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2008年2月 9日 (土)

わが祖国

2月9日(土)   曇り、雪

昼近く、車椅子のTさんから電話あり。「つばさ誌への出句を忘れていた。K・Sさんから催促されたので、これから届けに行きたい。つきあってくれ」とのこと。で、一緒に出かける。K・Sさんは入間市の人、本当は俳句では全国区の先生と呼ぶべき人である。留守のようだったので、出句をポストに入れて帰る。

孫から電話。長女一家が来週末に来るという。

わが祖国

昨日だったか一昨日だったか、都立高校の式典で、国歌斉唱の時起立しなかった先生がくびになり、再雇用されなかったのは違法だ、という裁判所の判決があった。その判決について、とやかく言うのではない。ふと、思い出すことがあったので、それを書く。

多分戦争が負けた次の年だったと思う。私は小学校4年生だった。

ある日先生が、「こんど国歌が変わるかも知れない。『わが祖国』という歌が国歌になるかも知れないので、みんなに教えておく」といった。その歌詞は、次のようなものである。

   海原の緑の中に

   永久(とこしえ)の平和求めて

   新しき国生まれたり

   愛の力広くあめねく

   燃ゆるなる わが祖国 

これが一番で、二番もあったのだが、思い出せない。この歌がどの程度本気に国歌として考えられたのかは知らない。どのような組織が提唱したのかも知らない。ただ、戦後すぐには、国歌を変えようという動きもあったということだけは確かだろう。

この歌のことなどほとんど知っている人はいないと思うので、一応は証言のつもりで書いておく。

ところで、この歌詞を記憶していたというのには自分でも驚くが、さらに驚くことに、私はこの歌をまだ歌えるのである。先生は一度しか教えてくれなかったと思う。その後この歌を耳にすることもなかったはずである。それなのに、つぶやいてみたら、ちゃんと歌えるのである。子供の頃の記憶ってのはすごいなあ。いまでは昨日のことだって覚えてないのに・・・。                                              

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コメント

 すごい記憶ですね。
きっと、その時の印象が強く 脳の奥にしつかりとどめていたのが、出てきたのですね。いい歌詞ですね。君が代とは、ずいぶん違い、もしそれが国歌になってたら~

投稿: 五十路 | 2008年2月10日 (日) 12時17分

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