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2006年10月 7日 (土)

かまくら伝説 4

かまくら伝説 4

雪のほこら

 戦は勝ったり負けたりのくり返しで、本当の勝負がつかないまま、また冬がやってきた。

 あと2,3日で正月になるという日、大きな戦いがあり、義家の軍は破られてしまった。見方はちりじりになって逃げた。父の道行が道太に言った。

「わしは義家さまのお守りをする。おまえは一人で逃げよ。武士の子ならば、自分の力で逃げのびよ」

 道太は裏山をめざして逃げた。雪に足を取られながら、懸命に走った。どのあたりを走っているときだったか、太ももを濡れた筆でなでられたような感触がして、目の前の雪に流れ矢が突き刺さった。

 なおも道太は夢中で逃げた。いつの間にか、夏の日に、しずと会った裏山のふもとも通りすぎていた。小川はすっかり雪に埋もれている。左足のもものあたりが、こわばってきた。そっと手を当ててみると、着ているものを通して、手のひらに血が付いてくる。さっきの流れ矢でやられたらしい。ただ夢中で走っていたために、怪我に気がつかなかったのである。

「なあに、かすり傷だ」

 道太は自分にそう言い聞かせて、なおも逃げた。

 夜が近くなってくる。どのくらい逃げたのだろうか。道太は疲れ切って、何度も雪の上に倒れ、そのつど起き上がって、のろのろと歩き出すのだった。こんど倒れたら、もう起き上がれそうもない。棒のような足には、雪の冷たさも感じられなくなっている。左ももの傷だけが、まだ生きている証拠のようにうずく。しかしそれも、痛いのか痛くないのか、よく分からなくなった。頭にはもやがかかったようで、何も考えることができない。

「道太さま」

 不意に、誰かの声がする。道太は振り返ったが、誰も見えない。気のせいだ。幻の声を聞いたのだ、と道太は思った。

「道太さま」

 また声が聞こえる。しかし、やはり誰もいないのである。自分は死ぬのかも知れない。だから幻の声が聞こえるのだ、と思った。

「道太さま」

 もう一度声がした。ぼんやりした頭で何も考えられず、ただ声のする方に、道太はのろのろと歩いていった。すると、おぼろげな風景の中に、ぽっかりと黒い穴が見えてきた。どうやら雪のほこららしい。黒い穴は、その入り口だ。道太はその穴に入っていった。ほこらの中は意外に広く、下には厚くわらが敷かれていた。道太はそのわらの上に倒れこみ、深い眠りに落ちていった。

 どれほどの時間がたったのだろうか、太ももの痛さで、道太は目を覚ました。誰かが傷の手当てをしている。どこかで見たことのある少女だ。

「しず・・・しずだね。助けてくれたのか?」

 しずはすき透るほど白い顔をしていた。しずは道太の傷口を洗い、貝殻に入れた薬を塗り、布きれで包帯をした。そして、つぶやくように言った。

「痛いでしょう? 痛いでしょうね・・・私はもっと痛かったの」

 傷の手当てが終わると、しずは一度外へ出て、木の椀を両手で抱えて戻ってきた。そして、黙ってその椀を道太の前に置いた。温かい芋がゆだった。道太はその芋がゆを食べると、再び眠りに落ちていった。

 外の話し声で、道太は目を覚ました。

「こんどの戦いで、義家軍はさんざんやられたらしい。これで戦が終わるといいね」

「いや、終わらないだろう。義家さまはご無事らしい。清原軍も疲れ切っているから、追い打ちをする力はないということだ」

「それではいったい、この戦はどうなるのかね」

「そうさねえ・・・もとはといえば、義家さまが清原氏の内輪もめに手を出したからだが・・・」

「義家さまは、ずっと前に、清原氏に助けてもらったことがあるんだってね」

「そうなんだ。義家さまの父の源頼義(みなもとのよりよし)さまと安倍氏の戦の時、清原氏に助けてもらったんだ。こんどはその清原氏を討とうというのだからね。清原軍では義家さまのことを、恩知らずといっているそうだよ」

「それにしても、こんな戦は早く終わってもらいたいね。われわれ百姓には迷惑なばかりだ」

「全くだ、この前など、敵と間違えられて、殺された娘がいるんだ」

「殺したのは、義家軍かい、それとも清原軍?」

「それは分からない。だけど、どっちにしても私たちには同じことさ」

「まったくだ」

「こんなところで立ち話をしていると、私たちもどちらかの敵と思われるかもしれない。早く帰ろう」

「そうしよう。くわばら、くわばら」

 それっきり外は静かになった。道太はこれまで、義家さまのすることは、何でも正しいと思っていたのである。義家さまを、恩知らずなどという人がいるなどとは、とても考えられないことだった。

 しずがまた芋がゆを持ってきた。芋がゆを食べると不思議に足の痛みがひき、道太は急に元気が出てきた。疲れもすっかり取れている。

「道太さまはもう歩けますね。でも、私は治らなかったの」

「え?しずも怪我をしたのか・・・」

 しずはそれには答えず、顔を伏せた。

「しずは、独り言のように話をして、私の問いには答えないのだね」

 しずは黙って外へ出て行った。しずの後を追って、道太も外へ出た。しかし、もうしずの姿はなかった。外は静かな雪である。近くにしずの家があるはずだと思って見まわしたが、それらしい家はなく、あたり一面、白一色の雪の原である。不思議に思って振り返ると、さっきまで入っていた雪のほこらも消えている。まるで狐につままれたようで、道太はしばらく、ぽかんとしてその場に立ちつくした。

                                                 続く

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