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2006年9月30日 (土)

かまくら伝説 3

かまくら伝説 3

蛍の少女

 いくさはもう何年も続いている。源義家が東北地方の長官として京都からやってきたとき、原島道太は父の道行と共に、義家に従ってきたのである。そのころ8歳だった道太も今は12歳になっていた。いくさは、義家がこの地について、すぐに始まった。道太は、京都のことはもう思い出すこともない。生まれたときから、ずっといくさをしているような気さえする。

 清原家衡軍は強力だった。何年も戦って、義家軍は、家衡の立てこもる沼柵(ぬまのき)を落としたが、家衡は逃れて、金沢柵(かなざわのき)に入っている。義家軍は家衡を追って、雪原を行進した。慎くんがかしの木の下で道太を見かけたのは、そのときのことだ。

 慎くんが道太の心の中に入ってから半年が過ぎ、もう夏である。あいかわらず家衡は、太い柱をすきまなく並べて城のようにした、金沢柵にこもっている。義家軍は、どうしても金沢柵を落とすことができないのだ。

 この何日か、うだるような暑さが続いて、両軍に目立った動きはない。ある夕方、道太は陣の裏山の方へ行ってみた。せせらぎの音をたよりに、夏草をかき分けて進むと、両岸に青草の生い茂った小川にでた。道太は岸に座り、両足を流れに入れて、あおむけに寝ころんだ。

 夕焼けである。あかね色の雲が空一杯に広がっている。雲の色が、見る間に変化していく。夕焼けの輝きを全身に受けながら、道太は目をつむった。まぶたの裏まで、夕焼けの暖かな色が伝わってくるようだ。体の芯まで、夕焼けに染まるような気がする。日中の暑い盛りには静かだった小鳥たちも、しきりにさえずっている。

 見る間に、夕焼けの雲の動きがはげしくなった。あかね色の雲がちぎれて、ちぎれた雲がまたちぎれて、ちぎれて、ちぎれて、小さな綿くずのようになって、赤や紫の色のまま、ふわりふわりと舞い降りてくる。道太の上にも、義家軍の陣の方にも、金沢柵の方にも、赤や、黄や、紫の小さな雲が、たんぽぽの綿毛のようにただよいながら、舞い降りてくる。

「あは、あははは、あっはは」

 嬉しくて仕方がないというような少女の笑い声で、道太は目を覚ました。見ると川の向こう岸で、7,8歳くらいの女の子が、夕焼け雲を追いかけている。いや、夕焼け雲と思ったのは、蛍である。あたり一面が蛍の海だ。少女は、蛍を捕まえては、竹の籠に入れている。貧しい身なりだが、目のきれいな、かわいい少女だ。そばに姉らしい人もいる。

 道太はゆっくりと体を起こした。

「あっ」

 道太に気づいて、姉は一歩下がった。

「あっ」

 道太に気づいて、妹は一歩前へでた。

「こんばんは」

 道太が声をかけると、妹は川の縁まで駆けてきて、道太がしているように岸に座り、流れに足を入れた。姉が困った顔をしているのに気にもとめず、道太と顔を合わせると、にっこり笑う。道太もつられて笑い、話しかけた。

「どこに住んでいるの?」

「うん、あっち」

 少女は川上の方を指さした。

「名前は?」

「しず・・・しずです」

「しずか、良い名前だ」

 大人ならきっとそうするだろうと思って、道太は名前をほめた。

「うん、良い名前でしょう」

 少女が答える。姉が少女の所まで来て、道太にお辞儀をした。そして、

「さあ、帰りましょう」

 と、しずをうながした。しずはそれにかまわず、

「あなたはなんていうの?」

 と聞く。

「原島道太だよ」

「ふうん。は、ら、し、ま、どう、た、なの」

「原島道太様といいなさい」

 姉がしずの手を引いて立ち上がらせた。

「さよなら」

 しずが言った。

「さよなら」

 道太も言った。しずの姉がもう一度道太にお辞儀をし、しずの手を引いて帰っていった。蛍の海の中でしずが振り返り、

「原島道太様」

 といって、手を振る。道太は立ち上がって、二人を見送った。

                                                続く

 

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