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2007年1月19日 (金)

ぼんくら日記

1月19日

 この日記を匿名で書いているが、別に匿名でなければならない理由はない。以前、ホームページを作ってすぐやめてしまった時、ほんの少し嫌なことがあった。だから匿名にしてみた。今回は、ぼんくらカエルがブログを開いても、友人知人には一切教えていない。ブログを開く時、下の娘に相談したので、その子にだけは教えた。上の娘にはブログのアドレスなど教えていない。子どもでさえそんな状態だ。

 そんな状態で始めたブログである。読んでくれる人などいるやらどうやら……。それでも開かれたブログなので、一応は不特定多数の読者を想定して書くことになる。その書き方が気になる。

 なんでこんなことを書き出したかと言えば、今日参列したO氏の告別式のことをどう書くか考えたためである。個人用の日記ならば固有名詞を出してもいいのだけれど、ブログではそうもいかない。まして匿名というスタイルを取っているのだから、なおさらである。

 O氏の告別式、私は受付といわれていたが、参列者の記帳所への案内係になった。さまざまな会葬者がいるが、役所関係、親戚以外では、福祉関係の人、ボランティア関係者などが多いのが、いかにもOさんらしい。

 昔々、戦争に負けてまだ間もない頃、議事堂の中で白亜の恋としてマスコミを騒がせたことのあるS.T女史が、通夜にも告別式にも出席した。いつぞやO氏の案内で国会見学をした時、S.T女史に中国との国交回復の裏話を聞いた。白亜の恋の相手は、そのころ外務大臣だったS.S氏である。と書けば、分かる人にとっては、匿名でも何でもなくなってしまう。そのS.S氏、もしこの国交回復が不成功に終わるようなことがあったら、生きて帰らぬつもりだったという。O氏は若い頃、S、T氏の父の家の書生だった。そのため、S.T氏とは兄弟のように育ったと聞いている。

 K福祉会関係者も多く来ていて、広く言えばぼんくらカエルもその一員である。お別れに菊を添える時、どうしても〈あるほどの菊投げ入れよ棺の中〉という漱石の俳句を思い出してしまった。

 Oさんは常に弱者の味方であり、人望のある人だった。

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