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2006年6月27日 (火)

本のないお話 2

お父さんの仕事(前回の続き)

 みち子のお父さんは、琴を作る職人でした。住んでいる家の庭に、小さな仕事場があって、そこで琴を作っていたのです。琴は桐の木で作ります。それから、シタンとかコウキとかいう木を使います。シタンやコウキは石みたいにかたくて、水に入れると沈みます。

 みち子は小さいときから、お父さんの仕事場に行くのが好きでした。仕事のじゃまになるときは、

「あっちへ行きなさい」

 といわれます。でも、お父さんのそばにしゃがんで、ノコギリやカンナやノミで、木を切ったり削ったりするのを、見ることができることもありました。仕事場にはいろいろな道具があります。みち子の手のひらに隠れるような、小さなカンナもあります。ある時そのカンナで板を削らせてもらったら、みち子の力でもちゃんと削れました。

 そのころ、みち子は国民学校の2年生でした。今の小学校のことを太平洋戦争のときは、国民学校といっていたのです。ですから、このお話は、戦争中のお話です。

 みち子が1年生のときは、お母さんが鉛筆を削ってくれました。2年生になると、お母さんがヒゴノカミという小刀を買ってくれました。そのころ流行っていた小刀で、刃が柄の中に折りたためるようになっていました。男の子は、たいていヒゴノカミを持っていました。女の子も何人かが持っていました。おてんばで、男の子とけんかしても負けないみち子が、ヒゴノカミを欲しくないはずがありません。お母さんはそれを、ちゃんと知っていたのです。

 そんなことを知らないお父さんも、みち子に小刀を作ってくれました。切り出し小刀の刃を買ってきて、柄とさやを付け、刃先を研いで作ってくれたのです。ところが、みち子がヒゴノカミを持っているのを知って、お父さんはなんだかつまらなそうな顔をしました。そして、こういいました。

「これを使え。こっちの方が切れるぞ」

 本当に、お父さんの作ってくれた小刀の方がよく切れました。だから家では、切り出し小刀で鉛筆を削ります。でも学校には、ヒゴノカミを持って行きます。みんなと同じものだからです。

 ある日、みち子が学校から帰ってくると、お父さんは畳の上に湯飲みを置いて、お酒を飲んでいました。この頃はお酒が手に入らないので、大切にしていたことをみち子は知っていました。それなのに、昼間からお酒を飲むなんて、、一体どうしたのでしょう。お父さんは、何かぶつぶつとつぶやいています。

「ふん、何が『琴屋こっちへおまわり』だい。こちとらは犬ころじゃねえんだ。勝手口へまわしておいて、『ハイ、これが琴のお代だよ』なんていいやがる。ご用聞きじゃねえんだ、勝手口はねえだろう。べらぼうめ、お前なんかに琴の良し悪しが分かってたまるかってんだ」

 お父さんは江戸っ子なので、悪口を言うときには、べらんめえ口調になるのです。

 みち子は台所のお母さんに聞きました。

「ねえ、お父さんはどうしたの?」

「それがね、大川さんにお琴を届けに行って、帰ってきたらあの調子なの。よっぽどおもしろくないことがあったらしいわ。高い琴を頼まれたので、喜んでいたのだけれどねえ」

 みち子は知らなかったのですが、ここ何年かは、琴があんまり売れなくなっていたのです。それなのに、戦争になったらかえって高い琴が売れるのです。不思議なことに、高い琴と安いことが混ざって売れるのではなくて、高い琴だけが売れるのです。

「心配していたけど、戦争になったら、かえって景気がいいや。もっとも、丸山さんは別だけど、今買ってくれる人は、どうせ大して弾きやしないんだ」

 いつか晩ご飯のとき、お父さんがいいました。

「そんなことがどうして分かるの?」

「練習用に安い琴を買って、演奏会のときに良い琴とを使うとか、下手なうちは安い琴を使って、上手になったら高い琴を使うのが普通なのさ。あの人たちは、初めから高い琴だけだもの」

 初めに買ってくれたのは、軍人の丸山さんの奥さんでした。お父さんの琴をとても気に入ってくれて、軍人や、軍のために必要な物を作る工場の偉い人を、何人も紹介してくれました。お父さんとお母さんの話の中に「丸山さん」という言葉がよく出てくるので、みち子もその名前を知っていました。今日琴を持って行った大川さんも、丸山さんの紹介だったのです。

「おい酒がないぞ」

 お父さんが怒鳴ります。

「もうありませんよ」

 お母さんが答えます。

「買ってこい」

「今時、お酒なんか簡単には買えませんよ。あなただって知ってるでしょう」

 お父さんはまだ飲み足りなそうでしたが、何かぐずぐずいいながら畳に横になり、そのまま眠ってしまいました。

                                                つづく

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コメント

見れたよ~

投稿: misa | 2006年6月30日 (金) 22時27分

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