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2007年3月30日 (金)

地区の役員

3月30日(ぼんくら日記)

我が家の近くのさくらは、今日あたりから満開になった木が多い。今年はよほど早いかと思ったが、3月に入って寒い日が続いたので、それほどではない。

今日したことを順番に書けば、

O歯科で歯肉の手入れ。

食料品の買い出し。

特養Sでボランティア。

地区の役員を4月の総会で終わるので、次期の人に引き渡すため、書類の整理。実はこれが1番大変。私は整理能力がないから、何でもかんでも、一つの箱に入れていた。これを分類し、引き継ぐべきもの、捨てるものを決める。

来月の生活費を銀行から卸すはずだったが、行きそびれた。もっとも、食料品もカードが多いし、たいがいの支払いも銀行引き落としだから、手持ちは小遣い程度だ。

そのほかの時間は、ボーとしてテレビを見る。数独をやる。少しだけ本を読む。これから飲む。

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2007年3月29日 (木)

ボランティア懇談会。

3月29日(ぼんくら日記)

いくつかのボランティアをやっていれば、年に何回かは、スタッフとの「懇談会」などというものがある。今日はM作業所での「ボランティア懇談会」。ボランティア5名。スタッフ3名。

発足当時は、Mのスタッフ、係わるボランティア、通ってくるメンバーの全員を知っていた。しかし今は、私は月曜日しか行かず、その後の出入りもあって、メンバーの中には、知らない人も増えた。スタッフは最近は2名だったが、今週から3名になったらしい。Hさん。外見からまだ学校を出たばかりだろうと思ったのに、もう小学2年の子どもがいるのだとか。

懇談会は特にテーマを決めたものではなく、M固有の問題を少し交えた程度の雑談。Mが開所して7年、わずかとはいえ社会に出て安定的に仕事をしている人が何人かいる。作業所に通うことで・メンバーさんに少しでもよい習慣、よい環境が出来ればいいのだが・・・まあ、少しは役に立っているでしょう。

Y荘で入浴。ロビーで缶ジュースでも飲もうとしたら、社協のお偉いさん達(Oさん、Yさん)などが来ていて、Y荘のスタッフ一同直立して、Oさんの訓辞を聞いている。自動販売機が訓示しているすぐ後ろにあるので、買いにくくて、私はそのまま帰ってしまった。

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2007年3月28日 (水)

蕨山

3月28日(ぼんくら日記)

1月か2月に、ほとんど同じコースを歩いているのだが、名郷から、蕨山、藤棚山経由で河又へ抜けるコースを歩く。

Kさん、Aさん、Hさん、Sさんと私。山も麓も、花の美しい季節。辛夷、白木蓮、紫木蓮、などが盛りだ。梅などもまだ咲いている。そして気の早いさくら、ツツジも散見される。天気はいいし、時間はたっぷりあって、ゆっくり歩けるしで、それなりに楽しい山行。山のベテランSさんに言わせると、山半分、おしゃべり半分、ということになる。

軽い山行でも、それなりに疲れる。健康にはいいのだろう。

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植木等

3月27日(ぼんくら日記)

27日夜、ブログを開こうとしたら「メンテナンス中です、しばらくお待ち下さい」とのメッセージ。28日には山へ行く予定があったので、早く寝なければならず、日記はお預け。したがって、この日記は28日に書いている。

植木等が亡くなった。先に青島幸男が亡くなっている。俗な感想だが、一つの時代が終わる。植木等も青島幸男も、私よりは年上だが、何となく同世代という感覚がある。次は俺たちだな、時代は移るのだなあ、という感慨。

先日、山の会の総会後のカラオケで、私は「スーダラ節」を歌った。植木等のスーダラ節は、一世を風靡した歌だった。

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2007年3月26日 (月)

糸鋸機械

3月26日(ぼんくら日記)

精障者作業所Mに、市内の道具屋Kさんが糸鋸機械、ドリルスタンドなど届けてくれた。これで来週から、木のおもちゃを作れるようになった。なるべくはただの材料を使いたいのだが、さしあたって、少しは板などを買わなければならない。

作業所で借りている畑に、メンバーさん達とジャガイモを植えていたが、一株だけ、今日やっと芽を出した。

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2007年3月25日 (日)

本と哲学について

3月25日(ぼんくら日記)

駅ビルの書店に月刊「俳句」を買いに行く。いつもそうなのだが、本屋に行くと、つい余分な本も買ってしまう。今日も、予定外の本を2冊ばかり買った。そのうちの1冊は「イラストで分かるやさしい哲学」という本である。

若い頃、私は本に飢えていた。中学を出て、就職して、給料は親に渡して、そこから月に300円の小遣いをもらっていた。その頃、筑摩書房から「現代日本文学全集」が発行された。これが20日ごとの発行で、定価は350円であった。

第1回配本は芥川龍之介、第2回は島崎藤村だったと思う。あるいは逆だったか。とにかく小遣いを貯めて、2回目までは買えたが、後が続かなかった。それから何十年も後になって、古本屋でその全集の「森鴎外」が100円で売られていたのを見た時には、ショックだった。あの全集が100円で売られている! それが許せなかった。そのとき、鴎外を読もうと思っていたわけではないが、ついその本を買ってしまった。

そんな経験もあって、本屋によると、つい余分な本を買ってしまう。若い頃は、普通の単行本や新書なら、1日で読んでしまう勢いもあったが、今はそうはいかない。ましてこの頃は「数独」などというパズルに凝っていて、読書の時間が極端に減っている。買った本を全部読めるわけではないから、いわゆる「積ん読」になる。本は溜まる一方だ。

数年前、大学講師している友人の「本は本棚1つ分だけにして、後は目をつむって捨てる。調べものはインターネットでする」という言葉に影響を受けて、私も本を整理することにした。これに2年ほどかかった。訪ねてきた友人に「まるで図書館みたいだ」と言われた部屋の本棚は、がら空きになった。それなのに、積んでおくだけの本が、また増えてきているのである。

私は義務教育卒業程度だから、専門などはなくて、何でも読んだ。広く、浅くである。哲学に関する本を最初に読んだのは、中学3年の夏休みだ。

戦争中、私たち一家は父母の郷里、秋田に疎開した。母はそこで亡くなり、父とは音信不通になった。足かけ7年、私と弟は親戚の家で過ごしたのである。中学3年の時、父がひょっこりやってきて、私たちを東京に連れてきた。

その夏休み、私にはまだ友達が無くて、仕方なく本を読んで過ごしたのである。それがなんと、岩波文庫の多分上下2冊だったと思うが「世界哲学史」とか言うような本だった。

今だって、そんな本の内容を理解は出来ないだろう。まして中学3年の私には、ちんぷんかんぷんである。それでも私は、「哲学史」のノートを取りながら読んだ。

分からないことを分からないまま読んで、何の得るところもなかったかと言えば、案外そうでもない。その後、何かの本を読んでいる時でも、「これはスコラ哲学の頃の考え方だ」とか、「この人はこの辺に位置する人だ」とか思えるようになった。若い時は、背伸びしてでも読んでおくものだ。

今日買った「イラストでわかるやさしい哲学」は、哲学史としても読める本のようだ。数独ばかりやっている場合ではない。

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2007年3月24日 (土)

血液型

3月24日(ぼんくら日記)

血液型占いというものがある。私の身の回りでは、この人が、と思う人まで血液型による性格判断を信じていたりして、がっかりさせられる。

私はA型だが、A型は几帳面なのだそうだ。笑っちゃうね。

私の整理下手は大変なものだ。文章を書くことをさほど苦にしないところから、たとえば何かの会合で書記を命じられたりする。ところが、これほど私の苦手なことはない。自分にわかるようになら書けても、きれいな字で、要領よく書くなどということは至難の業だ。

書類やパンフレットを分類して取っておくことができない。ごちゃごちゃとあちこちに置いて、そのうち紛失してしまう。部屋のサイドボードの上は、本やノート、目薬や耳かき、鉛筆やはさみ、ティシュペーパーやメンソレータム、手紙や写真、広告や財布やカメラ、その他のもので山になっている。なるべく床の上にまでは置かないように注意しているけれど、たまには、本や雑誌や3日分ほどの新聞が置きっぱなしにしてしまう。ときどき、えいやっと覚悟を決めて整理をするが、次の日の夕方には、サイドボードの上は、絵の具やスケッチブック、拡大鏡やハンドクリーム、軍手や帽子、その他のガラクタでいっぱいになる。

約束の日時は間違える。メモをするのを忘れる。メモをしても、読むのを忘れる。読んでもメモの記入が間違っていたりする。

動いている車にぶつかったことはないが、止まっている車には何回かぶつかった。電信柱にぶつかったことも1度や2度ではない。私があまりのボケ振りに、学校時代の成績を聞いた人がいた。

こんな人間のどこが几帳面なのだろうか?血液型で性格診断などできないという例である。

大体人間というものは、たいていの人は、ある程度の几帳面さやずぼらさ、繊細さや図太さ、思いやりや自己中心など、矛盾する性格を併せ持っている。血液型による性格といわれるものは、誰にでも当てはまりそうなことなのである。何でこんなに血液型による性格判断を信ずる人が多いのか、不思議である。

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2007年3月23日 (金)

水彩画

_p1010011 3月23日(ぼんくら日記)

とにかく、さまざまなことで疲れた。中でも、ブログに水彩画を載せることで疲れた。思うように行かないが、もういい。いやになったので、今日はおしまい。

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2007年3月22日 (木)

総会、他

3月22日(ぼんくら日記)

ボランティアグループの総会。狭山市の誇る智光山公園で行う。暖かかったので、花はないけれど花見気分。定例会と総会を終え、S施設で作るお弁当を食べ、談笑する。その後サイボク(埼玉牧場)へ移動。野菜を買ったりアイスクリームを食べたりして解散。

時間があったので、市の休養施設(というのかな?)寿荘にいく。始めていったのだが、3時50分についたら、風呂は4時までだという。急いで風呂にはいる。烏の行水だ。しかし、市内の高齢者は入浴料0円だ。ここは家からも近いし、暇な時は来ても良いなと思った。碁、将棋をしたり、休憩したり出来るようだ。

驚いたことに、車椅子の I さんのご主人がここの掃除をしている。職員に、私のことをマジシャンなどといって紹介する。少しは手慰みの手品をやるけれど、こんな紹介のされ方は初めてだ。

夜、その I さんと同じ車椅子グループのHさんから、会についての悩みの電話。人はみな悩み事を持っているのである。グループもまた悩みを持っている。

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2007年3月21日 (水)

軟弱派

3月21日(ぼんくら日記)

暑さ寒さも彼岸までというが、今年は暖冬で、春の彼岸の頃になって寒くなってしまった。これでは逆である。今日彼岸の中日。寒い中でも、東京はさくらの開花宣言が出た。ただ、今日は、昨日までよりは暖かさが戻ってきた。明日からはもう少し暖かくなるそうだ。そうでなければ困る。明日は野外で、私の属するボランティアグループの総会がある。

今日は、全くフリー。洗濯をして、買い物を済ませると、何もすることがない。本当は、こういう時にこそしなければならないことがあるのだが、何事もせっぱ詰まらなければする気が起きないのが私の性癖だ。どうでもいいことはするが、必要なことは後回しである。いつものことだ。

だから今日は散歩をする。散歩だって私は軟弱派で、寒い時はまだする気も起きるが、暑くなったらしない。友人で、夏の盛りにも欠かさず散歩をする人がいるが、私には考えられない。どうでもいいことをやるにも、軟弱にやる。

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2007年3月20日 (火)

糸鋸

3月20日(ぼんくら日記)

木工で使うノコギリにはさまざまな種類があって、細いものでは、まわし切鋸、糸鋸などがある。回し切りというのは普通のノコギリの柄(といっても細身ではある)に、細い鋸がついているもので、文字通り板を曲線に挽く時に使う。糸鋸というのはさらに細くて、鋸の刃の先端と基の部分をつなぐ弓形の弦がついている。洋弓をうんと寸詰まりにして、弦の部分に歯があるような鋸である。(鋸の刃は、全体を言う場合は「刃」だろうし、ギザギザの1枚1枚を言う時は「歯」であろう。それにしても、どう使うか迷う)。もちろんこれも、曲線挽きに向いている。この糸鋸には電動機械もあって、実際には、ほとんど機械が使われる。小学校の工作などで使われることも多い。

精障者作業所Mで、その糸鋸機械を買うことになった。昨日、Mのスタッフと共に近くのホームセンターへ行ったのだが、その応対をしてくれた店員が、どうも要領を得ない。もともとホームセンターの木工器具売り場の店員は、専門的知識に欠ける場合が多い。素人に毛の生えた程度の知識でもやれる。種類が多いのだから、やむを得ないとも言えるのだが・・・。それにしても昨日の店員はひどかったので、そこで取り寄せてもらう気にもならず、私たちは引き返した。私は気がつかなかったのだが、同行したMのスタッフによれば、その店員の腰の下に、研修中というと書かれたカードが貼られていたという。さもありなん。

今日、Mの人たちは川越見学に出かけていたのだが、私は道具屋のKに行った。インターネットで調べた範囲では、狭山市内でそのような機械を扱っている店は3つしかないようだった。大規模な店もあったのだが、私はあえて個人商店を選んだ。これから何かの用事で訪ねたりした時に、行くたびに違う店員に応対されるのは嫌だからだ。

何はともあれ、Kで卓上糸鋸、その他こまごました道具を取り寄せてもらうことにする。

夜、山の会の総会。これから1年間、会長を引き受けることになる。

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2007年3月19日 (月)

歯について

3月19日(ぼんくら日記)

タイトルは、単に「歯」だけでよかったのだが、何となく「について」などと付け加えた。そこにべつだん意味があるわけではない。

今、歯医者に通っている。半年に1度くらい、歯肉の手入れや歯石を取ってもらっている。

私はときどき、歯並びをほめられる。もし私の顔に誇れる部品があるとしたら、歯並びくらいのものだ。しかしその歯並びも、前歯だけのことで、奥の方は、虫歯の手入れをしたものが多い。そのうち1本は完全に抜けてしまって、インプラントとか言う方法で差し込んである。その歯の後ろ、左側1番奥の歯が、少しぐらつきだしたらしい。まだ抜くほどではないらしいが、多分そのうちいかれる。

80歳で20本、自前の歯を持つのが理想だそうだけれども、私がそこまで生きられたとして、20本残せるかどうか。

1生の中で、歯を意識し出すのはいつ頃だろうか。多くの人にとって、乳歯から永久歯に生え替わる時ではないかと思う。古い歯を抜くのはやはり痛い。私の歯は抜けにくくて、抜けて欲しい歯を、人差し指と親指でつまんで、ぐらぐらと前後に揺すったり、木綿糸に結わえてひっぱたりした。それでものけないうちに、新しい歯が生えそうになり、歯科医で抜いてもらった記憶もある。

そう言えば、今インプラントになっている奥歯を抜いた時、こんなに太い神経はほとんど見ない、と歯科医に言われた。本物の神経も、繊細な方がいいのだろうか。私のは太いそうだから、鈍感なのは、頭ばかりではないらしい。

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2007年3月18日 (日)

不眠症

3月18日(ぼんくら日記)

昨夜というか今朝というか、1時半に目がさめて、それから寝られなくなってしまった。こんなことは全く珍しい。若い頃は不眠症だったが、今は、バタン、キューで寝てしまう方だ。

仕方がないので、テレビを観たり、「数独(1から9までの数字を升目に埋めていくパズル)」をして過ごす。下半身を布団に入れたまま、上半身はガウンを纏っていたのだが、このところの寒さで、背中が冷えてくる。布団に潜ったり出たり、寒いのを我慢して、冷凍庫から小豆アイスを出して食べたりして、時を過ごす。5時頃になって少し寝たかもしれない。つけっぱなしのテレビを、所々憶えていたりするから、寝たような記憶も無いが、うつらうつらしていたのだろう。はっきりと起きて布団から出たのは、8時くらいである。

習慣的に酒を飲むようになったのは、若い頃の不眠症からだが、不眠症を治すのには、酒よりも有効な方法がある。眠ろうと思わなければいいのだ。

不眠症で死んだ人はいない。人間はどんなに頑張っても、眠らずに、起き続けることは出来ない。誰かに強制的に眠りを妨げられているのでない限り、人間は、必要な分は寝るのである。戦争中の兵隊は、歩きながらでも寝たという。そんなときは、膝がガクッと来て目がさめるのだそうだ。

だから、眠れない時は、起きていようと覚悟を決めることだ。眠れなければ、起きていられる時間が増えて、得ではないか。本を読むのもいい。テレビを観るのもいい。隣近所の迷惑にならないことを、好きなようにやればいいのである。私は不眠症を、このような方法で治した。睡眠剤や酒よりも、眠ろうと努力することをやめる方が、不眠症対策として有効である。

不眠症諸君、眠る努力をやめたまえ。起きていればいいのだ。少々眠くても、頑張って起きていたまえ。そうすれば、きっと君の不眠症は治る。

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2007年3月17日 (土)

辛夷と白木蓮

3月17日(ぼんくら日記)

来週の火曜日まで寒い日が続くそうだ。暖冬になれていたので、寒さが応える。

辛夷の花は、まだ満開。白木蓮も咲いている。

実は、辛夷と白木蓮の違いがよく分からない。何となく、こちらは辛夷、こちらは白木蓮と思うのだが、どこが違うのか説明せよと言われたら、返答に困る。

知人、友人に聞いても、はっきり分かる人はいない。たいていは、花の大きさで答える。大きい方が白木蓮で、小さいのが辛夷だという。ところが私の持っている植物図鑑では、辛夷の花の大きさを6-10センチといい、白木蓮の花の大きさを7-8センチという。とすれば、白木蓮の方が大きいとはいいきれないのだ。

このように、私にとっては、どちらがどちらなのか判別しがたい花や植物は多い。

たとえば、ツツジとサツキの違いが、分かりそうで分からない。ショウブとアヤメとカキツバタ、というのも分かりにくい。こういうのは、説明を聞けばそのときは分かるのだが、すぐ忘れてしまう。そんなことに興味を持ったのは歳をとってからのことで、若い時には興味が薄かった。若い時に憶えたものは忘れないが、歳をとってからのものは駄目だ。

花ではないが、分かりにくい木というのはまだある。シラカバとダケガンバなどだ。ダケカンバの方が標高の高いところに育つし、大木になることも多いように思う。木の姿も違うような気がするが、指さして、これはどっちだ、と聞かれたら、分からない。

スギとマツとヒノキの違いは分かる。しかし、ヒノキとサワラの違いとなったらお手上げだ。葉に違いがあるらしく、なんどか聞いたが、例によって忘れてしまった。製材されて柱や板になっていれば分かるけれども、これはかっての職業のせいだ。しかし、立ち木の状態では、全く分からない。

大和の湯へ行く。

I さんから中学同期会の案内状。C組のS さんから同窓会への誘いの電話。S さんによれば、中学の時から私は優しかったのだそうである。

精障者授産施設 Rに、ある仕事の提案をしていたのだが、理事長から返事、検討してみる、と。

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2007年3月16日 (金)

如月、弥生

3月16日(ぼんくら日記)

旧暦ならば、今は多分2月だろう。如月のはずである。着るものを重ねて着るという意味もあると聞いた。暖冬、暖冬、とは言うが、ここへ来て寒い日が続いている。東京では、今朝、みぞれが少し降ったとかで、初雪だそうだ。狭山あたりでは降ったのかどうだか、少なくとも私は気がつかなかった。

私が子どもの頃、さくらは入学式の頃の花だった。今は、どちらかといえば卒業式の頃の花になっている。弥生3月春1番、というのは旧暦だが、今は太陽暦の3月に花が咲く。春1番も旧暦の弥生まで待つことはない。

地球温暖化を何とかしなければと、いろいろ言われるけれど、結局のところ人間は易きに流れる。私が酒をやめられない(やめようと思わない)のと同じで、行き着くところまで行って、手遅れになってから「しまった!」と思うのが、お定まりのコースだ。

人間もいつかは滅びるのだけれど、宇宙の法則に従って、これ以上生き延びられないと言うところまで生き延びるかと言えば、どうもそうは思えない。多分、人間は、自分のせいで滅びる。今のところ、核兵器と環境破壊が、その鍵を握っている。この先、それよりももっと強烈な鍵が出てくるかもしれない。

人間は、自分で思っているほど理性的な生物ではない。人間の行動は、感情が支配している。論理的に、冷静に判断しているつもりでも、たいていは、自分が得たいと思う結論を得ようとする。自分が得たい結論に合わせるように考える。ブッシュ大統領だって、自分は正しいと考えているのだ。実は、私も自分は正しいと考えている。あぶない! あぶない!

特養老人ホームSへ行く。話し相手、など。

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2007年3月15日 (木)

自分の目で見る

3月15日(ぼんくら日記)

暖冬といっていたが、この1週間ばかりは寒い日が続いている。辛夷の花は、満開になるとすぐ散ってしまうのに、家から見える大樹の辛夷は、寒さのせいで、もう5-6日も満開を保っている。

暖冬のせいで、さくらの開花が早いと予想されていた。その予報に訂正が入った。気象庁で、パソコンに打ち込むデーターを間違えたのだそうだ。開花が早いには違いないのだが、最初の気象庁の予報ほどではないらしい。

私の属するボランティアグループでは、毎年4月に総会を行う。天気さえよければ、総会は市内の公園で行うのが恒例だ。総会の後で、日頃のボランティアを忘れ、花吹雪など浴びながら、弁当を食べたり、酒を飲んだりするのである。今年はさくらが早いと言うことなので、前倒しして、3月の22日に予定していた。でも、早すぎたようだ。

気象庁の開花予想は、以前は人間の目で見て判断していたという。今は予算が減って、いちいち気象庁の人が、さくらの下まで見には行かないそうだ。各地から送られてくるデーターをパソコンに入力して判断するらしい。気象予報士の森田さんによれば、実際に見にいっていれば、どんなデーターが送られてこようとも、こんな間違いはしないということだ。納得。実際に靖国神社へ行ってさくらのつぼみを見てきた森田さんによれば、新しい気象庁の予報より、さらに遅れるだろうという。

近ごろは何でも、体を使おうとしないで、頭の中だけで済むような仕事をし、それで分かったような話をする人が多くなった。本当の現場を知らないのである。素手で畑の土を掴んだことのないような農業評論家がいたりする時代だ。柳沢大臣にしろ安倍総理にしろ、庶民の生活を知らない。現場感覚がない。

○、老人介護施設Kへ行く。話し相手、手品、紙切り、配膳の手伝い。

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2007年3月14日 (水)

Tさん、Yさん、Hさん

3月14日(ぼんくら日記)

車椅子のTさんと、Yさんが立ち上げた高齢者のデイサービスの施設を訪ねる。高齢になって、大病をしたYさんは、「これからはやりたいことをやる」と、立ち上げたものだ。なかなか綺麗な作りで、入居者には快適な施設に思えた。

Tさんは社協の今後のあり方についての意見を求められているようで、Yさんに相談していた。なによりも、モチベーションの強さを、Yさんは言う。

その後、防衛医大病院にHさんを見舞う。TさんとHさんは、いつもそうだが、お互いに悪口を言い合って、笑いあう。Hさんは医師や病院の悪口を言うが、大腸癌手術後の経過は良好なようである。退院したら、快気祝いをやろう、旅行に行こうなどとみんなで話す。

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2007年3月13日 (火)

卓球台

3月13日(ぼんくら日記)

ボランティアや遊びやら、いろいろ用事が続いて11日間、何かしら用事があった。今日明日は空いているはずだったのだが、また用事ができた。精障者の生活支援センターS・Kの卓球台が壊れたので直せるかどうか見て欲しいというのである。簡単な道具を持って出かけた。しかし結果は無駄足だった。

卓球台の甲板は、厚手のベニヤでできているだろうと思っていたのに、なんと12ミリのパーチだった。パーチというのはおがくずを接着剤で固めて板にしたもので、安物の家具やらなにやら、さまざまなところに使われている。出はじめたのは50年以上も前で、当時はホモゲンホルツと言っていた。

パーチは湿気には弱いし(水を吸うと膨らんでしまう)ビスなどの効きも悪い。木やベニヤ(これも木だ)と違って、組織がすぐに壊れる。刃物も傷むので、職人は本当は使いたがらない。それでも使われるのは、値段が安いからだ。近ごろでは畳の芯に使われることもあるらしい。畳の芯は普通は藁で作られるのだが、パーチで作れば虫やダニには強い。その代わり、畳を踏んだ感触が硬く、藁のようなクッション感覚がない。

そのパーチを卓球台の甲板に使っていた。それも、足は折りたたみ式の卓球台だ。金具の足をビスで止めている。そのビスも10ミリくらいの短いものだ(12ミリのパーチだから長くはできない)から、強い衝撃に絶えられるわけがない。卓球をする時は、台にぶつかったりすることも、当然多いはずだ。だいたい、12ミリ程度のパーチを甲板にして、卓球台の足を短いビスで止めるなどという仕事は、良心的なものとは思えない。

その足の付け根が緩くなって、直しに行ったのだが、ビスで止めるだけではしょせん駄目だ。戸の丁番が緩んだりした時は、ビスを抜いてその穴に接着剤をつけた木を打ち込み、あらためてびすを揉み込む。しかしパーチではビスのまわりの組織が広く崩れてしまって、ビス穴にきを揉み込むこと自体が無理だった。厚さが12ミリのパーチでは、埋木をするわけにも行かない。そんなことで無駄足を踏んでしまった。

授産施設RでOさんに会う。手を骨折したと言うことで、包帯が痛々しい。

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2007年3月12日 (月)

風邪について

3月12日(ぼんくら日記)

昔、寄席に行くと「今世間では、風邪をお引きになっている方が多いですね。私もとうとう風邪をひきました。馬鹿は風邪をひかないと申します。私はひきました。皆さんはどうですか?」といって笑わせる落語家がいた。

私はこの1-2年、とんと風邪をひかない。昨日、菜畑山の頂上で昼食中その話をしたら、Hさんが言った。「とうとうぼんくらカエルさんにもやってきましたね」なんのことかと思ったら、認知症のことだった。なるほど「認知症は風邪をひかない」というわけだ。

精障者作業所M、精障者生活支援センターKへ行く。Mでは畑へ。ジャガイモの芽はまだ出ていなかった。

夜、孫から電話。春休みにやってくるとのこと。

パソコンのプリンターの調子が悪い。パソコン関係では、年中何かしら問題ありだ。

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2007年3月11日 (日)

今倉山、菜畑山

3月11日(ぼんくら日記)

山行。

コース

道坂トンネル入り口~今倉山~唐沢尾根~水喰ノ頭~菜畑山~曙橋。菜畑山はなぜか「ナハタケウラ」と読む。 

所要時間4時間30分。

駅前集合6時。トンネル入り口まではマイクロバス。

登り初めは雨。午後には晴れるという予報を頼りに、みんなレインコートを着用して登る。1行16名。登り口でやはりマイクロバスの他のパーティーを見かけたが、山の中ではあわなかった。登り始めてすぐ、御正体山の分岐があるので、そちらへ行ったのだろう。

雨の中滑りやすい道を急登する。今倉山頂上あたりで、雨は小降りになり、水喰ノ頭辺りで完全に上がる。昼食は菜畑山。雪の富士が見えたが、残念ながら、雲に隠れて、全容を見せたのはほんの一瞬。

今倉山、唐沢尾根辺りでは、雲海が見渡せて、晴天の時とはまた違った良さがあった。菜畑山での昼食時は、天気予報に反した風も吹かず、昼寝でもしたくなるような快適さ。尾根道は唐松林が多く、途中から晴れたこともあって、楽しい山行であった。

コース中、他の登山者には誰にも会わなかったが、こんなことは普通はない。朝雨が降っていたために、山行を諦めた人が多かったのだろう。

5時には狭山市につく。Nさん、Yさんと食事。

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2007年3月10日 (土)

山行はどうなる?

3月10日

私もこれで、趣味などで遊びほうけるのは大好きだ。昨日は水彩画、今日は俳句、明日は山の予定で、なかなか忙しい。

しかし明日は雨の予報。うーん参った。マイクロバスを仕立て、同行17名の大部隊だ。今さらバスのキャンセルもできず、天気によってはどこかへ観光旅行ということになろうか。道志山塊の山を縦走する予定であった。道志村には村営の温泉があると聞いている。そんな温泉にはいるのもよかろう。温泉に入って、お酒を飲んで帰るというのも、それはそれで楽しい。

いずれにしても、明日は4時起きである。駅前から6時出発。朝食を取って、腹の調子を整え、余裕を持って出かけるとなると、4時頃には起きなくてはならない。仕事を離れて10年近くなるから、朝はゆっくり起きる習慣が付いている。山の時だけは、否応なく早起きをしなくてはならない。それだけがちょっと辛い。

近所の辛夷は、まだ咲いている。このところ寒くなったので、持ちこたえているようだ。近くの交番脇の、毎年早咲きのさくらは、2-3日前から咲いている。

プリンターの調子がおかしい。インクが切れたので代えたら、どこの扱いが悪かったのか、正常に働かなくなった。自分で直せるかどうか、また解説書などを読まなければならない。あんなもの読みたくはないんですよね。カタカナばかり多いし。

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2007年3月 9日 (金)

春の水辺

3月9日(ぼんくら日記)

Mizutani10010 画像処理が上手くできないので、私の絵をブログに載せると、こんなに乱れてしまう。本当は傑作なのだ(嘘つき!)。

月2回、公民館で水彩画を描いている。今日はその水彩画の日であった。そしてこれは今日の絵である。本物はF6の大きさ。今日からしばらくのあいだ、こども2人と犬を描き入れることにした。童画風の絵を描けたらと思っている。しかし、もう少しまともにブログに載せられなくては、締まりませんね。

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2007年3月 8日 (木)

へび

3月8日(ぼんくら日記)

一昨日(3月6日)は啓蟄だった。このころ冬眠から醒めて、地中から虫がはい出すのだそうである。24節気の1つらしいのだが、俳句を始めるまで、こんな言葉は知らなかった。

本当にこの日を中心にして虫がはい出すかどうかは知らないが、昔は、妙に蒸し暑い日を「虫が湧くような陽気だ」といった。昔は、本当に地中や水中から虫が湧くと考えた人もいただろう。

虫というのは不快なものが多いけれども、これも我らの仲間で、地球から無くなればいいというものではない。農薬やら、土地や水の利用方法のせいであきらかに減っている。

先日テレビで知ったのだが、蛙にも絶滅を心配される種が幾つもあるそうだ。ぼんくらカエルとしては、身内の死はただごとではない。コンクリートで護岸された水路、農薬は蛙の大敵である。蛙の餌となる虫も減っているのだから、私の仲間も、生き延びるのが難しい。

山歩きは私の趣味の1つである。何年も前から気づいていることではあるが、山に入っても、蛇を見ることが本当に少なくなった。昔ならば、郊外の林や農道を歩けば、当たり前のように蛇が見られた。農家ならば、家の梁の上にアオダイショウが住みついていたりしたものだ。

子どもの頃、牛小屋の前で友達と話していた時、どさりと目の前に落ちてきたものがあった。見ると、アオダイショウがネズミに巻き付いていた。私たちはその蛇がネズミをのみこむのを見た。囓って呑み込むのではなく、大きな口を開けて、丸ごと呑み込むのだった。裸足で畑を耕していた時、気がつかずに蛇を踏んでしまったこともあった。気持ちの悪い存在ではあるが、蛇は身近にいる動物だった。

私は蛇は嫌いだけれど、夏に藪山に入っても、めったに蛇にあわないというのは異常であると思う。ぼんくらカエルとしては、考えるのもおぞましいが、蛙は蛇の好物である。蛙ばかりでなくねずみなどの小動物も減っているのだろう。虫が減って、小動物が減って、蛇も減ったということだ。

去年だったか一昨年だったか、ある人が山に入って、大きな蛇を見て、びっくりしたという投書が新聞に掲載されていた。投書子は、そのときはびっくりしてそのまま帰ってしまったが、警察に届ければよかった、と結んでいた。私はあほらしくなった。ニシキヘビでもいたというならともかく、単に大きな蛇が山にいたというだけで、警察に届けるも無いものだ。おそらく、大きなアオダイショウがいたというようなことだろう。山に蛇が入るのは当たり前のことなのだが、近ごろは当たり前ではなくなっている。だからこんな投書をする人がいるし、その投書を載せる新聞もある。環境破壊が進んでいる証拠で、その方が怖い。

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2007年3月 7日 (水)

鍋の後のカレーライス

妻に死別して8年、ずっと一人暮らしだ。そんな人間はたいがいそうなのだけれど、食事は自炊である。戦争中の育ちなので、食べ物については、十分な量があればいいという考えで、味のことはあまりとやかく言わない。もっとも、戦後60年を過ぎているのだから、われわれの年代でも、味にうるさい人が増えている。まあしかし、私などは、あれが食えない、これが食えないと言うことはない。

同級生の小学校の先生が、学校のイベントなどでお母さん方が食事を作る時、「今のお母さんたちは、『これをみんなが食べてくれるかしら』、『これ、おいしいかしら』という。私たちの時は『これでたりるかしら』と言っていたのに」といっていたのは、もう40年くらいも前のことだ。そう言っていた彼女も、とうの昔に先生を辞めて、今では孫の面倒を見ている。

そんなわけで、自炊はしているけれど、料理に対する情熱はあまりない。とはいうものの、不味いよりは旨い方がよい。元来本を買い込む癖と相まって、『一人暮らしのレシピ』といったたぐいの本を何冊か持っている。インターネットからヒントを得る時もある。

いずれにしても、簡単レシピでなければ駄目だ。1つの料理を作るのに、鍋を2つも使うようなものは、土台やる気が起きない。暇な時に何時間も掛けて、などというのも嫌だ。手の込んだ料理などは作りたくもない。それでも旨いものの方がいいというのだから、努力はしないで、棚ぼた式の幸運を願うようなものだ。

てんぷらや、揚げ物は作らない。そんなもの、自分一人のために作ってはいられない。食べたい時は、スーパーで出来合いを買ってくる。少し不味いけれどもやむを得ない。

初めのころはカレーライスをよく作った。しかし、まもなくそれもやめた。1回分ずつ作るというのもやっかいで、たいがい4食分くらい作った。そして残り3回分は小分けにして冷凍した。但しジャガイモを冷凍すると不味くなってしまうので、ジャガイモ抜きのカレーになる。それが淋しいし、カレーばかり続けて食べるのも侘びしい。一人用のレシピの本で、「4回分を作ってのこりは冷凍する」というのがあった。冗談ではない。そんなことは私でもやっている。それが一人用のレシピだなどとは何事だ。本代を返せといいたくなる。そんなこんなで、いつの間にか「3分間待つのだぞ」的なレトルトカレーでまにあわせるようになった。これも結構旨い。

話は変わるが、近ごろ話題のブログ「きっこの日記」を毎日読んでいる。政治の話、耐震偽造問題など、私などの知らないこと、気づかないことなどが多く取り上げられ、読むのを楽しみにしている。もっとも、パチンコの話題やF1のことは、私には何のことやら分からないので、そんなときは斜め読みだ。

実はその「きっこの日記」で、鍋物のあまり汁でカレーを作ることを知った。やってみると、これが旨い。普通は、鍋物の最後は、おじやかうどんだが、カレーを作ることを知ってからは、必ずこれにする。あまり汁を取っておいて(冷凍してもよい)、これに肉や野菜を加え、カレーにするのである。もともと汁の中には、鍋を作った時の具やだしの味がしみこんでいるので、とびっきり上等のカレーができあがる。それに、1回分ずつ作ることが出来る。1時やめていたカレー作りが復活した。

きっこさんに感謝。

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2007年3月 6日 (火)

辛夷

(ぼんくら日記)

今年は春が早い。だから、花(さくらに限らず)も早い。

我がマンションの近くには、辛夷の庭木を持っている家が多い。その中に大木が2本ある。方角の関係で私の4階の窓から見ると、その2本が連続する2つの山のように重なって見える。辛夷というのは、普段は目立たない木なのに、花の時期になるとひときわ目をひく。まるで普段の鬱憤を晴らすように見事な花をつける。「俺はここにいるぞ」と自己主張をしているようだ。特に大木は、普段との落差が大きい。その辛夷、2-3日前からつぼみが大きくなってきていた。昨日は5分咲きくらい、今日は7-8分咲きだ。明日は間違いなく満開だろう。

ここ数日、暖かい日が続いた。ただ、安定した天気とは言い難く、昨日、今日と強風が吹き荒れた。まだ咲ききっていなかったため、散るようなことはなかったが、満開の後ならたいへんである。おおかた散ってしまうところだ。

皮肉にも、明日は寒いという。辛夷は、さくらにおとらぬほど花期は短い。辛夷の、白い清潔な美しさが好きである。明日は本当の見頃になるはずなのだが、果たしてどうだろうか。穏やかな暖かい日になることを願うばかりだ。

   白ければ画布に溢れる花辛夷     ぼんくらかえる

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2007年3月 5日 (月)

後出しじゃんけん

4月5日(ぼんくら日記)

後出しじゃんけんはずるいのだけれども、これが案外楽しいこともある。

私は某ボランティアグループに属しているけれども、そのグループは、あまり特徴のないグループである。ボランティア先でギターを弾いて歌をうたう人もいるが、その人もけして上手いわけではない。ときどき音を間違えたり、つっかえたりしながらやっている。私は紙切りをしたり、手品をしたりするけれど、どちらもレパートリーは少ないし、ちょっと場を持たせる程度のことしかできない。いつも行く老人ホームでは、私たちは多くの場合ただ話し相手をしているだけである。話し相手といっても、主として聞き役になることだ。精神障害者の施設でも、話し相手と作業所の仕事の手伝いをやる程度のものだ。

ボランテイアグループの中には、何か特別なことをしているところも多い。たとえば点字のグループ、朗読のグループ、コーラスグループ、演芸のグループ等々。私たちのグループには、そんな特長が何もない。だから、老人施設にコーラスグループや演芸グループが来た時は、利用者さんを施設のホールまで誘導するのが仕事になる。車椅子を押したり、手を取って歩いたりするわけだ。イベントが終われば、こんどは部屋まで送るのだ。

私たちの会は、特長がないのが特徴で、それが長く続けられる、割合活発な会として存在できる理由だと思っている。

見出しに後出しじゃんけんと書いたが、書いているうちの中身が変わってしまった。書き直すのも面倒なので、最後に後出しじゃんけんについて書く。

老人施設などでは、後出しじゃんけんをするのが、案外おもしろい。利用者さんとじゃんけんをするのだが、前もって次のように言う。

「じゃんけんをしましょう。皆さんは私が出したのを見てから出してください。そして私に勝ってください。いいですか、後出しでいいですよ。勝ってくださいね」

また、次のようなのもある。

「こんどは、ジャンケンポンで私と一緒に出してくださいね。私はグーを出します。皆さんはグーに勝のを出してくださいね。何がグーにかちますか考えてくださいね。じゃあ始めましょう。私はグーを出しますよ」

こんな調子でしても、私と同じのを出す人が2割くらいはいる。1割くらいは、私に負けてしまう。しかし、みんなに楽しんで貰えるようだ。

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2007年3月 4日 (日)

マンション住まい

3月4日(ぼんくら日記)

私のようなマンション住まいは、鍵一つ掛けるだけで外出できる。近ごろはだいぶ物騒になって、鍵などに気を使わなければならなくなったけれども、私のように取られるものもないような貧乏人には、管理も楽だし、気楽と言えば気楽である。それでも住民ともなれば、それなりの義務はある。

私の住むマンションは自主管理と言うことで、住民が管理組合を作っている。その役員は順番にまわってきて、私はこの4月まで役員である。もうじき終わるわけだが、4月の総会が済んで、役員の引き渡しがすむまでは、それなりの役割がある。また、役員でなくても、玄関、エレベーター、ゴミ置き場、階段、庭などの掃除当番もある。まるっきり何もしないでいいというものでもない。

実は今日、配水管の高圧洗浄があった。これも毎年行わなければ、水漏れなどの事故が起きやすい。洗浄工事がことのほか時間を取って、私は上下水道関係の役員ではないが、とにかく今年の役員ではあるので、1日中マンションから外出できなかった。

そんなわけで、本来であれば車椅子関係のボランティアをやる日であったが、そちらを欠席した。何日も前からその断りを入れていた。しかし夕方、車椅子のTさんから電話があって、なぜ来なかったかと聞かれた。何かもめ事があったということだ。詳細は分からないが、私にいて欲しかったという。いたからどうということもなかっただろうけれども……。気楽だと言っても、何もかもうまく行くとは限らないのだ。

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2007年3月 3日 (土)

車と携帯

3月3日(ぼんくら日記)

「車と携帯」という題を見て、「車に乗って携帯を使うのは危険」などという内容かと思う人がいるかもしれない。残念でした、はずれです。

ある俳人が、「携帯電話」のことを「ケータイ」と書いて俳句にした人に、注意をした。「ケータイとは持ち運べるということです。必ずしも携帯電話の意味ではありませんから、この使い方は間違いです」。うーん、その通りなのだけれど、多分その考えは通らなくなる、というのがそのときの私の感想である。

1945年、日本は戦争に負け、私は秋田の田舎に疎開していた。私はまもなく新制中学に進学。まだ田舎の学校では、英語を教えられる先生がいまなかった。1年生の1学期だけ、英語の先生がいたが、その先生が上京したから、英語の授業はなくなったのである。それでも、2年生の2学期くらいに、新しく英語の先生が赴任してきた。なぜかその先生は、いつでも教科書を2冊持ってくる。ある時、先生が教科書を忘れて教室を出て行ったので、その教科書を開いてみると、1冊は「あんちょこ」なのであった。

「あんちょこ」というのを知っているだろうか。当時あった、教科書に沿った参考書である。英語のあんちょこの場合、教科書と同じ英語が書いてあって、英語にはかなが振られているのだ。そして、その下には日本語訳がある。先生はそのあんちょこを見ながら教えていのだった。

そんな状態で英語を習ったが、たしかその先生が言ったと思う。「自動車は『モーターカー』というのだけれども、アメリカでは、単に『カー』といえば自動車のことになる。つまり、『車』と言うだけで『自動車』の意味になる」。

私は不思議だった。車とは円盤状で転がるものである。大八車もあれば糸車も、歯車もある。その他いろいろな車があるのに、自動車の意味になるなんて、と納得がいかなかった。しかしまもなく、日本でも「車」と言えば「自動車」を意味するようになった。昨日の日記に「さくら」と「花」の関係を書いたが、それと同じようなものだ。

私の言いたいことはもうおわかりでしょう。携帯電話が出始めた頃は、ケータイだけでは電話の意味にはならなかった。しかし今では、ケータイといえば携帯電話のことといってもいいと思われる。「ケータイ」は「携帯電話と違う」といった俳句の先生も、「車」は「自動車ではない」とは言わないと思う。

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2007年3月 2日 (金)

3月2日(ぼんくら日記)

万葉集では、花といえば梅のことだそうだ。花といえばさくらを指すようになったのは平安時代だそうである。

実をいえば、数年前に俳句を始めるまで、「花」だけで「さくら」を意味することがあるなどとは知らなかった。そういえば、滝廉太郎作曲の「花」で歌われているのも「さくら」だなあ。俳句に限らず、花はさくらなのかな。「花見」というが、「桜見」とはいわないし……

子どもの頃は、風流を解さなかったから、特別さくらが好きということもなかった。今だって風流は解さないけれど、さくらは好きである。もっとも、酒無くてなんで己がさくらかな、の気分がなきにしもあらずだ。

さくらを好きになったきっかけは二十歳ごろで、奥多摩のハイキングに行った時である。川べりのさくらが、水面すれすれにまで枝をたれて咲いているのを見て、美しいと思った。その後は、どこのさくらでも美しいと思うようになった。ソメイヨシノもいいが、山桜もいい。さくらは種類が多すぎて、とても憶えられないが、それぞれ美しい。日本中にさくらがあって、どこへ行っても、有名無名のさくらの名所があるのもいい。自分だけのさくらの名所を持っている人も多いだろう。

今年はことのほかの暖冬で、さくらも早いに違いない。実は2月27日、上野の山で、すでに花を付けている数本のさくらを見た。寒桜と大寒桜という種類らしい。満開であった。

種類によって早い遅いもあるけれど、同じ種類の中でも、早い遅いがある。近くの交番の辺りにさくらの街路樹がある。ソメイヨシノだけれども、この中に1本が、毎年早く咲く。道路際に並んで植えられているのに、日当たりの加減か、風の当たり具合か、とにかく1本だけ数日早く咲く。今年もすでに、つぼみが大きくふくらんでいる。

市内の、某公園には、毎年のように帰り花をつけるさくらもある。それぞれの樹にも、個性ってあるんですね。

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2007年3月 1日 (木)

1日の記録

3月1日(ぼんくら日記)

ボランティアや趣味の集まりその他が無くて、今日1日、家事などをする日。ちなみに、今日やったことを箇条書きにすれば、

① 洗濯

② 銀行で今月分の小遣いと、元金で支払う費用、その他必要な金額を下ろす。

③ O歯科へ行く。昨日食事中に入れ歯が落ちたので、直してもらう。なお、来週か         ら、歯石取りなどのため、しばらく通う予定。

④ S医院へ。毎月1回血圧の薬をもらいに行くのである。

⑤、⑥ 八百屋で買い物。スーパーで買い物。

⑦ ホームセンターで書類入れの箱の買い物。

⑧ Yの湯。サウナで汗を出し、上がって飲むビールの旨さ!

以上のようなものです。読む人はつまらないでしょうね。 

 

 

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