11月3日(火)
文化祭に出品した絵の撤収。
これが今回の私の絵です。これは日光白根山ですが頂上ではありません。上の方にぼんやり浮かんでいるのは男体山。
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65歳で俳句を始めて、しばらくの間気になったのは、俳句と川柳の違いでした。いろんな説があるんです。切れのあるなしで決めるとか季語のあるなしだとか、人事が川柳で自然詠が俳句だとか、穿ちのあるのが川柳でないのが俳句だとかね。
現実の作品を見ると、川柳のような俳句もあるし、俳句のような川柳もある。だから私は、大変乱暴な結論に達した。つまり、作者が川柳と思って詠んだら川柳で、俳句と思って詠んだら俳句だ、と言うものだ。これでは客観的な違いはないことになってしまうけれど、私にはその違いが発見できなかったということである。
なんでそれが気になったかと言えば、私は誘われて俳句の会に入ったけれど、性格は川柳向きかもしれないと思っていたからである。
こんなことは、以前もブログに書いた。なぜまた書いたのかと言えば、今読んでいる本のせいである。
今、2冊の本を平行して読んでいる。1冊は、竹内玄玄坊著『俳家奇人談・俗俳家奇人談』(岩波文庫)、もう1冊は、池田弥三郎著『俳句。俳人物語』(古典文学全集・ポプラ社)である。
竹内玄玄坊というのは詳しいことは分からないようだが、盲目の出家で、1800年頃亡くなった人らしい。『俳家奇人談・続俳家奇人談』は、俳句の始まりごろの宗祇(1421-1502)から江戸中期(1740年ころ)までの俳人について書いたものである。同書は、俳人の奇行や情報については間違いもあるようで、私は当時の俳人がどんな俳句を書いたのかに興味があって読んでいる。
江戸時代の俳人については、私は芭蕉の句集を読んだ程度である。蕪村や一茶の句を幾つか知ってはいるが、その句集は読んでいない。俳句をやっている以上は、いつかは読まなくてはいけないだろうと思っている。それに、『柳多留』の選集みたいなのも読みたいな。『俳家奇行談・続俳家奇行談』は、江戸時代の俳句を知る、手軽な1冊とでも言うような意味で読んでいるのである。
池田弥三郎の『俳句。俳人物語』は、少年少女向きに書かれたものである。少年少女向きと言っても、池田弥三郎のことだもの、ごまかしなんか無いわけで、俳句の歴史を通観できるようになっている。
本というのも、種類によって、早く読めるものと、なかなか進まないものとがあるが、今読んでいるのは、後者の方。読み始めて10日ぐらい経つが・まだ半分にも達しない。小説1冊くらいなら、1日で読み上げることくらいはあるのだが、こっちの方は、少し時間がかかりそう。
江戸時代の俳人は、談林派に限らず、川柳みたいな俳句を沢山詠んでいますね。底が浅いと言われようが、私はそっちの方だから、これからもおとぼけ俳句で行きたいものです。
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