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2006年7月 3日 (月)

本のないお話 4

道具を埋めるお父さん(前回の続き)

 戦争中でも、みち子たちの学校には、給食がありました。1年生のときには、給食にご飯が出ました。家から、おかずと空の弁当箱を持って行きます。お昼になると、1年生から順番に、学校の炊事場に行きます。すると、小遣いさんが、大きな釜から、空の弁当箱にご飯を入れてくれます。

 2年生になると、ご飯の代わりに、コッペパン1個の給食になりました。そのころには、おかずを持ってくる生徒はほとんどいなくなりました。ジャムもバターも付けないパンを、水を飲みながら食べるのです。

 やがて、土曜日は玄米パンになりました。すぐに、水曜日も玄米パンになりました。それから、給食が無くなりました。

 家では、みんな雑炊を食べていました。雑炊は、どろどろしたお湯の中に、あり合わせの野菜が入り、お米がほんの少し混ざっていました。雑炊も配給で、3食ごとに、雑炊を作るお店の前に並ぶのです。お店の人が、その家の配給の分だけ、大きなひしゃくで雑炊をすくって、鍋に入れてくれます。みち子も、よく鍋を持って並びました。戦争が終わって何年もたってから、豚の餌を見たとき、みち子は、あのときの雑炊に似ていると思いました。

 そのころお父さんは、強制疎開の家を壊す仕事をやめて、メガホンと荷札を売る仕事をしていました。

 メガホンは、警防団の人たちが、

「警戒警報発令!」

 とか、

「空襲警報発令」

 などと叫んで歩くために必要なものでした。配給のお知らせなども、メガホンでやりました。

 荷札は、疎開する人たちが荷物を送るために必要でした。疎開する人は多いし、荷物は乱暴に扱われるので、丈夫な荷札が必要でした。ですから、紙ではなく、ベニヤ板の荷札を使うのです。

 荷札は、その4隅を止める釘4本と組にして売りました。釘は、家具を作る人たちが「細六」と呼ぶ細い釘で、普通に打つと、すぐ曲がってしまいます。ベニヤ板に錐で穴を開けてから打たなければなりません。そんな釘でも、、荷札を買ってくれる人の要望で付けることになったのです。そして、そんな釘でも、おいそれとは手に入らなくなっていたのです。

 お父さんは自転車の荷台に、メガホンと荷札を積んで、東京中を売り歩きました。

 ある日お父さんが荒川の近くで、メガホンと荷札を売っていました。気がつくと、警戒警報も空襲警報もなかったのに、アメリカの飛行機B29が、真上にいました。警報は、いつも遅れ気味なのです。B29が焼夷弾を落とすのが見えました。お父さんは手元のメガホンで、

「焼夷弾落下!」

 と叫びながら、自転車で、全速力で逃げました。お父さんが夢中で逃げて、荒川の土手まできたとき、焼夷弾は、目の前の荒川に落ちました。慌てていたので、焼夷弾の落ちる方へ逃げたのでした。家に帰ってその話をし、

「今日は命拾いをした。お前たちの疎開先を、早く見つけなくてはいけないなあ」

 といいました。

 昭和20年1月、お父さんは補充兵として入隊することになりました。お父さんは、カンナやノミを丁寧に研いで、油を引き、新聞紙に来るんで、油紙を敷いたリンゴ箱に入れました。さらにその箱を油紙で包み、庭に穴を掘ってその中に埋めました。

 そのころは、ラップもビニールもありません。濡らしたくないものは、油をしみこませた紙に包んだのです。

「道具はね、使う人がいなくなると、不思議に早く錆びるんだ。何でかなあ」

 みち子がそばに行くと、お父さんが話しかけました。

「まして土の中に埋めたりしたら、錆が早いだろうなあ。そうかといって、出しておいたんでは空襲でやられるかも知れないし・・・」

 最後は独り言のようにつぶやきました。

「おれは、満足な琴は、一つも作れなかった・・・」

「元気で帰ってきて、もっともっと、良い琴をたくさん作ってください」

 いつの間にかそばに来ていたお母さんがいいました。

「うん。死にやしないさ。だけど、また琴を作れる時代は来るのかなあ・・・」

「来ますとも、きっと、来ますとも」

 そういうお母さんは、少し涙声でした。

                                                つづく

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