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2007年1月 5日 (金)

ぼんくら

1月5日(金)

 さて、今日はなにを書きましょうか。こう書き出すと、書くことがなくて考えているようだが、実は、あれこれあるうちのどれを書こうかという迷いです。つまり、考えをまとめないままに、このブログに書き込んでいると言うこと。

 私がパソコンに向かうのは、いつも夜。したたか酒を飲んだ後である。おそらくは遺伝的要因で、私は酒が強い。私の先祖は、代々酒の仕込桶を造る家だった。梯子をかけて登るような大きな桶である。もともと酒とは縁がある。私の祖母は、女ながらに1升酒を飲んだ。父はあまり飲まなかったが、飲めば強かった。

 小学校3年か4年の時だったと思うが、田舎に疎開していた私は、その村のお祭りの時、湯飲み1杯の酒を飲んだ。「今日はお祭りだからいいだろう」と叔父が注いでくれたのである。それを飲み干すと、さすがに少しふらふらした。成人の後、田舎へ行ったとき叔父がいった。「おまえたちの方では、宴会の時、1人あたり4合も出せば大宴会になるだろう。ここらあたりでは、1人あたり1升出さなければ文句が出る」。そんな土地柄である。

 しかし、父の影響があったからかどうか、成人しても私はあまり酒を飲まなかった。ある時、会社の先輩が「おまえも酒くらいはつきあえ。今日はおまえに酒の飲み方を教えてやる」といわれて、共に飲みに行った。その結果は、酔いつぶれた先輩を半ば担ぐようにしながら、家まで送り届けなければならなかった。その先輩、自分の家の近くまで来たら、「待て待て」といって、自分の服装を直し、少ししゃんとして歩き出した。私は何となくしらけた気分になってしまった。

 私が常習的に酒を飲み出したのは、24~5歳の頃と思う。そのころ私は不眠症だった。毎日、睡眠剤が必要だった。いろいろな薬を飲んだが、その中には妊婦が飲むと奇形児が生まれるという、サリドマいド系の薬も飲んだ。あれは副作用のない薬として宣伝されたいたように思う。そんな薬を、規定量の3倍ほど飲むようになっていた。さすがにこれではいけないと考えて、睡眠薬の代わりに酒を飲むことにした。初めの日に4合瓶(720ミリリットル)を買ってきた。これでよいがまわってきたらねようと思ったのだが、気がついたら瓶は空になっていて、まだ私は酔っぱらってはいなかった。つまり私の酒は、訓練して強くなったのではなく、初めから強かったのである。

 酒はワンカップ1つで酔うくらいがちょうどいいと思う。私などは肝臓の心配をしながら飲んでいるようなもので、ばかばかしい限りだ。

 ちょっと話が変わるが、私は70歳までに105回献血をした。そのとき、別の医師に2度ばかり、同じようなことを言われた。「あなたは酒を飲まないのですか?」私は答える。「いいえ、アルコールは何でも飲みますが、日本酒に換算すると、毎晩3合以上は飲んでいます」。医師は驚いて言う「そうですか。それにしては血液に反応が出ていませんね。私よりも綺麗だ」。

 献血の話は自慢みたいなものだ。自慢ついでに言えば、医師に「ずいぶん人を助けましたね」と言われた。「そうでしょうか」と答えると、「助けていますよ」と言うことだった。そういわれると私も単純に嬉しい。健康な体に生んでくれたことを。今頃になって両親に感謝する。

 ついでにもう一つ脱線。私の友人に、脳梗塞で倒れた人がいる。今は健康を取り戻し普通の生活をしているが、その友人が「世の中は不公平だ」という。「私のように普段から生活に気をつけて養生しているのに病気になる人がいる。あなたのように飲みたいだけ飲んでいるのにぴんぴんしている人もいる」というのだ。やはり、丈夫な体に感謝だ。ただし、彼より私の方が先に死ぬだろう。丈夫なようでも、不養生はいずれ現れる。ただ、この年まで飲み続けたので、今さらやめる気がしないだけだ。体に何かの兆候が現れたときには、きっと「しまった」と思うことだろう。

 脱線を続けているうちに、なにを言いたかったのか分からなくなってきた。酒の強さを自慢しただけの文章になっている。ほかに書きたいことがたくさんあったのだが、今さら書き直すのも面倒である。酒の勢いで酒の話を書いたようなもの、この辺でやめる。

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