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2006年7月 2日 (日)

本のないお話 3

さよならさっちゃん(前回の続き)

 昭和19年、みち子は3年生になりました。同級生のさっちゃんは、みち子とは大の仲良しです。

 その日も、二人は石蹴りをして遊んでいました。そこへ何人かの男の子がやってきて、みち子に声をかけました。

「兵隊ごっこしようぜ」

「ええ、私は航空兵になる」

 みち子は飛行機が大好きなのです。

「ばかだな。女の子は従軍看護婦さんだよ」

「看護婦さんはいや。工兵でも良いわ。工兵なら、橋を架けたりできるから」

「でも、私は看護婦さんをやりたい」

 いつも優しい、さっちゃんが言いました。

「お前はだめだ。お前の家は強制疎開なのに、まだ疎開してないじゃないか。お前は非国民だ」

 一人の男の子が言いました。みち子は、はっとしました。さっちゃんの家が強制疎開になるなんて、少しも知りませんでした。

「非国民じゃないもん。疎開するもん」

 さっちゃんは真っ赤になり、下を向いて、小さな声で言いました。

 疎開というのは、空襲を避けて田舎の方へ引っ越すことです。空襲というのは、そのころ戦争をしていたアメリカの飛行機が日本の上空にやってきて、爆弾や焼夷弾を落としていくことです。強制疎開というのは、空襲の被害を少なくするため、一定の区域を決めて、そこに住む人たちを強制的に立ち退かせることです。強制疎開と決められた地域の人たちは、立ち退く先があってもなくても、決められた日までに、引っ越さなくてはならないのです。みち子の家は、東京の市ヶ谷というところにありました。近くに陸軍の練兵場があり、そこを守るためなのかどうか、みち子の家の道路の向かい側の家が、強制疎開になりました。さっちゃんの家もその中に入っていたのです。

「そうだ、非国民だ」

 他の男の子たちも、口をそろえていいました。

 非国民というのは、戦争中では、もっとも強い非難の言葉でした。国を挙げて戦争をしているのに、その戦争に協力しないとんでもない人、という意味がありました。

「引っ越すもん。非国民じゃないもん」

 さっちゃんは小さな声で言うと、泣きながら家の方へ走っていきました。

「あんたたちとなんか遊ばないよーだ」

 みち子は男の子たちに赤んべえをして、さっちゃんのあとを追いました。

 そのころ、みち子のお父さんは、大工の手伝いをしていました。琴は大川さんに売ったのが最後で、それっきり売れなくなったのです。戦争になって琴が売れたのは、ほんのわずかの間だけだったのです。

 大工の手伝いといっても、空襲が激しい東京で、家を建てる人はいません。だから、強制疎開の家を壊す仕事をしているのです。さったんの家が強制疎開になると聞いて、はっとしたのは、お父さんが、さっちゃんの家を壊すのではないかと思ったからです。

 昨日、お父さんがお母さんにいっていました。

「おれは今の仕事は嫌だ。まだ、ちゃんと人が住める家を壊すなんて、いくら何でも、もったいないや。屋根を剥がして、壁をぶち抜いて、梁に縄をかけて、みんなで引き倒すんだ。その家を建てた大工が見たら、泣きたくなるだろうな。みんなで縄を引っ張っていると、柱がギイギイいうんだ。家が泣いているように聞こえるよ。職人は、物を作るのが仕事だよ。それなのに、今のおれときたら、家を壊す仕事をしているんだ。情けないったらありゃあしない。皿一枚だって、わざと割るのは嫌なもんだ」

 さっちゃんが家に帰ると、さっちゃんのお父さんとお母さんは、荷造りをしていました。さっちゃんを見て、お母さんは腰を伸ばしていいました。

「おや、また泣いてきたの。泣き虫だねえ」

「おばさん、男の子が悪いの。だって、強制疎開なのにまだ疎開していないから非国民だなんて、みんなでいじめるんだもの」

 さっちゃんを追ってきたみち子がいいました。それを聞いて、さっちゃんのお父さんが怒りました。

「家は非国民なんかじゃない。明日疎開する。だから荷造りしてるんだ」

「みちこちゃん、そうなのよ。お父さんの友達の紹介で、やっと引っ越し先が決まったの。強制疎開といわれても、お父さんも私も東京の人だから、急には行き先も見つからなくてねえ」

 まるで大人に話すように、さっちゃんのお母さんがいいます。

「みち子ちゃん。さち子と仲良くしてくれてありがとう。疎開先で落ち着いたら、さち子に手紙を書かせるから、あなたも手紙を下さいね」

「はい」

 頭をこっくりすると、みち子は走ってうちへ帰りました。さっちゃんとお別れをいうのが辛くて、黙って走りました。涙があふれそうでした。

 その日の夕方、さっちゃんがお手玉を三つ持ってきました。

「みち子ちゃんと遊んだお手玉よ。お母さんが作ってくれたものなの。全部で六つあるから、半分あげる。そうすれば、離れていても、同じお手玉で遊べるもの」

 みち子は缶詰の空き缶を持ってきて、中に入っているおはじきを、新聞紙の上に広げていいました。

「ねえ、これも半分ずつにしましょう」

                                                つづく

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