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2007年2月14日 (水)

イモリ玉

2月14日

 私は新聞を、おおむね後ろの方から読む。「おおむね」と書いたのは、「必ず」ではないからだ。後ろから読むといえば、最初はテレビ欄からと取られそうだが、テレビ欄は飛ばす。ただし、テレビは良く眺める。いちいち解説を付けるのもへんだが、テレビを観ると言わず眺めるというのは、ただテレビを付けていると言う意味である。独り者なので、家の中で動くものが何もない。音を出すものもない。それでは淋しすぎるので、テレビを付けるのである。放送しているものなど、何でもいいのだ。テレビのある部屋か、隣の部屋で、私は何かをしているのである。従って、テレビ欄は、まず見ない。

 新聞で私が好きなのは、「コラム」である。新聞には、たくさんのコラムがある。ニュ-スなどは、よほどショッキングなものを除いて、たいていは見出しだけですませる。コラムは、たいてい読む。それも後ろからだ。なぜだといわれても、答えようがない。要するに、そういう習慣なのだ。

 昨日の新聞(毎日新聞、2月13日夕刊)に、永山悦子の署名で「イモリ玉」というコラムがあった。発生生物学者(そういう学問があるのですね)湯浅誠・東大教授によれば、イモリは冬眠するのだそうである。「約1000匹のイモリが、直径25センチほどの球形の『イモリ玉』になって、泳いでいるのだという」。永山悦子でなくても『へー!』である。

 田舎に疎開している頃、私はよく、近くの川やため池で釣りをした。フナやドジョウやタナゴや、運がよければナマズが釣れた。釣りたくないのに釣れるのがイモリだった。食糧難の当時のことだ、フナやドジョウは食べてしまった。だが、イモリを食べようという気にはならなかった。だいたい我が家は、何でも食ってしまう家であった。ネズミも、ゲンゴロウ虫も食った。だがイモリだけは、食おうという発想が起きなかった。

 イモリには独特の臭みがあった。釣りたくないのに釣れてくるのだから、こちらは腹を立てて、イモリの尻尾を持って土の上にたたきつける。ところがイモリというのは、なかなかしぶとくて、簡単には死なないのである。イモリに対しては、そんな嫌な思い出しかない。イモリの方はもっといやだったろうけれど・・・。

 そんなイモリが「イモリ玉」になって泳ぎながら冬眠するなんて、はじめて知った。しかし、私が釣りをしていた沼に、それほど沢山のイモリが居たとも思えない。どこかに集まって、玉になっていたのだろうか。

 冬眠と言えば、天道虫は、日の射す暖かい物陰などで、何千匹か何万匹も集まって冬眠する。私は一度だけ、ハイキング中に、そのような天道虫の集団を見たことがある。普段はそんなに多くの天道虫が集まるということはないのだから、イモリについても同じようなことが言えるのかもしれない。

 湯浅さんによれば「イモリの腹は野生でしか赤くならない」のだそうだ。そういえば、私の釣ったイモリは、みんな腹が赤くて、独特の黒い模様がついていた。

 それにしても「イモリ玉」とはねえ。一度見たいものだ。

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