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2007年6月 4日 (月)

影隠し地蔵縁起 11

4月4日

影隠し地蔵縁起 11 ーー風は見ていた

首塚 2

義興を討って安心したのか、まもなくも基氏は二瘤山の御所を閉じ、鎌倉に帰っていった。しかし、基氏が鎌倉へ帰ったあとも、義宗は村に残った。義宗はおときを妻とし、いつの間にか百姓に馴染んでいった。

ある日、そんな義宗の前に、8人の武将が尋ねてきた。武将と言っても、武器を持っているからそう分かるだけで、着ているものは百姓と変わらず、いつ洗濯をしたのか分からないような、薄汚れた衣類である。表情も、いくらか疲れているように見えた。それでも、義宗と会えたことがいくらか誇らしげで、一人が口を切った。

「義宗どの、山岡藤治です。山岡の藤治です」

「なに?藤治?山岡の藤治か」

「はい。山岡の藤治です。お懐かしゅうございます」

山岡藤治は、兄義興に従っていた武将で、義宗も何度か会ったことがある。

「私は真間の参三郎です」

「私は神部与十郎」

「私は……」

「私は……」

八人の武将は、次々に名乗りを上げた。皆、義興の家来である。

「義宗殿がいまだに二瘤村にひそんでいると聞き及び、我ら八人こうして尋ねて参りました」

義興が討たれた後、家来たちはちりじりに逃げ去った。出身地に帰って、ひそかに暮らす者はまだしあわせだった。あるものは身分を偽って、見知らぬ土地で暮らし、またある者は各地を放浪する、乞食となっていた。

山岡藤治もまた、そのような放浪者となっていた。そして放浪中に、義宗がまだ二瘤村に潜んでいるらしいという噂を聞いた。

藤治は、義宗に会いたいと思った。義宗は、もう一度兵を起こすに違いないと思った。その時、自分もその軍団の中にいたいと思った。藤治の胸には、自分はこんな乞食として終わる人間ではない、と言う自負もあった。

義宗が二瘤村に潜んでいるらしいと知ってからの藤治は、、かっての仲間を訪ね歩き、同志を募った。しかし藤治に同調する者は少なく、七人の仲間を集めるのも、容易ではなかったのである。だが、その仲間と共に、今は義宗の前にいる。藤治は、胸の思いを義宗に伝えた。

義宗は困惑した。新田の勢力も、今はちりじりである。世の中は足利に定まってしまった。それを不承不承受け入れ、おときと百姓で暮らそうと思っていた。そこへ藤治立ちが尋ねてきたのである。現在の新田氏には、足利を討つ力がないことを話しても、藤治は納得してくれないのだ。一晩話しあったが、藤治も義宗も、自分の意見を変えなかった。

                                                 続く

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