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2007年4月26日 (木)

寝言のコンちゃん

4月26日

寝言のコンちゃん

 朝子のお父さんはのっぽです。反対にお母さんはとても小柄です。あれは何歳の時だったでしょう、朝子がお父さんに聞きました。

「ねえ、お母さんはもっと大きくなるの?」

「え? ならないよ」

「だって、まだ小さいじゃない」

「小さくてもならないの。お母さんは大人だもの」

「ふうん」

 朝子が不思議に思ったのも無理はありません。お父さんとお母さんが歩いている時、後ろから見ると、お父さんの肩より下にお母さんの頭があります。

 朝子はお父さんに似たらしく、3年3組の女の子の中では、一番ののっぽです。

「朝子ちゃん、自転車で遊ぼうよ。団地の中をまわろうよ」

 友達の由美ちゃんが、買ってもらったばかりの、ぴかぴかの自転車に乗って、誘いに来ました。

「うん」

 朝子は自転車置き場から、自分の自転車を出してきました。朝子の自転車は、古くて、おまけに小さいのです。何しろ、幼稚園のよきに買ってもらったものですから。

 二人は一緒に、団地中をまわりました。一号公園では、紅葉の赤い色が綺麗でした。二号公園では、ケヤキの葉が散っていました。三号公園には、菊の花が咲いていました。

 由美ちゃんは、新しい自転車ですいすい走ります。、朝子は膝を曲げて、小さい自転車を一生懸命こいでいるのに、なかなか追いつけません。ふうふう息を弾ませながらこぎ続けました。

 その晩、朝子はお母さんにねだりました。

「お母さん、新しい自転車を買ってよ」

「朝子には自分の自転車があるじゃないの」

「だって、小さすぎるもん」

「あんたはどんどん大きくなるから、いま買ってもすぐ小さくなっちゃうわよ。朝子が私の背に追いついたら、大人の自転車を買ってあげる。それまで待ちなさい」

「そんなの嫌だ。なかなか追いつかないもん」

「大丈夫、朝子はすぐに追いつくわ」

 でも、それは無理というものです。いくら朝子が大きくても、いくらお母さんが小さくても、朝子がお母さんに追いつくまでには、まだしばらくはかかります。

 夜、朝子が寝てから、お母さんはお父さんに、朝子に自転車を買ってやるかどうか相談しました。

「それにしても、同じ背の高さになったら買ってやるなんて、おもしろいことを言ったもんだね」

「ええ、そうはいったけれど……確かにあの自転車は小さすぎるのよね」

「そうだね。ミニサイクルだったら、大人用でも朝子は乗れるかもしれないよ」

「そうねえ」

 朝子は気がつきませんでしたが、「自転車を買って」とねだられたとき、お母さんは「買ってやろうかな」と半分くらいは思ったのです。でも、そんなそぶりを少しでも見せたら、朝子は一歩も引き下がらずに、「買って! 買って!」とわめくに決まっています。ですからお母さんは、朝子の前では、そんなことはおくびにも出さなかったのです。それで、朝子が寝てから、お父さんに相談したのです。

 ところが、二人の話を聞いている人がいました。寝言のコンちゃんが窓の外に立っていたのです。

 ねごとのコンちゃんを見た子どもは、誰もいません。どうしてかといえば、コンちゃんは、子どもが寝てからでなければ、けして姿を現さないからです。コンちゃんは子どもが寝ると、風に乗ってやってきて、寝ている子どもの枕元に座り、変な呪文を唱えて、おかしな寝言を言わせるのです。あなたは誰かから、「夜中に寝言を言った」なんていわれたことはありませんか? きっとあるでしょう。その寝言は、コンちゃんが言わせているのです。昨日はのり子ちゃんに、

「わあ、豚の大群だ」

 と言わせました。一昨日は正浩くんに、

「ヘンシーン、ゴリラマン」

 と言わせました。毎晩誰かに、変な寝言を言わせては、けらけら笑っているのです。今夜は朝子ちゃんに、

「すごい! 空飛ぶ金魚だ!」

 と言わせようと思ってやってきたのです。でも、考えが変わりました。寝言は、

「自転車が欲しい、自転車、自転車」

 と言わせることに決めました。朝子のそんな寝言を聞いたら、お母さんは「やっぱり買ってあげよう」と思うに違いないからです。コンちゃんはいたずら者だけれど、本当は子どもの味方です。

 コンちゃんは、音もなく窓から忍び込み、朝子の枕元に座りました。そして呪文を唱えはじめました。

「ナム、ナム、モンモン、トンチンカン」

 もう一度、

「ナム、ナム、モンモン、トンチンカン」

 そしてもう一度、

「ナム、ナム、モンモン、トンチンカン」

 コンちゃんは、あまり一生懸命になりすぎて、少し声が大きくなってしまいました。その声を聞いて、朝子が目を覚ましました。コンちゃんはそれに気づかず、まだ呪文を唱えています。

「ナム、ナム、モンモン、トンチンカン」

 朝子はムックリ起き上がって聞きました。

「あなたは、だあれ」

「ぼく、コンちゃん」

 コンちゃんはびっくりして、そう答えてしまいました。答えてから「しまった!」と思って口を押さえました。でも、もう遅いのです。コンちゃんは、生まれて初めて子どもに見られてしまいました。子どもと話してしまいました。そんなことをすると、これから3年間、呪文が効かなくなるのです。でも、もう仕方がありません。姿を見られてしまったし、話をしてしまったのです。コンちゃんは正直に言いました。

「あのね、ぼくはね、子どもに寝言を言わせる、寝言のコンちゃん。今日は朝子ちゃんに寝言を言わせようと思って、風に乗ってやってきたの」

「ふうん、どんな寝言なの?」

「朝子ちゃんは自転車が欲しいでしょう?」

「うん、欲しい!」

「だからそれを寝言にしたかったの。寝言を言えば、お母さんが買ってくれるかもしれないでしょう」

「そう! それなら寝ようっと。寝なくては寝言が言えないもん。枕元で、ナムナムなんて、変なことを言って起こさないでね」

 朝子は大きな欠伸をすると、ぱたんと横になり、すぐに寝息をたてはじめました。

 コンちゃんは困ってしまいました。呪文が3年間も使えなくなってしまったのです。コンちゃんは肩を落とし、朝子のまぶたをそうっとなでてから、風に乗って、煙のように外に出て行きました。

 

 次の日、朝子がお母さんに言いました。

「昨日変な夢を見たの。コンちゃんって言う子どもが出てきてね………」

 朝子は昨日の出来事を、全部夢だと思っているのです。朝子はコンちゃんとのことを、夢の出来事として、全部お母さんに話しました。

 ところで朝子は、寝言を言い損なったから、自転車を買って貰えなかったでしょうか? いえいえ、きっと買って貰ったに違いありません。だって次の日曜日、朝子の方から由美ちゃんに、

「自転車に乗って遊ぼうよ」

 と誘いに行きましたよ。

 さて、コンちゃんの方はどうでしょう。3年間も呪文が使えなくなったでしょうか? いえいえ、朝子が、全部夢だと思ってしまったので、安心して、今夜は健ちゃんの家に忍び込みました。健ちゃんに、

「おまんじゅうのお茶づけが食べたい」

 と言わせるつもりです。

                                            終わり

 

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