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2008年1月31日 (木)

「母べえ」を観る

1月31日(木)  晴れ

映画「母べえ」を観る。

じつは今日、他のも用事があったのだけれど、「母べえ」の方にした。映画評を見て、これは観ようかなと思っていたことと、昨日尋ねてくれたTさんが「母べえ」は良かった、といっているのにも影響された。

私の子ども時代、楽しみは映画くらいしかなかった。中学の頃、親にも学校にもないしょで映画を観たりした。学校の授業より良い映画を観る方が、人生に役立つ、などと考えていた。だから勉強が出来なかったのかも知れないけれど、いまでもその考えが間違っているとも思えない。

「母べえ」を観て、私は1リットルほど涙を流した。というのは、もちろん嘘だけれども、かなり泣いたことは確かだ。戦争の、本当のつらさは、前線の人たちの経験であろう。しかし、前線ではなくても、銃後の記憶というものが、私にはある。その頃の話に、私は弱いのである。

このブログ「蛙のたわごと」のごく初めのころ、「本のないお話」という童話を書いた。私はその童話を、泣きながら書いている。童話の出来はどうでも、私はそこに、嘘は書かなかったと思っている。細かなエピソードは、私の体験したことや、私が知人から直接聞いたことで綴ったものである。

私はその童話の最後に、次のように書いた。(童話の主人公は、小学校の先生をしている)。

「人間は誰でも、自分のお話を持っています。本に書いているお話もあれば、書いてないお話もあります。誰かに聞いて貰えるお話もあれば、誰にも聞いて貰えないお話もあります。たとえば、空襲で逃げ遅れて死んだ人も、自分のお話を持っていたのに、誰にも聞いて貰えませんでした。皆さんもこれから、お話を作りながら生きていくのです。出来るだけ楽しいお話を作ってください。何年かあとで先生と会ったときに、こんどは先生にそのお話を聞かせてください」

「母べえ」は自分の話を映画にしてくれる人がいたのです。映画にも、本にもならなかった話が、どれほどあったことか。

戦争なんか、決してしてはいけないのです。人間は員数ではないのです。自分の正義が、万人の正義ではないのです。分かりますか、ブッシュさん。

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2008年1月30日 (水)

生活いろいろ

1月30日(水)  晴れ

私は貧乏人で、同じものを買うなら、迷わず安い方を買う。昨年暮れ、近所に大型ショッピングセンターが出来たので、大いに喜んだのだが、食品が、それまで買っていたスーパーよりも高めなのでがっかりした。だからあまり行かないけれど、水曜日は安売りをする。で、今日は野菜などを買いに出かける。

安売りデーだからと安心していると、案外高いものもあって、用心しなければならない。まあ、目玉商品だけを買っていれば安心ですけどね。

そのショッピングセンターにホームセンターがあって、USBを買う。前に買ったのもあって、そちらが一杯になったというわけではないが、写真や画像だけを送るものがほしかった。

昼間からパソコンに向かうのは、私にはめったにないことである。しかし慣れないことをやるのは、夜だけではおぼつかない。やってみると、この前次女に習っていたので、べつだん問題はなかった。

USBをパソコンにつなぎ、マイピクチャーに入ってているデジカメの写真をUSBに送り、ハードデスクを軽くする。

パソコンを軽々と扱っている人は、いちいちこんなことを書いたりはしないだろう。所が私は、やっとパソコンをやっている人間である。パソコンにしまい込んだフォルダやファイルをUSBに送れただけで嬉しいのである。

ついでに、テフラグを行う。

午後、Tさんが大沢さんの本を受け取りに来てくれる。手みやげを持って。こんな場合、みんなそうするのかなあ。私だったら手ぶらで行って、ありがとうと言うだけで帰っちゃうけど。そういうのって、礼儀知らずなんだろうな。何時の頃からか、人の好意は甘んじて受ける、と決めている。義理の時は義理を返す。義理か好意かを見極めるのは、時として難しいけれど。しかし、手みやげを持ってきてくれるのは、好意だと思う。

わが家に入れば、貧乏人の家だと言うことは、誰にでも分かる。家に入らなくたって、私とつきあっている人なら、誰にでもそれは分かる。それはいいのだが、掃除をしていない部屋をTさんに見られたのは、少しばかり恥ずかしかったね。

銀行で、来月の生活費を下ろす。といっても、たいがいは銀行引き落としだから、手持ちは幾らもいらない。しかしながら、このところ赤字気味なので、緊縮財政にしなくては・・・。

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2008年1月29日 (火)

嘆き節

1月29日(火)  曇り

今日はいろいろあって、どれを書こうかと迷う。社会や歴史について考えたことや今日明日の生活で困ることが起きたとか、書こうとすれば幾つもある日だ。

こんな時になにを書くかと言えば、身近なことを書くのがいいのですね。天下国家を論じたりすると、あとで自分で読んでも、恥ずかしくなることが多い。

スケッチなどに行っても、どこを見ても絵になるような気がしないときがある。反対に、あそこもいい、ここも絵になるなどと思う日もある。その日の気分なんですかね。たとえば書きたいことが沢山ある日に、今日はこれを書いて次の日はこれを書こうなどと考え、忘れないようにメモをしておいても、駄目なんですね。次の日まで、同じ気分は続かないのです。

こうして書いているうちに、今日書こうとした身近なことを、忘れそうになった。早く書いてしまおう。

ガスレンジの調子がおかしい。わが家のレンジはごく古いタイプである。鍋を二つ並べてレンジにかけることが出来る、ごくありふれたものだけれども、その一つに火が付かないのだ。片方が使えるから、別に調理が出来ないわけではないのだが、不便は不便だ。古いタイプのレンジなので、ロースターは付いていない。ロースター付きに買い換える時期かなとは思うのだけれども、その出費は痛いんだなあ。

電化製品では、テレビもおかしい。昨夜は、2度もテレビが勝手についた。夜中に、いきなりテレビが鳴りだして目が覚めた。慌てて消して、うとうととしだしたら、又ついたのである。つけようとしてスイッチを入れても、何秒間か消えたりすることもあるし、あれやこれやで、貧乏人は、嘆き節でも言うしかありません。鰹節ならおいしいけどねえ。

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2008年1月28日 (月)

みちくさ 今日の美

1月28日(月)  晴れ

精障者小規模作業所、みちくさへ。

例によって二十日大根の収穫とおひたし作り。二十日大根は、まだ3回くらい収穫できそうだ。しかし、大根には、もう、スが入っている。この「ス」というのは、本当はどういう字を書くのだろうか。育ちすぎたり、肥料が足りなかったりすると、根菜などに縦穴が入るのだ。二十日大根は、小さくてもスが入る。あと3週間後には、どうなっているのかねえ。

精障者授産施設のUさんの本棚をカットする。無垢の木で作ってある、重い本棚である。カットした本体の方も、切り落とした方も使うらしい。

メンバーのKさんと作った布草履、仕上げる。Kさん、初めての作品。気を張ったので、つかれたと言っていた。

今日の美

我がマンションは2棟が向かい合わせになっていて、間に、中庭のようなものがある。そこに庭木があって、その梢に朝日が当たる。「きらきら」と表現すると平凡だが、梢や木の葉に日の当たる様は美しい。

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2008年1月27日 (日)

無題

1月27日(日)  晴れ

ぼんくら日記も、日常たいしたことはしていないから、題名も「いろいろ」としたり「無題」としたり、苦労しますなあ。

わが家は午前中は良く日が射す。そんなとき、窓側に背を向けてこたつに入っていると、何となく幸せな気分になる。それで何をするかといえば、近ごろは数独ですね。ボランティアに行った先のお年寄りがやっていたのを見て、ちょっと手を出したのが始まりで、すっかりはまってしまった。1日に何題かやらなければ気が済まない。本屋には、初級、中級、上級の本があり、いまは超上級というのをやっている。凝るんだよなあ。

手紙を2通くらい書いて、俳句の会に5句投句して、買い物をして、1週間ぶりくらいに大和の湯に行って、今日したことはそれで全部かな。

そうそう、今朝ご飯を食べようとしたら、電気釜のスイッチを入れ忘れていた。近ごろ良くあるのです。幸いなことに、わが家の目の前に99円ショップがあって、そこでいろいろなご飯を売っている。今朝は、五穀米を買いました。近くにこういうのがあるのは助かるなあ。

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2008年1月26日 (土)

今日は何を書くんだ

1月26日(土)  晴れ

例によって、行き当たりばったりでパソコンに向かっている。書き出したいまも、今日なにを書くか決まっていない。

パソコンに向かうのは、今日やるべき事の最後である。パソコンに向かってから、インターネットを見たり、何かを調べたりする。それらが終わって、最後の最後にブログを書く。

毎晩見るホームページがいくつかあるが、きっこの「さるさる日記」というのもその一つだ。その日記で前から警告しているのだが、どうもマグロが危ないらしい。メチル水銀をかなり含んでいるらしいのだ。赤みより中トロ、中トロより大トロに、水銀の含有量が多いというのだ。諸外国では、マグロを食べないようにという警告がでているらしい。特に妊娠中の女性、乳幼児は危険と言うことである。

「さるさる日記」では、ニューヨークタイムズの記事を紹介している。マグロは危ないらしいよ。日本政府は何も言わないけれど、諸外国で危険とされているものに、何の注意も喚起しないのはなぜですかね。マスコミも、黙っていますね。ガセねた、とも言えないように思いますけど・・・。

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2008年1月25日 (金)

故・大沢正一遺稿集

1月25日(金)  晴れ

山に行くと、洗濯物が増える。先日は雪の中の山歩き。麓では泥まじりということもあり、スパッツ、レインコート、ザックカバー、ザックなど、洗濯しなければならなず、大変。

洗濯や掃除の話だけしているのもどうかと思うので、この話は、これでおしまい。

午後、水彩画の会。犬を追って、雪の中を走る子供の絵を描く。近ごろ、写実を離れているから、絵を作らなければならない。構図を作るのが難しい。

このブログは、匿名で書くことに決めている。しかし、大沢正一さんは故人であり、他に迷惑をかけるとも考えにくいので、本名のままにした。

昨年亡くなった市会議員大沢正一さんの遺族が、大沢さんの遺稿や議会での質問などをまとめて「正直な道を一筋に」という本を作った。私はさほど深いつきあいがあったわけではないが、Mさんを通じて、その本を頂く。まだ読み始めたばかりだが、大沢少年、子供の頃から正義感が強かったようだ。すぐ行動に出るところが立派。

大沢さん、昭和2年の生まれと言うから、ぼんくらカエルより9歳上である。多感な青少年時代のほとんどを、戦時中に過ごしている。戦争や平和について、私たちよりも強く、さまざまなことを感じてきたのだろうと思う。まだそこまで読んでいないのだが、目次を見ただけでそれを感じる。

実は私の属する水彩画の会に、大沢さんの心酔者がいる。ボランティア活動で知り合ったらしい。「正直な道を一筋に」を、私が読んだあとに貸してあげる約束をした。こういう本は、遺族の思いが強い割に、読む方はそれほど感じないのが普通なのだが、この本は案外読めるという気がしている。

それにしても、題名が下手だねえ。

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2008年1月24日 (木)

いろいろ

1月24日(木)  晴れ

P1010025 昨日の棒ノ嶺の写真です。

P1010027

棒の峰のハイライト、白谷沢コースのゴルシェ(岩が両側に迫ってくるところ)。 

P1010035_2

ちょっと休憩。休んでいると寒くなる。

雪が降っていても、歩いていると汗をかきます。

24日午前。ボランティアグループの定例会。

午後、狭山ケアセンター。手品、切り絵、話し相手。

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雪の山歩き

1月23日(水)  雪、曇り

棒ノ嶺の山歩き。白矢沢コース。Hさん、Aさん、Kさん。Kさんとは、今年初めてになる。

雪の深さは、麓では1-2センチ。山の中では、深いところで12-13センチ。新雪が木々の枝を飾り、おとぎの世界のよう。新雪を踏んで、美しい景色を見て、言うこと無し。疲れた人がでたので、頂上は諦めて、ごんじり峠から引き返す。

狭山で、反省会と称して飲み会。

実はもう24日である。もっと詳しく書くべきだが、本日はこれまで。

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2008年1月22日 (火)

無題

1月22日(火)  曇り

例によって、何の考えも無しにデスクトップのパソコンの前に座っている。ブログになにを書くか? 

今日したことを順番に考えてみる。

遅く起きた。これから朝食兼昼食を作ろうとしているとき、こぶし福祉会の事務をしているUさんから電話があった。本棚を直してほしいといという。午後、みちくさで会うことにする。

朝食後、洗濯。

午後、みちくさでUさんに会い、本棚を預かる。

夕方、Hさんから電話。明日の山はどうしようかという相談。雨は嫌だけれど、雪ならば行こうという結論。取りあえず、稲荷山公園駅で会うことに。

夕食後、H子さんから電話。昨年末の毎日新聞に載った、高野ムツオ選「今年の秀句」のコピーをほしいという。その第1句目に今坂柳二の句が載っているのである。投句したものではなく、昨年発表された全俳句の中の1位というのだから、大変なことだ。

数独をやる。

藤沢周平の短編を一つ読む。

T氏の文章の添削、感想の書き込み。

それくらいかな。火曜日は、空けてある日なのだ。

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2008年1月21日 (月)

雪、降りません

1月21日(月)  曇り

昨夜から今朝にかけて、雪が降るという予報でした。残念、降りませんでした。じつは、明後日、近くの山に行く予定があります。雪の次の日に山へ行くのが好きなのです。本格的な雪山などには登れません。いつも行っているような山、なだれや遭難のおそれがない裏山みたいなところで、雪と遊んでくるのは楽しいものです。それが出来なくて残念です。

精障者作業所「みちくさ」へ。畑で、二十日大根を少し収穫。これ、雪が降っていたら出来なかった。サラダを作って、昼食後みんなで食べる。午後、メンバーさんと布草履作り。

帰宅後T氏から電話があり、原稿を読んでほしいという。とにかく、よく書く。エネルギーに圧倒される。初めのうちは、どうなるかと思うような文章だった。それが近ごろは、めっきり上手くなった。この前などは、もう私の手を離れたと思ったが、今回は、今イチだ。私の文章など、さほどのことはないけれど、原稿の時は、ブログよりは神経を使って書きますよ。しかし、T氏ほどのエネルギーがない。エネルギーは才能だね。

T氏日本酒「八海山」を持ってくる。「そんなに気を使わなくていいよ」と言いながら貰っちゃう。ハハ。

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2008年1月20日 (日)

掃除 殺すな

1月20日(日)  曇り

自戒という題で、月に1回くらいは掃除をすること、などという意味のことを書いたと思うが、実際には、それより少し多く掃除をしている。今日、今年2回目の掃除。1週間掃除をしないでいると、ぼつぼつ気になるほど埃がたまってくる。掃除が嫌いなものだから、それでも我慢をして掃除をしないでいるが、2週間くらいすると、もう駄目だね。やはりした方が気持ちいいもの。

殺すな

テレビで、日系ブラジル人の戦後の、勝ち組、負け組の抗争を放送していた。勝ち組、負け組で争ったことは知っていたが、勝ち組の人が、テロで、負け組の人を20人以上殺したいたことははじめて知った。その中の一人が「負け組の人が、皇室を批判したり、日本軍を誹謗したりするのが許せなくて、やむにやまれずやった」という意味のことを話しているのにはショックを受けた。反省して謝罪するならともかく、「やむにやまれず」ではねえ・・・。

殺した方は、その後も、笑ったり泣いたりしている。殺された方は・・・。遺族は許せないだろう。日本人が、韓国や中国でしたことも、やられた方は許せないだろう。その気持ちはわかる。しかし、いつまでもそのことにこだわり続けないでほしいという気持ちもある。反省の気持ちのない人々もいることは事実であるが、そんな人ばかりではない。韓国人や朝鮮人には虫がいいと思われるかもしれないが、いつまでも土下座を求めないでほしいと思う。

沖縄戦で、軍から集団自決の命令は出ていないと言って、教科書の記述に文句をつけた文部科学省(だったかな?)。沖縄県民の反発にあって、又書き換えたりして・・・。なるほど、軍の上層部からの直接命令はなかったかも知れない。しかし、集団自決をすべきであるという雰囲気を醸し出したのは、誰のせいか。雰囲気というかムードというか、一種のヒステリー状態を作り出したことに、軍や皇国主義者たちの責任がないといえるだろうか。罪を罪と認めることから出発しなくてはしょうがないじゃないか。

相撲はいま初場所。去年は朝青龍問題でだいぶもめた。でも、本当は、時津風部屋のリンチ殺人事件の方が大問題なのだ。朝青龍なんて、ただずる休みをしただけではないか。随分多くの人が大騒ぎしましたね。みんなずる休みをしたことがないらしい。偉いもんです。私は朝青龍を好きではないけれど、あんなに声高に批判は出来ません。ずる休みをしていますからね。でも、時津風部屋の問題は別。あれは許せない。私は、かなり恥ずべき行為もしてきたけれど、リンチも殺人もしたことはない。もう一度言うが、あれは許せない。戦争であれ個人としてであれ、集団であれ、人を殺してはいけない。私は、何が正しい、何が間違っていると考えるときに、「絶対」と言うことをあまり認めない。しかし、人殺しだけは、絶対駄目だ。

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2008年1月19日 (土)

狂言入間川

1月19日(土)  晴れ

市民会館で大蔵流山本会の狂言を観る。「狂言入間川を観る会」が毎年行っているもので、今年は14回目だという。実を言うと、今回は観ないつもりだったのだが、券を持っているHさんが急にいけなくなったと言うことで、私が譲り受けた。

演目は、狂言として「入間川」「布施無経」「河原太郎」、小舞「御田」。「入間川」以外は、始めて観る演目である。それに山本東次朗の特別講演「狂言のこころ」。

「入間川」は入間川の逆さ言葉をモチーフにしたもの。「布施無経」はお布施を出し忘れている檀家と、お布施を貰いたい坊さんのやりとり。「河原太郎」は、売り物の酒を飲みたい亭主と飲ませたくない女房との駆け引き。

芸術院会員、人間国宝や、紫綬褒章その他の賞を貰った人たちの舞台なので、私などはめったに観ることが出来ないものだろうが、山本会は狭山市に縁のある人たちなので、毎年演じてくれるのである。

ここで、知ったかぶりのウンチク。

狭山市は入間川町とその周辺の村が集まって出来た市である。市の中心を入間川が流れている。中世、京や鎌倉から奥州へ行くのは、入間川町あたりで川を渡るのが、メインロードだった。現在の東京駅周辺は湿地帯で、旅人は避けて通ったのである。内陸の道以外では海上の道があって、鎌倉から三浦半島を通り、船で房総半島に渡るものだ。土地の名前に、上とか下とかつく場合には、都に近い方が上になる。房総半島では、半島の先の方から、安房、上総、下総となるのはそのためである。

内陸の道がなぜ入間川を通ったのかは、当時の地理を知れば納得がいく。当時、利根川は武蔵野を流れて河口近くで隅田川に合流し、東京湾に注いでいた。さらに、荒川は利根川の支流であった。利根川や荒川が現在の姿になるのは、江戸時代初期の工事によってである。利根川は鬼怒川につながれて太平洋に注ぐことになったし、荒川は入間川につながれて、現在の形になった。江戸時代って、結構大規模な工事をやっているんですね。今、荒川と呼ばれているのは、元来は入間川の流れなのである。東京の中心部が湿地帯だったこともあって、旅人は、入間川を渡って奥州へ行ったのである。

まあそんなわけで、入間川というのは、古くから都に知られた地名であり、川の名前であった。狂言や、相撲部屋にその名が残っている。

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2008年1月18日 (金)

いろいろ アラカン

1月18日(金)  曇り

寒い1日。日中の最高気温が、この冬最低。

こぶし福祉会理事長から、一緒に昼飯を食べようという電話あり。ココスで食事。といっても、私は寝坊して、ブランチのようなものを食べていたので、野菜サラダだけ。何か話があるのかと思ったが、特にこれといった話は出ず、雑談して別れる。

午後、特養さくらへ。S男、Y子さんと。2F。

アラカン

昨日、テレビで「鞍馬天狗」をやっていた。連続ものの第1回目らしい。若い俳優が鞍馬天狗なのだが、見始めたときは、普通の若侍の姿で登場した。放送の終わりの方では、昔見慣れた覆面をしていた。やはり鞍馬天狗は、覆面をしていなくてはね。

昔の映画で、「鞍馬天狗」といえば、嵐寛j寿郎だった。寛の字は、これでよかったのかどうか。普通はアラカンと呼んでいた。板東妻三郎をバンツマと言うようなものだ。

当時は、大衆の娯楽と言ったら映画くらいしかない時代である。映画館も、今よりはずっと多かった。私なども、場末の映画館で、3本立ての映画をよく見たものだ。「寅さん」映画や「釣り馬鹿日記」と同じで、「鞍馬天狗」はシリーズものである。3本立ての中には、よく、「鞍馬天狗」が入っていた。鞍馬天狗が馬に乗って登場すると、観客席のおばさんたちから、一斉に拍手が起こったりした。映画に向かって拍手というのも変だが、実際に拍手は起こった。

「鞍馬天狗はなんでアラカンなんだろう」といったら、「それは顔が長いからだよ」といった人がいた。「え?」と聞き返すと「その方が覆面が似合う」と言った。こんどのテレビの主役は、名前は知らないが、特に顔が長いとも思わなかった。普通の顔でも覆面は出来るのですよね。

昔の「鞍馬天狗」には、子供だった美空ひばりが杉作という少年の役で登場した。杉作少年というのは、大佛次郎の原作にもあるのだろうか。どうも映画のために作られた役という気がするのだが、テレビの「鞍馬天狗」にも登場するかどうか。原作を読む気はないけれど、テレビに出てくるかどうかは、少し気になる。

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2008年1月17日 (木)

テレビ

1月17日(木)  晴れ

狭山ケアセンターへ。YさんHさんが3フロアー、私が2フロアーへ。活動はいつも通り、手品をしたり、紙切りをしたり、話し相手をしたり、それにおやつの配食の手伝い。

テレビ

テレビ体操をビデオテープに録画したが、案の定調子がよくない。画面が乱れるのは我慢するとして、音が出ないのである。消音状態で録画を見ながら体操をしてみたが、なんだか気分がでませんね。

じつは、そればかりではないのである。そもそも、テレビの調子がおかしい。大分前から、消してあるテレビが夜中に付いたりしていたけれど、近ごろは、電源を入れて見ているときに、時々、ぽつんぽつんと消える。消える時間は2.3秒だったり、10秒20秒くらいだったりする。テレビをつけてから10分くらいの間だけで、その後は正常になるのだけれど、やはり気になる。寿命なのかな。

テレビが全面デジタル波に変わるぎりぎりまで、現在のテレビで通そうと思っていた。今テレビを買うとしたら、その出費が痛い。ぎりぎりまで買わないつもり、というのは、私がそれまで生きているという保証がないからだ。テレビがせめて現在くらいの調子で、あと数年持ってくれるように祈るばかりだ。

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2008年1月16日 (水)

テレビ体操

1月16日(水)  晴れ

近ごろ、とみに体か堅くなったのを感じる。5.6年前までは、肩の高さに手を上げて、足を跳ね上げると、つま先が掌についた。今は、掌とつま先の間が2-30センチ開いてしまう。前屈も後屈も以前のようではない。

加齢によるものといってしまえばそれまでだが、柔軟性を保とうとしなかったのがたたっている。

現役時代は毎朝6時に起きていた。現役をやめてもしばらくの間は、6時半には跳び起きて、NHKのテレビ体操をしていた。でも、長くは続かなかった。

今は、山へ行く日でなければ、起きるのは8時頃だ。テレビ体操どころではない。

この間から、CDあるいはDVD(本当は、この違いがよく分からない)で柔軟体操のソフトがないかとさがしているのだが、これが案外見つからない。今日も近くのヤマダ電機に行って、店員に聞いたが、「さあ」と言って首を傾げるだけだった。

NHKのテレビ体操を録画するしかないのかな。CDやDVDは再生する器具はあるが、録画は出来ない。ビデオは録画できるが、あまり調子よくないんだなー。でも、やってみるしかないな。

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2008年1月15日 (火)

昼動夜考

1月15日(火)  晴れ

洗濯や掃除の話ばかりしていてもしょうがないのだけれど、今日やった一番大きな事といえば洗濯なのだ。

わが家には、毎年何回か、娘夫婦と孫たちが来る。たとえ娘や孫たちでも、私の所に来てくれるのだから、せめて寝具くらいは気持ちのよいものを用意したいと思う。来る前に布団を干すのはもちろんだが、当たり前といえば当たり前だけれども、来たときに使った布団の敷布や布団カバーと枕カバーは、かならず洗うようにしている。その洗濯が、どうしても延び延びになる。正月に泊まっていったときの布団も、延び延びになっていた。敷き布団の方は、この前洗濯したときにすませた。今日は掛け布団である。

これで布団カバーの洗濯は全部すんだが、まだ掛け布団を布団カバーに入れていない。これが明日の仕事になる。

私も主婦(夫)業をだいぶ長くやっているので、布団を布団カバーに入れるのは、だいぶ上手になった。初めのうちは一つ入れるのに30分くらいもかかった。今は2.3分である。チャックに布を噛ませて動きがとれなくなる、などと言うこともなくなった。それでもやはり、面倒な作業という気持ちはあって、洗濯物を取り入れたときに、すぐにやるという気は起きなかった。

ここまで書いて思いだした。じつは今日、書こうとしていたことがあった。しかし、パソコンの前に座ったら忘れてしまった。仕方なしに洗濯の話にしたのである。

だいたい私は、昼、体を動かして、夜、考える。パソコンに向かうのも夜である。それもしたたか酒を飲んでからだ。この前から、ある文章を書かなくてはと思っているのだが、ブログ以外に文章を一本と思うと、又明日にしようと考えてしまう。昼間やればいいんですけどね。「晴耕雨読」にならって「昼動夜考」なんてのはだめだよね。反省。

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2008年1月14日 (月)

本と私

1月14日(月)  曇り

本と私

このところ、数独にこっている。このことは何回か書いたので、詳しい説明は避けるが、要するに数字のパズルだ。こっているものだから、暇になると数独を始めてしまう。おかげで、最も影響を受けているのが読書である。本を読む時間があれば、数独をやってしまう。このことも前に書いた。

最近読んだ本と言えば、暮れから正月休みにかけて、北杜夫のマンボウものを一つと、藤沢周平の短編集「橋ものがたり」の2冊だけだ。昔なら文庫本1冊くらいは、1日で読んだのだが、何しろ暇なときに数独をやり、数独に飽きたときだけ読んでいるのである。それに、昔のような集中力もない。

近ごろはとみに、脳みその方も水分が不足しているらしく(あるいはアルコールがしみこんでいるらしく)堅い本は読む気がしない。一昨年あたり、大部分の本を整理してしまったのだが、その後本棚に加わるのは、読みやすい本ばかりだ。堅いものを咀嚼する胃袋をもたなくなった。

少年時代、近くに「立川文庫」を大量に持っている人がいて、私はよくその本を借りて読んだ。「荒木又衛門」「柳生十兵衛」「真田幸村」その他の何十人もの英雄を、私はこのとき覚えた。中には「田宮坊太郎」などという、講談本を読んだ人でなければ誰も知らないような英雄もいた。

これが読書の始まりで、その後「坊ちゃん」「トムソーヤの冒険」など、手当たり次第に読むようになる。

わが家は貧乏だったので、私は中学を出て、すぐ就職した。日給100円だった。当時、1人の1ヶ月の食費は3000円くらいかかると言われていた。休みのあるので、私が1ヶ月働いても、自分の食費代にもならなかったのだ。そんな状態で、とにかく働いたお金を、全額親に渡し、そこから1月300円の小遣いを貰っていた。何も私が哀れだというのではなく、当時の貧乏人の家は、どこでもそんなものだった。

その頃、筑摩書房から「現代日本文学全集」が発行された。第1回目の配本は『島崎藤村』で、第2回目が『芥川龍之介』だった。1冊350円で、20日ごとに1冊ずつ刊行された。私はそれがほしくてたまらなかった。あらかじめ小遣いを貯めておいて、『島崎藤村』と『芥川龍之介』は買ったが、後が続かなかった。

後年、古本屋の店先の100円均一の棚に、「現代日本文学全集」の『森鴎外』が混ざっているのを見て、愕然としたことがある。あの文学全集の本が、どうでもいい本のように、100円の棚に並んでいるのである。著者に対しても、編集者に対しても、失礼ではないか。第一、私の気持ちが許さなかった。その時、鴎外を読みたいと思っていたわけではないが、どうしても100円の棚には置いておけず、私はその本を買った。

いまでは、その全集の本は、よく100円の棚に並んでいる。だからといって、私の方も、買いあさったりはしない。それを許せないと思う気持ちもなくなった。

本に関する思い出の一つである。

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2008年1月13日 (日)

山の会山行

1月13日(日)  晴れ

2・3日前の天気予報では、今日は雪でも降りかねないようなはずだったのに、幸いなことに予報はよい方に変わり、晴れ。

われわれの山の会としては、今年初めての山行。

といっても、新年会をやるための山行みたいなもので、高麗駅から日和田山に登り、昼頃に啓明荘という飲食施設に着く。正式には、このような施設を何というのか知らないが、啓明荘の特色は、餅つきをさせること、飲食物の持ち込みを許すことなどだ。場合によっては宿泊もさせるそうだから、旅館と言うことになるのかも知れない。武蔵横手駅から緩やかな山道を登って、30分くらいの所にある。幼稚園や小学校、老人会や、われわれのようなグループがよく利用する。

啓明荘で餅をつき、その餅を食べ、鍋をつつき、ビールを飲む。さらには持ち込みの日本酒、ワイン、シャンパンなどで新年会。山行は16人、様々な事情で、新年会だけの参加が4人で、都合20人。われわれの会としては盛会である。

狭山に帰ってから、7人で2次会。カラオケに行く。私はカラオケが嫌いだったのだが、この会に入ってから、そうでもなくなった。

ボランティアグループを始め、いくつかの会の属したいるが、その中で最も気心が知れているのが山の会である。考えてみると、つきあっている時間が長いのだ。朝早く会って、1日中一緒に行動し、帰ってからは飲み会までやったりする。どこでも私は言いたいことを言う方だが、山の会では、それが一双はっきりする。

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2008年1月12日 (土)

新年句会

1月12日(土)   雨

新年句会。

私は3句出句。そのような会で始めて、参加賞以外のものを頂く。

その3句。

   煙突は手足を出さず冬の雨

   あの人も嘘をついてる年の暮

   すす逃げは出来ず一人の湯を沸かす

1句目は、ちょっとずるい。俳句をやらない人は、何だいこれは、と思うだろう。ベテランには、既視感があるのではないか。煙突に手がなかったり、電信柱に足がなかったりするような句は、どこかで誰かが作っていそうなのだ。それでも、何となく点の取れそうな句という下心があったことを白状する。

2句目、本当は「時々は嘘もつきます年の暮」だったのだが、去年を1字で現すと「偽」の字だったりするように、嘘が大流行だった。「時々は」なら自分のことだが、「あの人も」だと他人のことになる。半分時事俳句になっちゃった。

3句目は、私としてはごく普通の作り方。ただし、言い過ぎてしまった、全部言っちゃった、という気がする。

何はともあれ、5等という事で、ささやかな商品を貰いました。

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2008年1月11日 (金)

いろいろ

1月11日(金)  晴れ、曇り

昨日の予報より天気の変わり方が遅れたとか言うことで、雨は今日の夜中から、という。ならば、と、洗濯。こんなことをブログに書くのはどうかと思うけれど、他に書くことがない。読む人は、ご苦労さん。

水彩画の会。今日描いた絵をデジカメで撮って、ブログに載せようとしたが、デジカメの調子がおかしくて思うようにならない。ま、大した絵ではないから、どうでも良いけれど。

明日、俳句の方の新年句会なので、配られた句稿から選句。全員の互選だから、私も1人前に10句を選する。うち1句は特選。まだ俳句はよく分からないので、選には苦労する。書く方は未熟なのだから、選だけでもしっかりやろうと思う。しかし、書くのが未熟なら選も未熟というわけで、こればかりはどうもならない。

まずは、そんな1日でした。

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2008年1月10日 (木)

ボラ新年会

1月10日(木)   晴れ

私の属するボランティアグループの新年会。鶴ヶ島の甲羅という料理屋。簡単に定例会を済ませて、昼食を兼ねた新年会。ボランティアグループなので、飲み会にはならない。食事は、蟹尽くし。狭山市駅から、行き帰りとも送迎バス。

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2008年1月 9日 (水)

3つの自戒

1月9日(水)  曇り、晴れ

何でも易きにつくのが私の性格だから、日常生活の上では、いろいろ自戒していなくては、目も当てられない状態になる。

たとえば髭を剃るなどと言うのは面倒なことで、何かの会合に出るとか、人に会う用事があるときに、思い出したように剃るのである。

髪の毛は、いまは薄くなったので、梳かす気も起きないが、髪の手入れが嫌いだった。結婚したとき、ヘヤートニックを買ったが、10年くらい過ぎて、その瓶の中には、ほとんど使われることになかった液が残っていた。それを捨ててから今日まで、整髪料を買ったことがない。

革靴を磨くのが嫌いだった。あまり汚れが目立つようになると、水道の蛇口の下に靴を持って行き、じゃぶじゃぶと洗った。現在は、普段はサンダルを履いている。

若い頃のそんな私を見て、「この男は色気があるのかねえ」といった先輩がいた。もちろん私の方の色気はあったが、女性の方が寄ってこなかった。

こう書くとよほど不潔なように思われるが、風呂などは大好きで、どうしても、毎日入らなければ気が済まない。下着でも、同じものを2日も履くのは嫌である。

そんな私が独身でいるのである。誰も文句を言わないのだから、幾らでもルーズになる。そこで自戒が必要なのだ。

家事の中で、炊事はしなければ食えないのだから、嫌も応もない。洗濯も、しなければ下着も取り替えられないのだから、やらざるを得ない。掃除は、かなり手抜きが出来る。埃で死にはしないと思っている。だから自戒が必要になる。月に1度か2度は掃除をする。これは自戒の1である。

万年床にしない。病気の時はいざ知らず、健康でいるあいだは、たとえ遅く起きて早く寝るときでも、布団の上げ下ろしはかならずすること。これが自戒の2である。

洗濯はやむを得ないのですると書いたが、問題は洗濯物を取り入れたあとだ。時々部屋の隅に、取り入れた洗濯物を積み上げたまま1日か2日置いておくことがある。だから、ここで第3の自戒が必要になる。洗濯物の山からその日着るものをほじくり出すようなことはしない。かならず1度は、きちんとたたんでしまうべき場所にしまうこと、これである。

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2008年1月 8日 (火)

団塊の世代とボランティア

1月8日(火)  晴れ

精障者授産施設、リバーサイドが経営するかすみがわ食堂へ。月に1回、ここでお手伝いをするのだが、今日は私の番だと思っていったら、じつは日にちを間違えていた。私は第一火曜日なのである。しかし今日は第二火曜日だった。

作業着に着替えて、新年なので職員の部屋に挨拶に行くと、本当の今日の担当者S・Yさんが理事長と話をしている。で、3人でしばらく話をする。なんとS・Yさん、私が間違えてかすみがわ食堂に来そうだと予感していたそうだ。私のうかつぶりを読まれてしまったかな。

作業着に着替えていたせいもあって、そのまま私が手伝うことになる。終わって、例によって包丁研ぎ。

理事長との話は、この前も話題になった、いかにして団塊世代の人を引き込むかと言うこと。われわれの世代は、少年時代、青年時代、何もなく貧しかった。団塊世代は、豊かさを知って育った世代である。われわれは、趣味も何もなく、必要なことだけをやってきた。団塊の世代は、趣味やら学問やら、何かしら生活の手段以外のことを身につけている人が多い。その人たちを、どう引き込むかと言うことだ。

われわれの世代ならば、ボランティア募集と言うだけで、人は集まってきた。今はそれでは駄目で、ピアノを教えてくれる人、少林寺拳法の指導者、パソコンの指導者、といった専門的な形でないと、人はよってこない。漠然と、ボランティア募集なとといっても駄目なのである。体力と時間を提供するだけのボランティアというのも、本当は必要なのだけれども、そういうものは見向きもされないようだ。

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2008年1月 7日 (月)

初出勤?

1月7日(月)  曇り、小雨

精障者小規模作業所「みちくさ」へ、初出勤。ボランティアが出勤と言っていいのかな?

畑へ。二十日大根、半分を収穫する。これをサラダにして、みんなの昼食に出したのだが、泥を落としたり、刻んだりするのが結構大変で、私自身の昼食は1時頃になる。

メンバーのK・I男さんが就職活動を始めるという。私としてはまだ少し不安があるけれど、本人がやるつもりになったなら、その意欲をもてるようになったことを評価しなければならない。K・I男さんの場合はまだどうなるかは分からないが、「みちくさ」からは、これまでも、何人かが自立に向けて仕事を始めている。就職先にすっかり定着した人もいる。嬉しいことなのだけれども、せっかく馴染んだ人が離れていく、若干の淋しさもある。

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2008年1月 6日 (日)

正月休み

1月6日(日)  晴れ

私の正月休みは今日まで。現役時代とは違って、普段も一日中働くというわけではない。それでも、明日からまた普段の生活に戻るのか、と思うと、幾分かは気分が重い。張り切って戻るというわけではない。

今年になって2度目の洗濯、最初の掃除。

智光山公園まで散歩。片道50分強。今日はまるで春の陽気で、急いで歩くと汗ばんでくる。ジャンパーを脱ぎ、下着とカッターシャツだけで歩いた。

公園のベンチで、藤沢周平の短編を一つ読む。

帰り、サンパーク奥富という市の施設で風呂にはいる。狭山市の65歳以上の人は150円である。サウナがないのと、入浴後酒が飲めないのは不満だが、広い浴槽にのびのびとつかるのは気持ちがよい。なんと言っても安い。

狭山市には3つの老人保養施設があって、そこでは、老人はただで入浴できる。わが家の近くでは、15分ほどで行けるところに、寿荘というのがある。ただし、4時までには風呂を出なければならないし、狭いし、ソファーなどが破れていたりする。これまでに2度ほどいったが、それ以後は、ちょっと行く気が起きない。風呂などは気分が大切である。

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2008年1月 5日 (土)

きどころね

1月5日(土)   曇り、晴れ

これという用事もなくて、1日を漫然と過ごす。夕食後、こたつに当たりながら、だらだらと酒を飲んでいたら、いつの間にかうたた寝をしてしまった。田舎にいた時分、こんな寝方をすると「きどころねをするな」と怒られた。「きどころね」という言葉は、東京に出てから聞いたことがない。方言なのだろうか? 多分「着所寝」と字を当てるのだと思う。

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2008年1月 4日 (金)

南高円寺界隈

1月4日(金)  晴れ

杉並区梅里へ行く。継母がその連れ子(義妹というのか継妹というのか)と一緒に住んでいる。梅里といっても、私の意識の中では、高円寺へ行く、という感覚だ。

継母は、世間で言うまま母のイメージとは違って、頭も良く、良くできた人である。今年90歳になる。10年くらい前手術で胃袋を全部取ってしまったのだが、元気で、惚けもない。さすがに疲れやすいようだけれども、買い物くらいは一人で行く。

そこに私が住んでいたころは、梅里という地名はなく、高円寺の1部だった。今、地下鉄の駅で「南高円寺」というのがあるが、地名として、南高円寺があるかどうかは知らない。調べればすぐ分かるが、その気もない。とにかく50年くらい前は、青梅街道の南にも高円寺は広がっていた。

戦後、昔の高円寺の青梅街道の南に、新しい中学校が出来て、高円寺の南だから「高南中学」と名付けられた。私はその2期生である。私が通っていたころは、立ち退きの遅れた酪農の家があって、校庭で牛を飼っていた。

近くに方南町と言うところがあったが、そのあたりにはまだ田んぼがあった。今、立証校正会の建物のあるあたりだ。

環七は東京オリンピックに間に合うように作られた。私が住んでいた本当の場所は、現在、環七になっている。継母は、そのすぐ近くに住んでいる。

梅里へ行ったついでに堀之内の妙法寺へ行ってみた。日蓮宗の有名なお寺で、御祖師様とも言う。継母の家から、歩いて10分くらいのところである。かなりの格式のある寺で、大の粗忽者が妻の薦められて、妙法寺にお参りに行く、「堀之内」という落語もある。また、毎年万灯祭りがあるが、前日、池上本門寺に奉納された万灯が、次の日、堀之内の妙法寺に納められて終わるのである。

妙法寺の境内は、昔とそれほど変わってはいなかったが、まわりの様子はだいぶ変わった。ビルなどが建ち並んで、昔と同じような店は少なくなった。

そう言えば、高円寺の阿波踊りは有名だが、私は1度も見たことがない。もう何10年前か忘れてしまったが、何年かぶりに、青梅街道から高円寺駅に通ずる長い商店街を歩いていたら、中年の男が一人、浴衣の片肌を脱いで、「高円寺で阿波踊りをやろう」といった趣旨のことを書いたたすきを掛け、踊りながら商店街を練り歩いていた。「阿波でやるから阿波踊りだろう、高円寺でやるのになんで阿波踊りだ、変な親父だ」、とその時の私は思った。しかし、それが今や有名な祭りになった。あのおじさん、阿波踊りの言い出しっぺだったんだろうなあ。

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2008年1月 3日 (木)

初山行

1月3日(木)   晴れ

初山行。

奥武蔵の軽い山。

コース  吾野駅~顔振峠見晴台~関八州見晴台~高山不動~西吾野駅。

歩行時間  約4時間

同行  S・W男さん、F・G男さん、ぼんくらカエル。

本日、快晴、無風。S・W男さんが見晴らしの良いコースとして計画。雨男のニックネームは返上かな。快適なハイキング。結構ハイカーは多かった。

狭山市に帰って、3人で大和の湯へ。その後、中華蕎麦屋でミニ新年会。

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2008年1月 2日 (水)

次女夫婦来る

1月2日(水)  晴れ

次女夫婦が来る。長女家族とはすれ違いだが、それは私のマンションの中だけの話。長女の家族と次女夫婦は、暮れの31日に六本木で会っている。

次女たちが来ると、パソコンの調子を見て貰うのがおきまりだ。だいたい私は義務教育終了程度だから、カタカナばかり出てくるパソコン用語は、はなはだ分かりにくい。

貧乏人だから、高額のパソコン教室には通えない。運が悪いから、市などで行う低料金のパソコン教室などは、何度申し込んでもはずれる。いつぞやは「この案内はこれまで申し込まれて、はずれた人にだけお送りしています。どうぞ申し込んでください」という趣旨の通知が来た。早速申し込んだら、またはずれた。

そんなわけでどのような意味でも、パソコン関係の教室に通ったことはない。それでも、自分の必要とする分は、何とか出来るようになった。

「出来るようになった」と書いたあとで、「そうでもないな」と思い返した。もっといろいろと出来たらいいのだけれど、最低限の必要だけを満たしている。

何かトラブルがあるとき、もっと何かをやりたいとき、頼りになるのは次女夫婦である。しかし遠くに住んでいるから、おいそれと呼ぶわけにはいかない。たまに来たときには、いろいろ聞きたいこと、やって貰いたいことがたまっているという寸法だ。

次女たちは、いつも日帰りで、夕方帰る。

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2008年1月 1日 (火)

あらためて一人

2008年1月1日(火)  晴れ

Mizutani10010 新年おめでとうございます。

賀状のこたつにコードがついていないと言った人がいます。裸電球がぶら下がっている時代の絵です。電気ごたつなんてまだありませんでした。郷愁だけの絵かな。

新年といっても、あらためて、今年は何をしようと言うこともない。朝から酒を飲んで、雑煮を食うくらいしかめでたいことはない。

孫たちと天嶺寺に初詣をして、早めの昼食。新幹線の時間の都合もあって、長女夫婦と孫、昼ごろ帰る。こんどは婿殿の実家に行くのである。

またもとの生活に帰るわけだが、2.3日とはいえ賑やかな日があったので、急に静かになったような気がする。ちょっとテレビの音を大きくしてみたりして・・・。

   あらためて一人と思うお元日  ぼんくらカエル  

  

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