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2007年6月 5日 (火)

影隠し地蔵縁起 12

6月5日

影隠し地蔵縁起 12 ーー風は見ていた

首塚 3

翌日、義宗とおとき、藤治と七人の仲間は、義興の首塚にお参りをした。そのあと、藤治と参三郎、与十郎の三人は、義宗が引き留めるのも聞かず、立ち去ってしまった。なんとしても百姓になることを潔しとしなかったのである。それ以外の五人は、義宗のもとに残った。

毎朝、おときは首塚の前に置いてあるお椀の水を取り替えに行く。藤治たちが立ち去ったその翌朝、首塚の前でおときが見たものは、藤治たち三人の自決した姿であった。

おときの知らせを聞いて駆けつけた義宗は、ただ呆然と立ちつくした。

「藤治殿は、義宗殿に会うことを楽しみにしておられたが……」

と義宗のもとに残った武将の一人が言った。

「期待を裏切られたというわけか」

絞り出すような声で、義宗が言った。

そして、しばらく無言が続いた。

「藤治たちは、一度立ち去りはしたが、大将無しでは足利と戦えないと思ったのであろう」

誰かが、つぶやくようにいう。

「それで、ここまで帰ってきて、自決したというのか」

「昔の主人の後を追ったのだろう」

五人の武将たちは声をひそめて話す。義宗は、終始無言で立っていた。

藤治たちが自決してからと言うもの、義宗はめっきり無口になり、おときが話しかけても、上の空の返事ばかりが帰ってくる。五人の武将たちも、たまにおときの畑を手伝うことはあっても、おしなべて無口だった。

義宗たちは、義興の首塚のまわりに、三人の墓を作った。そして首塚と、三つの墓へのお参りは毎日欠かさなかった。

義宗と五人の武将たちが、ときどき、何か小声で話しているのを、おときは何度か見た。何か分からないが、嫌な予感がして、おときは胸ふさがる思いだった。

ある時、義宗がおときにいった。

「われわれはこれから北陸へ行く。新田に心を寄せるものを集めて、もう一度兵を挙げる。ここに帰ることはもう無いだろう」

あまりのことに、おときは返す言葉を失った。なぜ? なぜ? と思うのだが、何をどう言えばよいのか分からない。

「嫌だ、いかないで!」

とだけ叫んだ。

その晩義宗は、おときと水杯を交わした。それ以後、義宗は全くものを言わなくなった。おときが話しかけても、怒っても、泣いても、ただ黙っていた。

次の朝、義宗と五人の武将は、無言で水垢離をとった。そして無言で家を出た。義興の首塚と三人の武将の墓に、長い祈りを捧げ、影隠し地蔵と清水八幡に必勝祈願をし、二瘤川を渡って、村を出て行った。

川の向こうに去って行く義宗に向かって、おときは叫んだ。

「畑はどうするだ! ネギはどうするだ! 田んぼはどうするだ!」

吉宗たちは振り向きもしない。

「なんで戦をするだ!なんで、なんで百姓ではいけねえだ!」

おときの叫び声は風に運ばれて川を渡る。その声が聞こえておるのかいないのか、義宗たちは、ただ黙って遠ざかっていく。

春まだ浅い冷たい風が、おときの体に吹き付けていた。

義宗たちのその後のことは、誰も知らない。北陸の戦で死んだと、風は噂に聞いた。

                                       続く

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