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2007年8月31日 (金)

ブッシュ大統領、他

8月31日

秋が来た?

昨日と今日は、秋の気候である。今年は梅雨が長く、夏に入るにが遅かった。しかし夏になると、例年をしのぐ猛暑で、日本では熱中症で約7120人が亡くなったという。しかし、昨日からは秋の気候だ。このまま秋になるのかどうか?

排水管工事

わが家の排水管工事は昨日で終わったのだが、ウオッシュレットのトイレの水が出ない。監督に言って昨日トイレを取り付けた職人に来てもらったが、「ノズルが出ない。電気系統の故障なので、製造元に問い合わせなければ分からない」と言う。私は素人なので何も分からないのだが、コンセントを差し込んだり抜いたりして、電気が来ていることを確かめた。夕方別の職人がのぞきに来て、ノズルに行く水の詮が締められたままであることを見つける。要するに、水の栓が開けられていなかったと言うだけに過ぎなかった。朝の職人と、夕方の職人との差は、腕が良いとか悪いとか言うよりは、経験の違いですね。職人なんて、こんなことが良くあるのだ。私など、朝の職人の方だった。

ブッシュ大統領の正義

ブッシュさん、退職軍人の講演会かなんかで、「イラクとの戦争はイデオロギーの戦争」と言ったんだそうだ。やっぱりね・・・。こんな単純な人が世界の指導者だなんて、なんてこったろうね。

同じ物でも、光の当て方によって、見る角度を変えることによって、違って見えるものなのだ。正義だって立場によって変わる。ブッシュの正義もあれば。アルカイダの正義もある。どっちの方が絶対に正しい、なんてことはない。正義というものは、相対的である。

「群盲(この言葉、差別用語と言われる)象をなでる」という言葉がある。鼻をなでた者は「象は大蛇のようだ」と言い、胴をなでた者は「象とは壁のようなもの」という。そして足をなでた者は「柱のようだ」という。それぞれの者が、自分こそ絶対に正しいと主張しだしたらどうなるか。それぞれの者が、自分は実際の象をなでたという実感を持っているのだ。それを暴力で解決しようとしたらどうなるか。正しい結論などは得られはしない。

「イデオロギーの戦い」は暴力では解決できない。いかに時間がかかろうとも、言論で争うしかないのだ。

私は、正義は相対的だと言ったが、じつは、私には、これだけは譲れない、という正義がある。それは「人殺しは悪い」と言うことである。人間と生まれたからには、これだけは譲れない。しかし、これもじつは相対的だ。たとえば死刑囚。この犯罪はどう考えても許せないという事件がある。死刑以外に選択の余地はないと思われるような事件がある。その死刑囚を処刑したとしても、その執行者が悪を行ったとは言えない。

殺人さえ相対的だと言ってしまったら、絶対悪はないか、と言うことになる。私はあると思う。戦争である。戦争ほど、なんの罪もない人が殺される出来事はない。どんな理由ではじめても、いわれなく多くの人々が、無惨な死を迎えることになる。それがブッシュには分からない。分かったとしても、正義のためならば許されると思っている。自分の正義だけで頭がいっぱいなのだ。

武力でイデオロギーの戦いをする人に、日本はいつまでついていくつもりなのですか、安倍晋三さん?

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2007年8月30日 (木)

中島潔の世界展,他

8月30日

朝青龍

朝青龍がモンゴルへ帰ったけれど、日本のマスコミは、まだ追いかけている。いい加減に放っておけばいいのに。

みのもんたはモンゴルに着いてからの朝青龍が、報道陣を巻いて逃げたことを非難している。朝ズバのゲストも、朝青龍がきちんと説明しないことを問題視していた。朝青龍のやったことはいろいろ問題があるとは思うけれど、精神を病んでいる者にきちんと説明しろと言うのは無理な話だ。それが出来るくらいなら、病気にはならない。

私は朝青龍を好きなわけではない。しかし、少なくとも今は精神を病んでいるわけで、その人を報道陣が外国まで追いかけていくなんて言うのは、ほとんどいじめだと思う。放っておけばいいのだ。

日本に帰ろうと帰るまいと、相撲に復帰しようと止めようと、どうでもいい。そう思う私は、本当は冷たいのだ。

中島潔の世界展

所沢ミューズに「中島潔の世界展」を見に行く。郷愁を感じさせる児童画を描く画家である。幼くして母を亡くし、再婚した父を許せず上京したという。幼くした母を亡くしたところは、私と共通する。そんな人間は童画を描きたくなるのかなあ。私の水彩画も、近ごろは童画指向だ。

排水管工事

排水管工事、わが家は今日で終わり。トイレは完全に設置され、剥がされた壁も修復されてクロスが貼られた。床もきれいになった。工事のためにトイレの吊り戸棚を外していたが、あとは私がこれを取り付けなければならない。取り付けなんて久しぶりだから、2時間やそこらはかかりそうだ。

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2007年8月29日 (水)

ぼんくら日記

8月29日

「ぼんくら日記」の「ぼんくら日記」。なにも書くことがないので、タイトルのつけようがない。

夏もようやく終わりに近づいたようで、今日の最高気温は30度以下。

世間では、安倍晋三が新内閣を作り、朝青龍がモンゴルに帰国した。あいかわらず、救いのない殺人事件が起きている。安倍さんも、朝青龍も、殺人者も、人間が壊れてる。

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2007年8月28日 (火)

取り付けた鏡の補修

8月27日

排水管の取り替え工事で、今日も家には居られない。トイレが使えない上に、ガンガンと工事の音がうるさいからである。テレビをつけても、工事音で何も聞こえない。本も読めないしパソコンだって無理だ。で、逃げ出すことにする。

先日スペースきずなに鏡を取り付けた。その際、補助に使ったタルキなどにビス穴があいたままだ。カンナを持って行かなかったので、タルキの角の面もとっていない。補修は何も今日でなくても良いのだが、こちらは家を逃げ出す都合があるので、必要な道具を持って出かけた。補修自体は大して時間はかからないのだが、ゆっくりと往復し、リバーサイドのかすみがわ食堂で昼食を取り、帰りには大和の湯による。その他、マルエツなどで食料を買ったりして、夕方帰宅。

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2007年8月27日 (月)

匿名の責任

8月27日

ブログは簡単に匿名にすることが出来る。ぼんくらカエルも匿名日記を書いている。その匿名の度合いだが、初めのうちは完全匿名にして、知っている人が読んでも気がつかないくらいにしようと思った。ところが、これが難しい。無理にそれを通そうとすると、書くことがごく限られてしまう。そのため近ごろは、知っている人ひ読まれたら分かるのはしょうがない、という気持ちで書いている。自分を、とことん隠そうとは思っていない。

インターネットでは、匿名で他人の悪口を言うのが流行っているそうだ。卑怯なものだ。もともと無責任な悪口など言うべきではないが、私などは、ついうっかり言ってしまうこともある。だがそれを、匿名のインターネットに表示するというのは、けしってしてはいけない。べつだん道徳の先生ぶるわけではないけれど、自分の身を隠して、他人を誹謗中傷するのは、もっとも卑怯な行為である。不特定多数が目にすることの出来る状態で、裏の取れていない噂に便乗したり、気に入らない者を事実に基づかない噂で中傷したりするのは、匿名でやるべき事ではない。そのような行為は言論の自由とは無縁である。そのような意見を発表するようなサイトは、規制があってしかるべきだと思う。

なんだか、真面目になってつまらぬ事を書いているような気がする。だいたい平凡な正論などと言うものは、おおむね退屈なものだ。ただ、匿名には匿名の責任があると思うのである。匿名で悪口を書いて良いのは、公人(たとえば安倍晋三)などでしょうね。それだって、根も葉もないことを書いてはねえ・・・。

こんなことを書くと、自分で恥ずかしくなってくる。当たり前なことを真面目に書くから、恥ずかしいのである。本当はこの辺で、ずっこけてみたいのだが、まあ、止めておきます。

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2007年8月26日 (日)

句集『折鶴』

8月26日

つばさ俳句会の同人青野三重子さんが、句集『折鶴』を出版した。第3句集だそうである。私がつばさに入会したとき、三重子さんはすでに健康を害されて、句会には出られなくなっていた。従って、私は一度もお目にかかったことがない。

「つばさ」誌のために『折鶴』から10句を選するようにと、桑原三郎先生より依頼があり、先日選をして原稿を発送した。私としては心惹かれる句が多く、大いに悩んだ選であった。『折り鶴』の帯に自選10句があり、私の選と重なるものはなかった。私は私の選び方なので、これは仕方がない。

私は父母兄弟を早く失い、少年時代は親戚の家で数年を過ごしている。そのためか、孤独感のにじむ句を多く選んだと思う。三重子さんは、子どもや孫を亡くされているようで、その悲しみが私の胸を打った。

私の選句と、(ブログ上では10句にこだわらない)感想を書き留めておく。

  きさらぎ野いずこで道を違へたる

今の自分が本当の自分でないような、本当の自分は違う自分であるような、そんな気がして周りを見ると、今立っているのはきさらぎの枯野だ・・・

  逝きし子は戻らず消えず風車

逝ってしまった者は戻らない、しかし、残された者はいつまでもそれを忘れることが出来ない。そういえばあの子、風車を持ってはしゃいでいたっけ。

  春の波吾を呼ぶ声遙かより

春の波のように、水平線の彼方から、私を呼ぶ声がする。子の声か孫の声か、幾重にも声が寄せてくる。

  ぶらんこや空は子どもの自由席

ブランコに乗った子供の背中を押した日もあった。あの子は今も、ブランコに乗っているだろうか。この世の空とあの世の空は、どこかでつながっているような気もする。

  だまされて死者になりしよ桜かな

死ぬ人は、誰かにだまされて、ふっとあの世に行ってしまうのだ。あの子も、またあの子も・・・

  タンポポの絮に誘われ旅立ちぬ

  還らねば迷子になります万緑

さあ、早く還っておいで。迷子になりますよ。しかし、迷子になのは私かもしれない。還らなければ・・・

  風鈴を仮の住居に吊りにけり

いずれ逝く仮の世の淋しさに風鈴を吊した。風鈴で淋しさはぬぐえるのか、深まるのか。

  子が一人帰ってきません沙羅の花

沙羅の花よ、子供が一人帰らないのです。どこにいるか知りませんか? あなたは仏にゆかりの花だから、知っているはずでしょう。早く帰るように伝えてください。

  大花野どこもつかまるものなくて

この孤独感。一人で立つしかないのだ。

  行く秋の回転木馬に子がひとり

誰もいない遊園地で、回転木馬が音もなくまわっている。幻の中に、あ、あの子がいる。

  人が来て人を送りて日向ぼこ

日常の日向ぼこ、そして人は生まれ、人は逝く。

  探梅やいたるところに子がをりて

梅の下にも、道にも店にも、いたるところに子供が居る。その中に一人くらい、あの子がいても良いのに、なんでいないのだろう。

                                 

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2007年8月25日 (土)

昨日の続き

8月25日

何が昨日の続きかといえば、配水管工事のことだ。今日もまた5時までトイレが使用できない。工事の音もうるさいので、家を逃げ出すことにした。こんな時は、電車に乗ることにしている。例によって秩父にいく。西武秩父から小鹿野まで行ってみた。このバス路線は、のどかで、美しい風景の中を走る。馬鹿暑くなければ歩きたいのだが、なにぶんにも猛暑だ。バスで小鹿野役場まで行き、地場の農産物売り場を覗いて、あとは帰るだけ。今回もTさんの原稿を持って行ったが、電車の中で添削完了。

明日は工事が休み。明後日再開で、30日までかかる予定。

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2007年8月24日 (金)

配水管の取り替え

8月24日

ぼんくら日記

我がマンションはもう古くなったので、排水のための縦管を取り替えることになった。これは大工事で、1階から9階までの配水管を取り外し、新しいものに替えるのである。縦管だから、フロアーごとに工事をするのではなく、1階から9階まで、たとえば101号室、201号室、301号室という具合に、一桁の数字が同じ号室の工事を同時に行う。そして今日から私の号室になった。トイレを外し、その床板を剥がし、壁も1面だけ取り壊す。工事は9時から5時までで、全部で5日くらいかかるようだ。工事中は9時から午後5時まで、トイレが使えない。そのほか、すべての水回りが使えない日が2日くらいある。住んでいる方もなかなか大変なのだ。

管理人室のトイレ、作業者用の仮設トイレなどは使えるのだが、あまりそんなところに入りたくない。監督に鍵を預けて、適当なところで逃げ出す。今日の午前中は精障者作業所Mに行く。午後は特別養護老人で、こんな時は、ボランティアに行けることがありがたい。

つばさ、9月例会への投句。『つばさ』誌140号への出句。『つばさ』誌へ、青野三重子著、句集『折鶴』からの10句撰。

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2007年8月23日 (木)

無題

8月23日

今日一日、猛暑の中休み。とは言っても、30℃は超えている。

ボランティアグループの定例会。

午後、狭山ケアセンターのボランティア。

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2007年8月22日 (水)

熱中症

8月22日

近ごろ新聞に、熱中症という言葉を見ない日はない。これまでの高気温記録を塗り替えた猛暑日、狭山にも熱中症による死者があった。今日は、どこかの動物園で、レッサーパンダが熱中症で死んだというニュースがあった。

多分20歳前後だったと思うが、私は友達と、そのうち停電で人が死んじゃうなんていう時代が来るよ、などと冗談を言い合った。クーラーなどが出始めて、それに慣れてしまったら、気温の変化に対する抵抗力がなくなって、人が死んだりするだろうと、それこそ笑い話としていったのである。今では。笑い話ではなくなってしまった。こんな時代が来るとへ思わなかった。

昔でも、熱中症の死者は居たのだろうと思う。ただそんな人は少なかっただろうし、若い私たちには、そんなことがあるだろうという想像力もなかった。その頃とでは、クーラーの普及は比べものにならないし、人々の気温の変化に対する抵抗力も、確実に落ちていると思う。しかし、なによりも、気温自体が考えられないほど高くなった。毎日連続の猛暑日だ。

歳のせいもあって、日中など、立っているだけでも汗だくになって疲れる。のどを潤すため、ビールなども余分に飲む。猛暑日や熱帯夜は、アルコール依存症を加速させる。

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2007年8月21日 (火)

鏡の取り付け

8月21日

こぶし福祉会(狭山市の精神障害者支援法人)の生活支援センター「S、きずな」の壁に、180センチ×90センチの鏡を取り付けてくれという依頼があり、今日、出かける。前の打ち合わせでは、壁のコンセントを隠しても良いと言うことだったのに、今日になってコンセントを生かしてくれという。こういうのは、打ち合わせと違うことをいわれると、作業内容ががらりと変わったりするのだ。道具も使う材料も変わる。

リバサイドの食堂(かすみがわ食堂)で昼食を取り、Mさんの車で不足する材料を買いに行き、Oさんの車で道具を取りに帰る。それでも、4時過ぎに作業は終わる。Oさんに送って貰って帰る。

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2007年8月20日 (月)

無題

8月20日

精障者作業所M。茄子の収穫。店内模様替え。

T氏訪問。

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2007年8月19日 (日)

つばさ夏季俳句大会

8月19日

今日は俳句の日なんだそうですね。8.19をハ、イ、ク、と読むのです。なるほどね。

とにかくその俳句の日に、つばさ夏季俳句大会。私はその裏方をやる。もちろん自分も出句しているが、成績の方は例年通りぱっとしない。

じつは、狭山山楽会の定例日でもあった。こちらは欠席。俳句大会は5時に終わったので、山から帰ったなかまが、狭山市駅付近で納涼会みたいなことをやっているだろうと思ったが、場所が分からない。道徳の教科書よろしく、ご帰還遊ばした次第です。

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2007年8月18日 (土)

ウシガエル

8月18日

昨日までの暑さが嘘のように、いきなり涼しい1日。ただし明日からは、また暑くなるのだそうだ。

久しぶりに智光山公園まで散歩。昨日までの猛暑では、散歩などする気にはなれないが、30℃を下回るような天気ならば、散歩をして、汗ばむのも良い。それにしても、智光山公園には、残り鴨が多い。餌などがよほど多いのだろう。おそらくは100羽前後が1年中智光山にいる。鴉はいつもいるが、白鷺、カワセミなどもよく見られる。姿は見せないが、ウシガエル(食用カエル)が何匹かいるらしく、鈍い鳴き声を上げる。

ウシガエルと言えば少年時代のある日を思い出す。私は国民学校の2年生であった。荒川の河川敷、俗に日の丸プールと呼ばれていた足立区の湿地帯で遊んでいたとき、一人の大人が走ってきて、「今ここに食用蛙がいただろう? どっちへ行った」と真剣な顔で聞いた。われわれが「知らない」と答えると、舌打ちをして走っていった。食い物に目の色を変える時代だった。

朝青龍問題

先のブログで朝青龍問題を取り上げたところ、「シカゴ発 映画の精神医学」からトラックバックがあり、精神障害についてもやらせの疑いがありとのことである。そうかも知れない。専門家の意見であり、私などの甘あまの判断とは違うようだ。精神障害までやらせだとしたら、私の判断は根底から崩れる。協会派遣の医師による判断の「ストレス障害」は、一応事実なのだろう。「シカゴ発・・・」も、その点は認めているようだ。

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2007年8月17日 (金)

当たり前の一日

8月17日

つばさ(俳句結社)の夏季大会準備。選句の集計など、社協で。

彩の会(水彩画グループ)に遅れて出席。鉛筆で下書きがしてあったので、子どもシリーズの兄妹が、草原で虫取りをしている水彩画、1時間弱で仕上げる。

サマージャンボの宝くじが、1万円当たる。私は、かってこんなことはなかった。くじ運は最低のはずだったのに、去年の終わりあたりから、少し違うのだ。なんやかやで、細かな当たりが時々ある。1万円でくじ運がいくらか良くなったと思うのも変だけれど、これまでがあまりに悪すぎたからね。人並みのくじ運になったと言うことかなあ。細かな当たりではなく、大当たりしたいなあ。

タレントのインリン、意外なことに真面目にものを考える人で、今日、ホームページを見てびっくり。安倍晋三批判、きちんと筋が通っている。自民党の人が見たら、左翼的と思うだろうけれど。

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2007年8月16日 (木)

とにかく暑い

8月16日

とにもかくにも暑い。この1週間、ボランティアも夏休みで、何もやることがない。それもまた暑さを感じさせる。

Tさんの仮刷りの本を持って、電車に乗る。行き先があるわけではない。暑くて家にいられないから電車に乗るのだ。稲荷山公園駅から、西武秩父行きの切符を買う。駅下のコンビニでビールとおつまみを買って入場。電車に乗り、やおら、仮刷りの本を開き、赤ペンで、添削やら感想やらを書き込む。Tさんの文章も、初めのころに比べれば上手くなったとはいうものの、正直なところまだまだである。

電車に揺られながら、ビールを飲み、読み、書き、ついついまわりの景色を見損なう。いつも見る景色とはいうものの、沿線の風景も楽しみの一つだ。

そんな具合で西武秩父駅に着き、秩父市内を散歩する。とは言っても暑くてたまらないので、30分くらいで切り上げて、帰りの電車だ。要するに、電車に乗るのが目的なのである。乗っている間は涼しい。

帰りも、赤ペンで書き込み。いつものように秩父の地酒の小瓶を買い、紙コップを一つもらって、ちびりちびりとやりながらだ。なんといっても、これが一番の楽しみだ。

狭山市で、熱中症の死者があったとのニュースあり。熊谷で40.9℃。日本の観測史上で最高を記録。これまでは山形の40.8℃が最高だった。山形の記録は、フェーン現象による特異な記録だったが、今回の熊谷の記録は、自然な日常の中で、でるべくして出たような気がする。地球温暖化で、この暑さが当たり前になってしまったのだ。

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2007年8月15日 (水)

戦争は絶対悪

8月15日

小泉前総理は靖国参拝。安倍総理は参拝せず。

小泉さんは意地を通したんでしょうかね。安倍さんは、本当は参拝したいんでしょう。普段の言動で判断する限り、あの人右翼だからね。戦後レジームからの脱却とか言っているけど、憲法を変えたいんでしょう。その変えたい部分が9条なんだよね。それでいて長崎の原爆忌では、平和憲法を守るだなんて、よく言えるなあ。原爆症の認定基準を見直すとか言って、、その2,3日あとに、国は原爆症認定裁判の1審の判決を不服として控訴した。あの人、その場限りのことを言ってるんですね。

小泉さんにしろ安倍さんにしろ、戦争を知らない世代の指導者である。これからは。そういう世代の指導者しか出てこないわけだから、あの敗戦前後の厭戦気分を、どうやって伝えたらいいのだろうか。

年寄りは戦争を忘れ、若者は戦争を知らない。この国は、気分次第で、右にでも左にでも動いていく。せめて、戦争は嫌だという気分だけでも伝わればいいのに、それがおぼつかない。正義の戦争なんてないのだと言うことを、せめて分かって欲しい。

正義の名において、人間はいかに残酷なことをしてきたか、歴史を見るがいい。しかも、戦争の正義ほど、怪しげなものはない。人は正義感に駆られて悪をなすのだ。ブッシュもアルカイダも、正義のつもりだやっている。それでどれだけの人が死んでいるか、これからも死に続けるか、考えてみるがいい。東条もヒットラーも正義のつもりだったのだ。あるいは、東条やヒットラーはそうでなかったとしても、それを支えた人たちは、正義のつもりだったのだ。

戦争の指導者やそれに追随する人たちは、司令室にこもって、将棋の駒を動かすようにして作戦を立てる。鉄砲を担いで前線にやられる方は、たまったものではない。戦争は、絶対悪である。

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2007年8月14日 (火)

再び朝青龍問題

8月14日

べつだん朝青龍にそれほど興味があるわけではないが、他に書くこともないので、もう一度取り上げる。

問題は二つあって、一つは朝青龍の骨折が仮病だったかどうかだ。もう一つは、現在のストレス症候群(?)の方だ。

骨折をしたというのにモンゴルで元気にサッカーをしていたのだから、仮病の可能性はある。しかし断定は出来ない。仮病であれ仮病でなかったのであれ、あれだけ元気に走れるならば、巡業にだって行けたはずで、その点は罰せられてもやむを得ない。2場所休業だろうが、相撲界追放だろうが、相撲協会の規則に従って処分すればよい。私が解せないのは、謹慎というやつだ。自宅と病院と以外に行ってはいけないなんて言うのは、どんなものだろうか。相撲協会は、そんなに人の自由を縛る権利があるのだろうか。

もう一つはストレスによる精神的な問題である。そんな制裁くらいで大横綱が精神病になってはいけないと言ったところで、なってしまったらしょうがない。これを治すしかないのだ。放っておいても治る病気ならばどうでも良いけれど、そうでないならば、朝青龍にとって治りやすい環境をつくってやらなければならない。謹慎などは解くことだ。死刑囚だって、病気になると入院させる。直してから処刑するというのも変な制度だと思うけれど、朝青龍の場合は、別に刑法上の罪を犯したわけではない。仮病(?)を使って、巡業をさぼった罰は罰として、今はストレス病を直すべきである。自殺されたり、後遺症が残ったりしてはいけない。

私がどうにもなじめないのは、声だかに批判する人たちである。そのような人は、ずる休みなんかしたことがないのかな。そんなに立派な行動をしているのですかねえ。私なんか、ずいぶんずる休みもしたよ。嘘やずる休みにペナルティーはあってよい。しかし、ケチョンケチョンに罵るのは、生涯ずる休みをしなかった人しかできないはずだ。

ぼんくら日記

お盆で、徳正寺のお坊さんが来る。例年通り、二人だけで、仏前で祈る。

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2007年8月13日 (月)

福島の桃

8月13日

長女の連れ合いが桃を一箱送ってくれた。福島の桃である。桃は大好きである。感謝。

婿殿の祖母の新盆だという。そういえばそうだった。一度しか会ったことはないが、頭のいい人だと思った。

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2007年8月12日 (日)

8月は・・・

8月という月は、われわれの年代以上の者にとっては、どうしても、戦争とか核兵器とかについて考える月になってしまう。

8月15日を「終戦記念日」と言うが、まずこの言葉にごまかしがある。「終戦」ではない。「敗戦」なのだ。「終戦」という言い方には、戦後すぐ出てきたけれど、日本は戦争に負けたのではなくて、戦争が自然に終わったようなひびきがある。日本人の誇りとして、戦争が自然に終わったと思いたいかもしれないが、現実には日本が負けたのだと言うことを、誰も否定できない。

人間は気分で考えるし、自分の気分に合う考えを受け入れる、というのは、私の持論である。だからこそ、気分を離れた冷たい現実を、しっかりと見なければならない。理性も、気分に惹かれるものではあるけれども、正しく者を判断するためには、現実を否定してはいけない。沖縄の集団自決も、韓国人の従軍慰安婦問題も、確かにあった。日本軍のせいではないというのは、気分が言わせている言葉だと私は思う。自分の同胞が、そんなことを強制したとは思いたくない、という気分だ。

戦時中、第371部隊というのがあって、中国で細菌の研究を行い、人体実験もしたようである。かなりの数の中国人が、その実験に使われて、非人道的な殺され方をしているようだ。今は証拠も出てきており、今日のテレビの報道番組でも、それを取り上げていた。細菌の研究と人体実験は、軍の上層部の容認のもとで行っていたようだ。私が青年と言われるような歳になってから、内緒話のような形で、旧日本軍が細菌の研究のため、人体実験などもしたらしい、とささやく人がいた。規模こそ違え、ナチスのアウシュビッツのようなことを、日本もしたのである。

そのような事実も、認めなくてはならない。日本人が日本人の残酷さを暴いてどうする、と言う考えもあるが、やはりそれは正しくない。事実を隠蔽することからは、何も生まれない。日本人だけが残酷なのではない。人間の持つ残酷さなのだ。他の国々も、そのような残酷さを持っていることは、歴史を勉強すれば分かることだ。

戦争は、人を狂気にする。私は、多くの人が一定の方向に走るとき、その現象を危険だと思う。戦後の日本でも、何度かそんなことがあった。われわれは何かに熱狂しがちなのである。その熱狂がナショナリズムと結びついたりしたら、危険なことこの上はない。これからの日本に、その危険がないと安心は出来ないのである。

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2007年8月11日 (土)

暑いなあ

8月11日

とにかく暑い。夏と言っても、昔はこんなに暑くなかったと思う。歳をとったので、暑さに対する抵抗力が落ちているせいもあるだろう。

わが家のエアコンはきわめて効きが悪いので、日中はつけてもあまり意味がない。窓を開けて、扇風機で過ごす。幸いマンションの中階なので(9階建ての4階)、割に風が入る。

とは言っても、このところの暑さでは、家から逃げ出したくなる。私でも、読むべき本や書類がある。自分の本を持ってでは、図書館には行きにくい。喫茶店でも、そう長居は出来ない。

そんなとき、とる方法が2つある。一つは、書類を持って、電車に乗ること。私が利用するのは西武線。稲荷山公園駅から、西武秩父まで乗って、秩父市で酒を買い、それを飲みながら帰ってくると言うもの。すいている昼の電車に揺られながら、本を読み、まわりの景色を見、酒を飲む。なかなか快適である。しかしながら、これは結構金がかかるのだ。稲荷山公園駅までバスを乗り継いで340円。暑い盛りでなければ健康のため、片道約50分、歩いても良いのだが、この暑さではそれも嫌だ。稲荷山公園駅から西武秩父までは450円。片道790円、往復で1580円である。それに酒とおつまみ、行くときの清涼飲料水と言うことになれば、3000円くらいはすぐかかる。おまけに昼飯でも食おうとすれば、私のとってはトホホの金額になってしまう。だから、そう気軽には出来ない。

もう一つの方法は、近くの「大和の湯」に行くことだ。今流行の、街中に出来た温泉である。これは会員になっていれば、普段は600円、日曜祭日は650円で入れる。いくつかの風呂があって、サウナも広いし、私はたいそう気に入っている。出てからの生ビールが楽しみでもある。私はここの休憩所兼食堂のようなところで、ビールを飲みながら本を読むのが好きである。ビールが終われば冷酒である。風呂に入って、ビールと酒を飲んでも1410円で、こちらの方が安い。とはいうものの、こちらだって、暇のある日にいつもこられるほど、私の懐具合は豊かではない。週に1回くらいがやっとだ。

クーラーがよく効くならば、自宅でも良いのだけれど、これが全く駄目なのだ。本当は電気代がかかるので、なるべく使わないようにしている。それでも夜は寝苦しいので、この4,5日はかけている。九時ごろクーラーを入れると、たいてい30度の表示がでる。それからなかなか下がらないで。1時間くらいたって29度になり、明け方までかかって28度だ。めったなことで27度までは下がらない。それでもつけないよりは涼しい。電気代を気にしながら、今夜も効かないクーラーをつけて寝よう。

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2007年8月10日 (金)

ぼんくら俳句

8月10日

ぼんくらカエルの夏の俳句をご披露いたします。

  用もなき嘘言いし日の暑さかな     ぼんくらカエル

  夏を病む女の笑顔透き通る

  不揃いの向日葵並ぶ校舎裏

  万緑は暗し重たし雲厚し

  明鴉かしましきかな旅の宿

  衛兵の瞳も動かざる炎暑かな

  大の字に寝て汗くさき畳かな

  草いきれ自転車錆びて捨てられて

  空襲の記憶の色の葉鶏頭

  金魚にも動かざる日のある如く

  炎天の舗道に卒塔婆担ぎ行く

  動くもの絶えて真夏の昼下がり

  胃カメラのしびれの残る茄子かな

  街に出て会いたい人もない暑さ

  ひたぶるに汗吹く日なり何食わむ

  キャンプの火あちこち痒くなってくる

暑いのばかり並べちゃった。気がついたら、切れ字の「や」を使った句が一つもない。単なる偶然です。

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2007年8月 9日 (木)

朝起きて顔を洗って・・・

9月9日

たまには、小学1年始の作文のように、「朝起きて、顔を洗って、学校に行きました」というような書き方をしてみよう。

起床は7時。現役時代より1時間以上遅い。今日は7時だったけれど、日によっては8時過ぎることもある。

9時半、迎えに来てくれたHさんの車で社協へ行く。われわれのボランティアグループの定例会である。

11時半、Kさんの車でかすみがわ食堂(精障者授産施設の食堂)へ。天丼を注文。

同じくKさんの車で社協に戻り、こんどはSさんの車で老人介護施設Sへ行く。施設を大きくし、ベッド数を100ほど増やしたSが、この15日から、新しい利用者を受け入れる。施設長のTさんに案内してもらいながらその新しい施設の見学。

精障者小規模作業所Mに寄贈するもの数点を持って行く。本当の用事は、精障者生活支援センター、スペースきずなのちょっとした営繕の仕事を頼まれていて、そのために必要な道具を取りに行くためだった。

自宅に帰ると、車イスのTさんが来て、書いたものを見てくれという。また1冊分書き上げたらしい。作品の良し悪しもさることながら、そのエネルギーには驚かされる。図書館へ行って(Tさんの車で)、しばらく話す。清酒八海山をいただく。

まずはこんな1日でした。

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2007年8月 8日 (水)

立秋

8月8日

暦の上では、今日は立秋なのだそうだ。俳句では、今日からは残暑と書くことになる。一番暑いときに残暑だなんて、どうにもそぐわない。朝晩の風や空気に秋を感じるのだそうだ。俳人というのは変な人種である。暑い盛りは夏で、涼しくなったら秋、涼しい季節なのに残る厚さを残暑というのが筋だと私は思う。今は午後10時半だが、暑いばかりで、秋の気配など感じない。今日から秋だと感じる俳人は、私みたいな人間を、感性の鈍い奴として否定するのかな。

とにかく暑い。わが家のクーラーは効きが悪いから、めったにつけない。つけても扇風機が離せない。俳句の秋ではない、本当の秋が待ち遠しい。

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2007年8月 7日 (火)

朝青龍

8月7日

朝青龍が骨折などを理由として巡業を休んだのに、モンゴルでサッカーをしてい事が分かり、相撲協会は大もめだ。朝青龍は2場所の出場停止、自宅と稽古場と病院へ行く以外の行動を禁じる謹慎、と言う激しい制裁を科した。ために、朝青龍は鬱状態になったという。

本場所の出場停止はやむを得ないとして、座敷牢的な自宅謹慎というのはどうだろうか。朝青龍のわがまま、横綱としての品位に欠けるというのは、そんなものかと思わぬでもない。しかし、身近に接したこともなく、テレビの映像や新聞の報道などで知るだけの人だから、本当のところは分からない。たとえそうだとしても、個人の自由をそこまで制限しても良いとは思えない。

新聞やテレビの報道に依れば、本人は鬱状態だという。耐える精神力は、あまり強くないのかもしれない。鬱で怖いのは自殺である。甘いと言われるかもしれないが、医師の判断が鬱になると言うのであれば、そうならないように配慮すべきである。実際の所、自殺などしないかもしれないけれど、命に係わることで綱引きをしてはいけない。甘いと言われようと、モンゴルに帰ることくらいは認めるべきだと私は思う。

少し前に、赤ちゃんポストの是非について、二つの意見があった。反対派の主張は、そんなことを認めたら、安易に子どもを捨てる無責任な親が増える、と言う、至極もっともな意見だ。是認する意見は、現実に子どもを虐待したり殺したりする親がいるのだから、赤ちゃんポストもやむを得ないというものだ。私は、是認する方の意見であった。これも甘い意見である。しかし、正しい筋はどうであれ、現実は現実。救える命は救わなければならない。

朝青龍についても理由は同じだ。べつだん彼を好きなわけではないのだけれど、自殺するかも知れないような環境に追いやってはならない。制裁は受けなければならないが、命に関わることは別である。

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2007年8月 6日 (月)

核兵器

8月6日

62年前の今日、広島に原爆が投下された。非戦闘員が大量に殺された悲惨な歴史の日。戦争は絶対悪であり、核兵器はさらなる悪である。

私はいつも思う。人類にとって核兵器は不要である。それなのに、国にとって核兵器が必要だという理屈、絶対にどこかおかしい。どうしても核兵器が必要だという国があるならば、その国は、人類にとっては必要のない国だ。

人間が燃えて、人の形で灰になっている写真を見て、われわれは何が言えるだろうか。写真ではなく、実際にそれを見、被爆者として人生を過ごしている人の訴えに、耳を傾けることのない政治家は、本当に人類の未来に責任を持てる政治家なのか。核兵器は政治家のおもちゃではない。核兵器を戦争抑止力として持つ、などというのは、凶器を持ったやくざが、丸腰の市民に、喧嘩をするなと言っているようなものだ。こわもてをしたいのなら、政治家を辞めて、ギャングかやくざになるがよかろう。核兵器よりは無難だ。

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2007年8月 5日 (日)

配水管工事説明会 他

8月5日

私の住むマンションもだいぶ古くなったから、保全するための工事が必要になってくる。現在はじまっているのが、配水管更新工事である。9階建て、82世帯のマンションの、排水の縦管を取り替えるというのだから、大工事である。その工事の説明会があった。各家庭のトイレの壁と床も剥がすのである。トイレが使えない日、流しなどの排水が出来ない日、などという日も出てくる。私の部屋は、8月24日から30日にかけて、工事があるらしい。水が使えなくなるのは、朝9時から夕方の6時までで、その他の時間は平常通り使えるようだ。

新所沢の眼鏡屋に、新しい眼鏡を取りに行く。眼科できちんとで調べてもらった、正しく調整された眼鏡だけれど、高いことは高い。私は安めの物を頼んだのだけれど、それでも5万円ほどする。本を読むには、確かに見やすいけれど、それをかけて外を歩くと、少しふらつく。本や新聞を読むときだけ使うようになるだろう。今は、前の眼鏡をかけてパソコンに向かっている。

だいたい私は、幾つ眼鏡を使っているのだろうか。自分でもよく分からない。トイレにあって、風呂場にあって、電話の前にもあって、居間にあって、パソコンの前にあって、山用のウエストバッグにもある。そしてこんど買った眼鏡・・・そうだ、精神障害者作業施設Mにも一つ置いたある。ほかにもあるような気がするが、だいたいそんなところだ。

次に必要なのは、補聴器だね。やれやれ。

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2007年8月 4日 (土)

昭和20年8月

8月4日

昭和20年8月と言っても、何とも感じない人が、今は多いのだろう。われわれの年代のものにとっては、言わずとしれた、太平洋戦争敗戦の月である。

私事と日本の歴史をごちゃ混ぜにして書けば、この年の8月3日、私の母が亡くなった。そして8月6日は広島忌、8月9日は長崎忌である。広島忌、長崎忌といっても、広島さんや長崎さんが亡くなったと言うのではなく、原爆が落とされた日という事だ。さらに8月15日は日本がポッダム宣言を受け入れた日、つまり敗戦記念日だ。ついでに言えば、この日、私と弟は、母の実家から父の実家に引っ越しをした。

引っ越しと言えば大層なことに思えるが、手荷物と言うほどのものもなく、体が移動したと言うだけだ。父が弟を自転車の荷台に載せて歩き、私はその脇をとぼとぼと歩いた。父も私も弟も、肩から防空頭巾を掛けていた。弟と私は、教科書を大事そうに持っていた。これが持ち物のすべてだ。やがてその教科書のほとんどのページは、墨で黒く塗りつぶされるのである。若い人には、防空頭巾や教科書の墨塗りについての説明がいるのかもしれない。

防空頭巾というのは、鉄かぶと(ヘルメット)の代わりに頭を保護する物で赤頭巾ちゃんの頭巾状の物だ。頭巾には綿を厚く入れていた。戦争中は、一般市民でも、敵機の来襲やらなにやら、身を危険にさらすことが多かった。鉄類は戦争に使うために国中から徴発されていたので、国民は、綿で頭を守ろうとしたのだ。外を歩くときは、何があっても防空頭巾を忘れてはならないのだった。

教科書には、軍国主義に彩られていて、敗戦後もそのままで使い続けるわけにはいかない物だった。と言ってすぐに新しい教科書をつくるわけにもいかず、軍国主義的な部分を墨で塗りつぶしたのである。第一、かりに新しい教科書をつくっても、印刷をする紙がなかっただろう。敗戦時、私は3年生だったが、4年生になって配られた教科書には、表紙もなかった。たとえば国語の教科書は、二段刷りで、右上に「国語」と書かれ、その横に目次があり、下の段から本文がはじまっていた。何ページくらいあったのだろうか? はっきりした記憶はないが30ページはなかったような気がする。

母の実家から父の実家へは、二里くらいの道のりだっただろうか。暑い日だった。

   敗戦日白く乾ける道ありき       ぼんくらカエル

   あえぎつつ我ら歩けり敗戦日

   

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ドメイン名とカテゴリー

8月3日

私のブログのドメイン名はbakkenobikkiで、ローマ字読みで「バッケのビッキ」である。「バッケ」とは私の田舎の方言で「蕗の薹」のこと。「ビッキ」とは蛙のことである。ブログの愛称は「ぼんくらカエル」。私は知らなかったのだけれども「ぼんくら」というのは、元来はばくち用語なのだそうである。壺にさいころを入れて盆の上に振る。その壺の中は見えないから、「盆の中は暗い」と言うことらしい。そこから「うすのろ」とか「ぼんやりしている奴」いうような意味がでたと言うことだ。そんなことに今頃気がつくのは、私が「ぼんくら」な「カエル」だからである。

「バッケのビッキ」の方だが、「ビッキ」は「ヒキガエル」の「ヒキ」であろう。「バッケ」の語源はよく分からない。「バッケのビッキ」で「蕗の薹のカエル」と言うことになるので、このカエルは「アマガエル」になってしまう。「ぼんくらカエル」と言うときの気分は「トノサマガエル」なのだけれど、「蕗の薹」に「トノサマガエル」では、乗れないこともないだろうが、少しばかりカエルが大きすぎる。

「鳥獣戯画」のカエルも、「やせがえる負けるな一茶これにあり」のカエルも、アマガエルでは様にならない。かと言って、ガマガエルでもどうかと思う。ここはやはり「トノサマガエル」でなくてはいけない。私のドメイン名もbakkenobikkiではなくてdotenobikkiつまり「土手のビッキ」がよかったかな、などと思う。

カテゴリーに「ぼんくら日記」を追加する。これまでも本文の中に「ぼんくら日記」の題名を入れていたし、新しいことはないのだけれど、私の書くブログの9割は「ぼんくら日記」でカバーできる。それで新しく追加することにした。

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2007年8月 2日 (木)

木曽御嶽山、他

8月2日

7月29日30日、木曽御嶽山に登る。この間、下界では参議院選があり、(ぼんくらカエルは期日前投票をした)自民党の大敗北などと言う事件があった。この結果は予想できた。「美しい国をづくり」などという中身のない言葉で発足した内閣は、さまざまな不祥事や不手際があり、「何があっても自民党」という人々にもそっぽを向かれた。それでも安倍さんは、トカゲの尻尾を切りながら続投するのだそうですね。「反省すべきは反省し」などと、また中身のない言葉を連ねていますなあ。何をどのように反省するのか言わなくちゃね。

木曽御嶽山

29日木曽御嶽山に登る。山の会恒例の夏季登山。登りは王滝コース。王滝村田の原駐車場まで、マイクロバス。このコース、信仰登山の人が多く利用するようだ。剣が峰下の頂上山荘に泊まる。王滝山頂を過ぎたあたりから、小雨に降られる。高山植物が多かった。ただ、イワギキョウは1度現れただけ。また出てくるだろうと考えて、写真を撮らなかったのが残念。

下山は二ノ池、五ノ池、飛騨山頂を経由して濁川温泉へ。賽の河原付近はお花畑が広がる。ただ、小雨の中なので、美しさは幾分マイナスになってしまう。濁川温泉で下呂市営の露天風呂にはいる。

登山について、昨日は詳しく書いたのだが、保存し損なった。もう、同じように書く気はしない。

墓参

明日が母の命日なので高尾の霊園に墓参。小一日かかってしまう。母の死は敗戦の年だから、もう六〇年以上も前になる。考えてみれば、私は母の倍以上の歳である。もし会うことができたとしたら、変な感じだろうね。

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2007年8月 1日 (水)

無題

8月1日

私のブログとしては、比較的長い記事を書いて、写真を載せようとしたが、なかなかうまくいかず、いろいろ試しタイルうち、記事自体が消えてしまった。それで疲れたので、今日はこれだけ。

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