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2007年4月 1日 (日)

稲荷山公園

4月1日(ぼんくら日記)

我が家の辺り、今日はまさにさくらの満開である。

長女一家と稲荷山公園のさくら見物。

稲荷山は、狭山市随一のさくらの名所。樹齢70年くらいというソメイヨシノが、広い園内に咲き競っている。近ごろは他市から見に来る人も多い。県内では長瀞のさくらが有名だが、決して長瀞におとらないだろう。天気はいいし、狭山市駅の地下で花見弁当とビールを買っていく。

稲荷山公園というのは、じつはややっこしいいわれがある。現在多くの人が稲荷山公園といっているのは、実は、かってのハイドパークである。ハイドパークとは、戦後米軍が入間基地を使っていた時、米兵の宿舎のあったところだ。そのハイドパークと隣接するようにして、本来の稲荷山公園があった。今でもこの公園はあり、入り口には、稲荷山公園と彫られた石碑がある。しかし米軍が去り、ハイドパークが市に返されてから、ハイドパークを、稲荷山公園と呼ぶようになった。昔から狭山市に住んでいた人はともかく、私たちのように余所から来た人間は、ハイドパークを稲荷山公園と思ってしまったのである。それでも、市の公園管理課などに訪ねると、稲荷山公園とハイドパークは別の公園だと答えていた。ところが、そう言う市の発行する狭山市の地図でも、ハイドパークを稲荷山公園と表記していたのだから、ややっこしい。現在は、市から県に管理が移って、県立の狭山稲荷山公園である。

昔の稲荷山公園は、今も稲荷山公園で、さくらと、かたくりと、ツツジの名所である。稲荷山公園のかたくり、などと紹介されたりするが、ハイドパークの方の稲荷山公園で探しても、見つけることは出来ない。昔からの稲荷山公園は小さくて、そんなところに公園があるとは知らない人も多い。

長女もかっては狭山市の人だったわけだが、今日私が連れて行くまでは、昔からの稲荷山公園は知らなかったようだ。現在の稲荷山公園で花見の後、昔からの稲荷山公園を案内する。そして稲荷山公園駅でみんなを見送る。

実は今日、妻の命日なのである。長女一家は帰らなければならなかったので、墓参りをしていない。妻の葬儀の日も、さくらが満開だった。

   願わずに花の下にて妻は逝き

帰宅して、地元のの集会所へ。OさんAさんに会う。環境防犯部の副部長というのを引き受けることになる。

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