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2007年6月 6日 (水)

影隠し地蔵縁起 13

6月6日

影隠し地蔵縁起 13 ーー風は見ていた

エピローグ

夏も冬も、春も秋も、強く弱く、風は吹き続ける。四季を重ね、年を重ね、村は発展して、町になっていた。人間は、いつになったら争いをやめるのだろうか。その頃日本は、アメリカと戦争をしていた。

初夏の風が穏やかに吹いて、気持ちよく晴れたある夏の日、少女が一人、村はずれの広場で遊んでいた。

しかし空の彼方から爆音が聞こえてきて、アメリカの爆撃機B29が現れた。B29は、町にあった軍需工場をめがけて飛んできて、沢山の爆弾と焼夷弾を落としていった。軍需工場やその付近かからいくつもの火の手が上がり、火は燃え広がっていった。炎は風を呼び、風は炎を増幅させる。風はまもなく清水八幡の社まで炎を運び、社ははげしく燃え上がった。

あたり一面の火の海の中で、少女は逃げまどい、影隠し地蔵の後ろに身を隠した。影隠し地蔵が、逃げまどうものの身と影を隠してくれることを、少女は知っていた。しかし炎は、影のあるものもないものも、すべてを焼き尽くしていった。地蔵にも火がつき、少女と共に燃え上がった。

「ひどい!なんてひどい!」

どこかで声がします。風の声でしょうか? いえ、慎君が叫んだのかもしれません。気がつくと、慎君は影隠し地蔵の前に立っていました。

何事もなかったかのように、人は歩き、車は走っています。影隠し地蔵は、二瘤川の橋のたもとにあるお地蔵様でした。いつも赤いよだれかけを掛けていて、慎君はこれまで、何度も見たことがあるものでした。

地蔵は町の人々が、戦のあとで建て直したものです。それは今も「影隠し地蔵」と呼ばれています。だが地蔵は、もう誰も隠しません。ただ黙って立っているだけです。

今も風は吹いています。風には喜びも悲しみもありません。風は、ただ吹いています。風は黙ってみています。

慎君は、駅に向かって、のろのろと歩き出しました。

                                              終わり

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