« 迷うところ | トップページ | 春一番 ぺどろ »

2008年2月22日 (金)

草履と草鞋

2月22日(金)  晴

精障者授産施設「リバーサイド」で、利用者さんとの懇親会。参加は、利用者12人、ボランティア4人、職員4人。お茶を飲んで、ケーキを食べて、話をして、といった案配で終わる。

草履と草鞋

もう20年以上前になるかも知れないが、そのころ時々文章を発表していた雑誌に、「いまでは藁草履と草鞋の違いが分からない人が増えた」という意味のことを書いた。すると九州の人から「こちらでは昔から、藁草履のことを草鞋と言っていた」という反応があった。

その後、気になったので、草鞋と藁草履の違いが分かるかどうか、まわりの人に聞く癖が出来た。

これまでに聞いた人の数は、まだ100人に満たないと思う。だから、統計上はこうだ、というような結論は出せない。何となく感じたことを言えば、東北育ちの人は60歳くらいでも、草鞋と藁草履の違いを知っている人が多いことである。その他の地方の人は、70歳くらいでも、違いの分からない人が多い。たいていは、藁草履のことを草鞋と思っているのである。

Mizutani10009 藁草履については説明の必要もないだろうけれどMizutani10010も、草鞋はここに載せた画像のようなものである。地方によって、作り方に多少の違いはあるらしい。上も下も同じ形のものだが、上の方は、草鞋から出ている紐(縄)を通した状態だ。下の絵で、長い紐の出ている方が前。この絵のようにして履く。テレビドラマの、水戸黄門御一行様が履いているのは、草鞋ですョ。長い旅は、草履では不便なのだ。昔の旅人は、皆草鞋を履いていたのです。わらぞうりで旅をしたなどとは思わないでください。松尾芭蕉は、草履で旅をしたのではなく、草鞋で旅をしたのだ。他の人も同じ。

駕籠に乗る人担ぐ人、そのまた草鞋を作る人、なんてね。軒下に自分の作った草鞋を吊しておいて、旅人に買って貰い、日銭を稼ぐような人もいたらしい。草鞋はなんと言っても藁で出来ているから、靴などとは違って、傷みが早かったのだ。

旅人が宿にはいるときは、草鞋を脱ぐ、とか草鞋の紐を解く。といいます。長い旅を終えて、どこかに落ち着くことも、同じような言い方をします。たとえ藁草履であっても、草履の紐は解けませんからね。

何かの理由で自分の土地に帰れなくなる状態、たとえば犯罪を犯して逃げなければならないときなどに、「長い草鞋を履く」という言い方もあったようです。長い旅路といえば、ちょっとロマンチックだけれども、長い草鞋は辛いんだね。

「楽しきはビール、苦しきは旅路」という古代シュメールのことわざがあるそうだ。シュメールほど古くなくても、元来旅は苦しいものだったのである。行き倒れになったり、他人の飯を食ったりするのが旅である。その旅を続けなければならないのが「長い草鞋を履く」事だ。日本で旅が楽しいものに代わるのは、江戸時代以降でしょうね。それまでは、水杯を交わすのが旅です。生きて帰れるかどうか分からないから、水杯を交わすのです。

「可愛い子には旅をさせろ」というのは、旅は辛いものだから、可愛い子供に苦労をさせて、人間を磨かせなさい、世間というものを分からせなさい、という意味があった。旅をすれば、他人の飯を食うこともある、他人の飯には棘があるといわれたのです。旅をさせろとは、その棘のある飯を食ってこいと言うことだ。玉磨かざれば光無しで、可愛いからこそ苦労をさせろ、という意味だった。ところがいまでは、「可愛い子には旅をさせろ」という意味を、可愛いからこそ楽しい思いをさせろ、という意味に取るんだそうですね。平和だなあ。豊かだなあ。軟弱だなあ。

草鞋と藁草履について書くつもりだったのが、随分脱線しちゃった。まあいいや。自分には甘いんです。私も軟弱だなあ。                 

|

« 迷うところ | トップページ | 春一番 ぺどろ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/118203/10689300

この記事へのトラックバック一覧です: 草履と草鞋:

« 迷うところ | トップページ | 春一番 ぺどろ »