながらも、ワイズでもクレバーでもないというのが大方の人でしょうね。

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2008年4月14日 (月)

頭に来た

4月15日(月)  雨、曇り、晴れ

ブログを書いて、処置を謝って、書いた文を消してしまった。だから、今日は、必要最小限を書いておしまい。

精障者作業所Mへ。

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2008年4月13日 (日)

生籐山

4月13日(日)  曇り、時々小雨

山の会、山行、生籐山。

コース

上野原駅~(バス)石楯尾神社(以下徒歩)~佐野川峠~甘草水~三国山~生籐山~熊倉山~浅間峠~上川乗(バス)~武蔵五日市駅

歩行4時間弱の比較的楽なコース。とは言っても、やはり疲れます。私たちは軟弱登山派だから、楽な山に登るのが好きなのです。

桜や緋桃、山吹、ツツジなど、麓では咲き誇っていましたが、山の中ではまだでした。山中の草花はスミレが多く、かたくりが少しありました。

昨日は好天でしたが、今日はうってかわって寒いくらいの天気。熊倉山からの下山中は、気温が1°~2°になったこともあったようだ。少し下って暖かくなったと感じた辺りの東屋の温度計が、5°を指していました。

曇り空で、時々は傘を出そうか出すまいかと迷う程度の雨。そして濃い霧。

初心者の方も参加していましたが、これに懲りず、また参加してくれたらと思います。

狭山市駅へ着後、数人で2次会。

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2008年4月12日 (土)

聖火リレー

4月12日(土)  晴れ

小幡歯科へ、定期検診。今のところ新しい虫歯はないけれど、左上の歯茎が炎症を起こしかけている。しばらく、その治療に通うことになる。

聖火リレー

ルース・ベネジィクトの『菊と刀』を読んだのは、何十年前だろうか。日本と戦争をしていたアメリカが、戦争に勝ったあとで日本をどう治めるかの参考にするため、文化人類学者のルース・ベネジィクトに日本を研究させた。その研究結果を書いた本、と言うことだった。

なんと言ったってこの本で有名なのは、西欧諸国を「罪の文化」と捉え、日本を「恥の文化」と捉えたことだ。確かにこの指摘は鋭かったので、その後の日本文化を語るとき、必ずと言っていいほど取り上げられる。

「罪」というのは、絶対者の神に対する罪でしょう。「恥」というのは、神を持たない日本人の、世間に対する反応だと思います。日本にも、神に代わって「天」という言葉がありますが、この場合でも「天に向かって恥じない」と使いますね。

『菊と刀』に寄れば、日本人が自分を大切にすると言うことは、周囲と摩擦を起こさないように慎重に行動すると言うことです。アメリカ人の場合は、周囲と衝突しても自分の意志や意見を通すと言うことです。この点が、まるで違うんですね。

ベネジィクトは「恥の文化」についてもその価値を認めていたと思いますが、「罪の文化」の方が、より高度であるように書いていた記憶があります。そして、中国もまた、「罪の文化」を持っているように記述していたと思います。

「恥の文化」と「罪の文化」のに高低があるというのは、どうなのかな。

それはともかく、中国は「罪の文化」なのかねえ。オリンピックの聖火リレーを、中国の威信にかけてもやりたいわけでしょう。チベットの暴動を、自国の威信にかけて鎮圧したいわけでしょう。中国人にとって一番大切なのは「メンツ」でしょう? 私のごく少ない中国人とのつきあいでも、それを感じたことはあります。「メンツ」って、罪と恥に分類したら「恥」の方ですよね。恥は恥でも、日本人とは違った現れ方をすると思います。

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2008年4月11日 (金)

都会の鳥

4月11日(金)  晴れ

水彩画の会。

都会の鳥

今日は、気分としてはなにも書きたくなかったけれど、それでは芸がないので、思い直しました。

私は秋田で生まれ、2歳で東京に移りました。その後疎開で秋田に行き、15歳で東京に帰りました。

その頃東京にいた鳥と言えば、雀と鳩くらいだったと思います。季節によって、うぐいすや四十雀などが来ることはあっても、見慣れた鳥と言ったら、雀と鳩でした。

いまでは、いろいろな鳥がいますね。中でもその代表がカラス。カラスなんて、元々が山の鳥。小動物や木の実などを取っていたのでしょう。田舎では見かけても、都会にはいませんでした。東京オリンピックの少し前、本郷3丁目の電柱にカラスがとまっているのを見たときには、本当にギョッとしました。何かの拍子に、はぐれカラスが東京に迷い込んだのだと思ったのです。ところが違ったんですね。東京に住み始めたんです。都会人が出す、生ゴミをあさり始めたんですね。

ムクドリなども、都会の鳥になったといえるでしょう。団地の芝生などには、集団で飛んできます。

都会の鳥とは言えないけれど、都会の周辺にいる鳥に、キジやカワセミがあります。キジは、元来は原っぱの鳥だと思います。しかし、都会近くの川の土手などに、案外いたりします。カワセミは、一時は絶滅するのではないかと危惧された鳥ですが、いまでは郊外の池や川の岸で、見かけられるようになりました。

鳥たちも、人間のつくって環境に適応しているのですね。

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2008年4月10日 (木)

ボラ総会  尊について

4月10日(木)  雨

ボラグループの総会。例年だと智光山公園でやるのだが、今年は雨で、会場は社協。通常の定例会と違うのは、総会のあとでお弁当を食べたことくらいかな。

尊あるいは命

今回のブログでは、「尊」も「命」も「みこと」と読む。

儒教や仏教は違うようだけれども、多くの宗教の教祖は、神の声、天の声を民衆に伝える人であるらしい。キリストも、マホメットも、預言者、神の声を伝える、神の意志を伝える人だった。キリストは三位一体説で神になっちゃうけれど、マホメットは自分を最後の預言者として、神にはならなかった。

たとえば天理教の教祖中山みきは、自分を「神のやしろ」だと言っている。神の言葉を伝える立場だ。もう少し怪しげな宗教でも、教祖は神の声を聞く人間だったりする。

人間は悩みも多いし、救いを求める生き物である。自分の力だけではどうにもならないから、神を求め、神の声を聞きたいのだと思う(んだよネ)。

ところで「尊」だが、これの語源は「御言葉」なんだってね。つまり、神の声、天の声なんですね。イザナギも、ヤマトタケルも、神の声を伝える人だったんだ。タカミムスビとか、アマテラスとかは神であって尊ではない。イザナギやヤマトタケルとは、地位の違いがあるわけだ。

古事記で初代の天皇とされる神武は、「カムヤマトイワレヒコノミコト」である。天皇の祖先は、神の声を伝える立場の人だったんだナ。天皇も、キリストと同じで、大昔に神になっちやったけどネ。戦後、人間になったけれど、それまでは「現人神(あらひとがみ)」だった。

「神子」あるいは「巫女」、というのも神の声を伝える人で、天皇家というのは「巫女」の大本締めなんだろうなあ。

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2008年4月 9日 (水)

花見、花見、花見

4月9日(水)  晴れ、曇り

精障者作業所Mの花見。稲荷山公園。

いったい今年は、何回稲荷山公園で花見をしたことだろう。もっとも花は、昨日の雨で8割方散っていた。

いろいろな施設でも、良く稲荷山公園で花見をする。そんな場合、たいてい博物館の裏側の芝生にブルーシートを敷く。稲荷山公園の桜は、本当はほかの場所の方が桜が多い。しかし、駐車場に近かったり、トイレにも近かったりするので、特に障害者や老人のグループなどは、この場所でやる。花の多い方は、駐車場からは遠いのである。

われわれも博物館の裏に、ブルーシートを敷いた。

少し離れたところで、車椅子の人たちやはり花見をしていた。その中に3組(車イスの人とその介護者)ほど、知り合いの人がいた。そばを通ったら、まあ座れよ、などと言われたが、今日はMの方出来ているので、そうもいかない。

11時から2時くらいまで花を見たり話をしたり、お弁当を食べて、少し飲んだりする。そのあと、博物館の見学。特別展示が「狭山市の橋」。入間川に架かる橋、不老川に架かる橋、久保川の橋などの写真。

博物館を出て解散。私はもう一度公園に入って、鉛筆スケッチを1枚。

昨夜次女にメール。

近ごろ音沙汰がないね。おれは死んだよ。いま幽霊がメールを打っている。あんたは生きているのかね。

上がメールの文章。さすがに電話をしてきた。

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2008年4月 8日 (火)

石川理紀之助

4月8日(火)  雨

春の嵐。各地に被害もあるようだ。

福田内閣、支持率は落ちるばかり。この先どうなるのかネ。

福田さん、石川理紀之助を尊敬しているのだそうだ。地味な福田さんらしく、尊敬する人も渋いねえ。今時、石川理紀之助と言っても、知っている人はほんのわずかでしょう。

石川理紀之助、秋田の人。幕末に生まれ、明治時代に活躍した篤農家。家業を建て直し、村のためにつくし、役人になって農業の指導に当たり、米の改良に力を注ぎ、と言った具合で、明治の二宮尊徳とも言われる。

石川理紀之助の遺した言葉に「寝ていて人を起こすな」というのがある。農家などでは、朝早くから仕事をしなければならない場合が多い。主婦などはみんなが働きにでる前に起きなければならなかったりする。亭主が、自分は寝たままで、妻に「起きろ」などとうながしてはいけないと言うこと。あるいは主人が使用人に言ってはいけないと言うことだ。

なんで私がそんなことを知っているかと言えば、じつは私の祖父が石川理紀之助を尊敬し、私淑していたためである。

祖父は父が結婚する前になくなっているので、私は、話でしか知らない。農閑期の村民に仕事を与えるため、りんご園を開き、ジュースを作ったり、金銭に困っている人のために無尽(頼母子講)を作ったりした。そんなこんなで、最後には破産してしまうのである。

石川理紀之助には木版刷りの『庵の手鍋』という本がある。この本の最後に一章を儲け「T・Y氏伝」として、祖父の業績を書いている。とまあ、知った風に書いたが、この本を私は一度も目にしたことがない。父や叔父に聞いた話である。

それにしても「TY氏」などとか書かれているところを見ると、祖父は人間だったんだね。蛙ではなかったし、熊や山猿でもなかったようだ。ぼんくらカエルとしては、ケロ、ケロ、ケロ、おれの先祖は人間だよ。

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2008年4月 7日 (月)

かき菜  

4月7日(月)  曇り、雨

かき菜

精障者作業所Mへ。

畑に植えていた「かき菜」が収穫時期を迎え、大量に採れる。「かき菜」という名の通り、育った幹から枝を掻き取る野菜。幹はそのままだから、これからは時々採れる。おひたしやみそ汁などに使う野菜。今日のメンバーさんやスタッフ全員で、一掴みずつ持ち帰る。

丸太を利用したテープカッター(セロテープを切るもの)の試作品を作る。丸太の太さが少し足りなかったので、私としては満足できなかった。スタッフはいいと言ってくれたが、店で使用してもらうことにする。売り物には出来ない。

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2008年4月 6日 (日)

車椅子の会総会  

4月6日(日)  晴れ

車椅子の会総会

車椅子と仲間の会。会の名前が示すように、ボランティア以外は車椅子の利用者である。普段は午後から始まるのだが、今日は午前中から集まる。総会自体は昼頃に終わり、仕出しの弁当を食べ、酒やビールもでる。雑談。

いつも感心するのはKさんである。両手の肘から先が切断されていて、義手。左足も膝から下は義足である。義手にはそれぞれ金属の2本の指がついていて、その指でフォークを使って食事をする。車も運転する。今日の総会では、司会をした。

Kさんの話。

病院でた足を切断されたとき、片足の人が泣きながらリハビリしているのを見た。おれは足が1本しか残っていない。あの人の何倍も頑張らなくてはならない。とても泣いている暇はない、と思った。リハビリしているとき、先生に車の免許を取ると言ったら「おや、そう」なんていってた。取れると思ってなかったんだろう。なくなった機能を嘆いていたってしょうがない。挑戦して、何か一つできるようになると嬉しい。出来ることを増やすのが愉しみ。

うーん。すごいね。私なら落ち込むだろうな、と言うと、こんどはTさん。

誰でも一時は落ち込むよ。

そのTさんも、車椅子に乗りながら、自家用車を乗り回し、どこへでも出かける。

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2008年4月 5日 (土)

宮沢湖散歩  

4月5日(土)  晴れ

宮沢湖散歩

宮沢湖の散歩。家から稲荷山公園駅まで歩き、50分。電車で飯能に行き、飯能駅から宮沢湖まで40分の歩き。宮沢湖を1周して高麗峠を越え巾着田へ、そして高麗駅。これは時間を計らなかった。帰りは稲荷山公園駅から家まで、やはり歩く。

宮沢湖の湖尻の景色は、いつも美しいと思う。今は、緑の中の桜、芽吹く柳、菜の花、水仙、芝桜など、華やかな色に埋まっている。湖尻には、浅い水中に立つ樹木がある。沖に目を転ずれば、青い静かな湖面に浮かぶ黄色のボート。そのボートから釣り人がほとんど動くこともなく釣り糸をたれている。湖畔のベンチには、中の良さそうな夫婦と子どもたち。のんびりと、鉛筆のスケッチをする人・・・あ、これは私だ。

   柔らかに子は抱かれたり春の風   ぼんくらカエル

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2008年4月 4日 (金)

施設の花見  

4月4日(金)  晴れ

施設の花見

老人介護施設Kの花見。稲荷山公園。今日が散り始めという感じで、花吹雪。

いくつもの施設が花見に来ていて、われわれのすぐ近くでは、知的障害者の団体が来ていた。帰り際には、精障者作業所kのグループに会う。Uさんもボランティアとして参加していた。さらに、特養Sのデイの人たちも稲荷山公園に来ていた。

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2008年4月 3日 (木)

デジカメ  芭蕉のカエル

4月3日(木)  曇り

デジカメ壊れる

デジカメが壊れた。何となく調子の悪い機械だったが、ついに電源スイッチが入らなくなった。去年の1月に買い、補償期限が1年なので、残念ながら期限切れ。買った見せに持って行くと、最低でも1万6千円かかるという。あと4~5千円足せば、新しいのが買えるじゃないか。製造元(オリンパス)のホームページから修理の情報などを確かめることにする。

その上で、選択肢は4つ。

①値段によっては新しいものに買い換える。

②あくまで修理して使う。

③デジカメはやめて、ケータイに代える。

④カメラなど持たないことにする。

さて、どうするか。

Mizutani10009 芭蕉の蛙

古池や蛙飛び込む水の音   芭蕉

古池や芭蕉飛び込む水の音  仙厓

仙厓というのは福岡にいたお坊さんだそうです。こんな句を作って、色紙に絵を描いているそうです。どんな絵か知りませんが、私が描いてみたら、こんな絵になりました。

じつは、芭蕉の蛙に疑問を持っています。古池の句を知ったのは、小学校の上級生の時だと思います。そときはは、トノサマガエルだと思いました。私の田舎では、一番多くいるのがトノサマガエルでした。カエルと言われれば、特に断りのない限り、トノサマガエルだと思うような環境でした。

ところが、東京には、トノサマガエルがいないんですってね。関東平野と仙台平野には、なぜかトノサマガエルがいないそうです。本州、中国、四国地方にはいるのに、変ですね。トウキョウダルマガエルというのがいて、それをトノサマガエルと思っている人はいるそうです。

なるほどね。そういえば、田舎ではあれほどどこにでもいた蛙なのに、14歳で東京に出てきてからは、トノサマガエルを一度も見たことがありません。いなくては見ることが出来ませんよね。

芭蕉は伊賀の出でしたかね。田舎ではトノサマガエルを見ていたでしょう。でも、江戸のでてからは見ていないはず。もし古池の句を、実際に蛙が飛び込むのを見て作ったなら、アマガエルかガマガエルか、それともトウキョウダルマガエルか、と言うことになります。どうなんでしょうかね。それぞれイメージが違うと思いますけれど。

もし芭蕉が、古池の句をイメージで作ったとすれば、トノサマガエルなんでしょうね。

鳥羽僧正の鳥獣戯画に出てくる蛙、あの絵を見ると、描かれているのはトノサマガエルですね。仙厓の絵も、おそらくトノサマガエルだったでしょう。

   痩せ蛙負けるな一茶これにあり   一茶

   悠然と山を見て鳴く蛙かな      一茶

一茶の蛙もトノサマガエルでしょうね。私の絵は、もちろんトノサマガエルのつもりです。

   

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2008年4月 2日 (水)

無題

4月2日(水)  晴れ

精障者作業施設みちくさへ。

珍し苦境はお店に客が沢山来ていました。

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2008年4月 1日 (火)

強風の花見

4月1日(火)  晴れ

精障者授産施設リバーサイドへ。

天気がよいので歩いていこうかと思ったが、あまりの風の強さに怖じ気づき、バスを乗り継いでいく。歩くと、速歩で約1時間。

午後はいくらか風も弱くなった(と思った)ので、歩いて帰る。入間市と狭山市の境界の近くに霞川という川があり、この川が入間川へ合流する少し手前に、リバーサイドがある。

帰りはリバーサイドの裏から霞川の土手に登り、上流に向かって歩く。入間市の駅近くまで行くと、この川沿いに、見事な桜並木があるのだ。

わが家近くのさくらの名所と言ったら、なんと言っても稲荷山公園だと思うが、霞川のさくらも、なかなか風情があって良い。だいたい水際のさくらは、風情のある物が多い。大木ともなれば、しだれ桜でなくても、水面近くまで枝を伸ばしていたりする。人と自転車くらいしか渡れないような橋が幾つも架かっていて、両岸のさくらが大木で満開なのだから、まさに絵になる風景である。午前より弱いとはいっても、かなりの強風で、さくらの枝に頬を殴られないように、注意しながら歩くようなところもあった。

霞川のさくらを見たついでに、稲荷山公園まで歩き、シートを敷いて、お楽しみのワンカップ。

霞川では、風のためスケッチブックが押さえられず、鉛筆スケッチ1枚、稲荷山公園で3枚。

稲荷山公園というのは2重の意味があって、狭義では、みんなが稲荷山と呼んでいる駅前の公園ではなく、少し離れたプラネタリューム裏の公園を言うようだ。この公園はがけの上にあって、その下の斜面にはかたくりの花が咲く。ついでに、これも見て帰る。

霞川のさくらも稲荷山公園のさくらも、強風に煽られているのに、ほとんど散らない。さくらのようなはかない花でも、散るときが来なければ、こんな強風にも絶えるのである。散るときが来れば、風がなくても散る。落ち葉でも同じだ。ただ、あまりの強風に小枝が折れて落ちてしまうのも結構あった。

   強風にさくら房ごと落ちにけり   ぼんくらカエル

これは見たままですね。

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